安重根外三名ニ対スル判決

安重根外三名ニ対スル判決（あんじゅうこんほかさんめいにたいするはんけつ）

• 日時: 1910年（明治43年）2月14日
• 底本: 外務大臣官房『外交要報 第十二号』1910年3月31日、P101-113
• 註: 本文中の漢字については、原則字体差を基準に選択した。本文中選択されている漢字の中にはデザイン差であると判断される場合もあるが、字体差とデザイン差の基準が必ずしも明確ではないため、デザイン差が判別でき、かつ技術的に表現できるUnicode（IVSを含む。）の範囲内で文字を選択した。デザイン差が判別できない、又は表現できない字形については、Unicodeにおける標準となる字体を選択した。
• 註: 以下のリストに掲載される漢字はJIS X 0208外の異体字であり、Unicode表のBMP（基本多言語面、0面）が正しく表示できない環境によっては正しく記されない可能性がある。尚U+FA30からU+FA60の文字は、JIS X 0213対応のフォント（IPAフォント等）による記述を行っている。

  • 凡例

    親字 → 異体字 (Unicode番号) ; 異体字の説明。

  • 内 → 內 (U+5167) ; 「人」の部分が「入」となる字形
  • 徳 → 德 (U+5FB7) ; 旁が「聽」の旁部分となる字形
  • 殺 → 殺 (U+F970) ; 「木」の部分が「大→犬」のようなところに点を附する字形
  • 告 → 吿 (U+543F) ; 「靠」の「非」を除いた字形
  • 懲 → 懲 (U+FA40) ; 「徴」の旁部分が「澂」の旁部分となる字形
  • 巣 → 巢 (U+5DE2) ; 「果」を除いた部分が「巛」となる字形
  • 者 → 者 (U+FA5B) ; 「偖」の旁部分となる字形
  • 清 → 淸 (U+6DF8) ; 旁が「倩」の旁部分となる字形
  • 賓 → 賓 (U+FA64) ; 「擯」の旁部分となる字形
  • 彦 → 彥 (U+5F65) ; 「偐」の旁部分となる字形
  • 郎 → 郞 (U+90DE) ; 偏が「良」となる字形
  • 社 → 社 (U+FA4C) ; 偏が「示」となる字形
  • 掲 → 揭 (U+63ED) ; 旁が「曷」となる字形
  • 視 → 視 (U+FA61) ; 偏が「示」となる字形
  • 暦 → 曆 (U+66C6) ; 「木」の部分が「禾」となる字形
  • 漢 → 漢 (U+FA47) ; 艸冠が「廿」となり、13画目が上に飛び出る字形
  • 突 → 突 (U+FA55) ; 「大」の部分が「犬」となる字形
  • 歩 → 步 (U+6B65) ; 7画目を除いた字形
  • 尚 → 尙 (U+5C19) ; 「敞」の偏部分となる字形
  • 撃 → 擊 (U+64CA) ; 「車」の部分を「午」から「缶」と書くように2画を足す字形
  • 填 → 塡 (U+5861) ; 「真」の部分が「眞」となる字形
  • 虚 → 虛 (U+865B) ; 「墟」の旁部分となる字形
  • 節 → 節 (U+FA56) ; 「即」の偏部分が「漑」のさんずいと旡を除いた部分となる字形
  • 脱 → 脫 (U+812B) ; 旁が「兌」となる字形
  • 薫 → 薰 (U+85B0) ; 「黒」の部分が「黔」の偏部分となる字形
  • 頬 → 頰 (U+9830) ; 偏が「夾」となる字形
  • 寛 → 寬 (U+5BEC) ; 最終画の上に点を附加した字形
  • 横 → 橫 (U+6A6B) ; 旁が「廣」のまだれを除いた部分となる字形
  • 既 → 既 (U+FA42) ; 「漑」の旁部分となる字形
  • 頼 → 賴 (U+8CF4) ; 8、9画目が「刀」となる字体
  • 状 → 狀 (U+72C0) ; 偏が「爿」となる字形
  • 歳 → 歲 (U+6B72) ; 「穢」の旁部分となる字形
  • 説 → 說 (U+8AAA) ; 旁が「兌」となる字形
  • 録 → 錄 (U+9304) ; 旁が「碌」の旁部分となる字形
  • 都 → 都 (U+FA26) ; 「者」の部分が「偖」の旁部分となる字形
• 註: 異体字セレクタに対応したブラウザ及びフォントを利用することで、以下のリストのとおり原文に近い字体を表現することができます。対応していない場合は、基底となる文字がそのまま表示されます。
  • 濯 → 濯󠄃（U+6FEF U+E0103）
  • 所 → 所󠄃（U+6240 U+E0103）
  • 拳 → 拳󠄃（U+62F3 U+E0103）
  • 及 → 及󠄃（U+53CA U+E0103）
  • 還 → 還󠄃（U+9084 U+E0103）
  • 過 → 過󠄃（U+904E U+E0103）
  • 爵 → 爵󠄄（U+7235 U+E0104）
  • 文 → 文󠄃（U+6587 U+E0103）
  • 害 → 害󠄆（U+5BB3 U+E0106）
  • 意 → 意󠄃（U+610F U+E0103）
  • 連 → 連󠄃（U+9023 U+E0103）
  • 道 → 道󠄃（U+9053 U+E0103）
  • 次 → 次󠄄（U+6B21 U+E0104）
  • 又 → 又󠄂（U+53C8 U+E0102）
  • 負 → 負󠄅（U+8CA0 U+E0105）
  • 遂 → 遂󠄅（U+9042 U+E0105）
  • 前 → 前󠄃（U+524D U+E0103）
  • 溝 → 溝󠄃（U+6E9D U+E0103）
  • 通 → 通󠄃（U+901A U+E0103）
  • 翌 → 翌󠄃（U+7FCC U+E0103）
  • 途 → 途󠄃（U+9014 U+E0103）
  • 返 → 返󠄄（U+8FD4 U+E0104）
  • 公 → 公󠄃（U+516C U+E0103）
  • 更 → 更󠄃（U+66F4 U+E0103）
  • 縛 → 縛󠄃（U+7E1B U+E0103）
  • 認 → 認󠄃（U+8A8D U+E0103）
  • 半 → 半󠄃（U+534A U+E0103）
  • 翼 → 翼󠄅（U+7FFC U+E0105）
  • 進 → 進󠄃（U+9032 U+E0103）
  • 急 → 急󠄃（U+6025 U+E0103）
  • 速 → 速󠄃（U+901F U+E0103）
  • 判 → 判󠄄（U+5224 U+E0104）
  • 成 → 成󠄃（U+6210 U+E0103）
  • 述 → 述󠄃（U+8FF0 U+E0103）
  • 房 → 房󠄃（U+623F U+E0103）
  • 迎 → 迎󠄃（U+8FCE U+E0103）
  • 交 → 交󠄄（U+4EA4 U+E0104）
  • 音 → 音󠄃（U+97F3 U+E0103）
  • 起 → 起󠄃（U+8D77 U+E0103）
  • 服 → 服󠄃（U+670D U+E0103）
  • 帽 → 帽󠄃（U+5E3D U+E0103）
  • 達 → 達󠄃（U+9054 U+E0103）
  • 遠 → 遠󠄄（U+9060 U+E0104）
  • 號 → 號󠄂（U+865F U+E0102）
  • 硝 → 硝󠄃（U+785D U+E0103）
  • 煙 → 煙󠄃（U+7159 U+E0103）
  • 終 → 終󠄃（U+7D42 U+E0103）
  • 違 → 違󠄅（U+9055 U+E0105）
  • 記 → 記󠄂（U+8A18 U+E0102）
  • 平 → 平󠄃（U+5E73 U+E0103）
  • 穿 → 穿󠄂（U+7A7F U+E0102）
  • 癒 → 癒󠄄（U+7652 U+E0104）
  • 要 → 要󠄃（U+8981 U+E0103）
  • 迷 → 迷󠄃（U+8FF7 U+E0103）
  • 週 → 週󠄃（U+9031 U+E0103）
  • 巡 → 巡󠄃（U+5DE1 U+E0103）
  • 往 → 往󠄃（U+5F80 U+E0103）
  • 伴 → 伴󠄃（U+4F34 U+E0103）
  • 全 → 全󠄃（U+5168 U+E0103）
  • 城 → 城󠄃（U+57CE U+E0103）
  • 旅 → 旅󠄃（U+65C5 U+E0103）
  • 近 → 近󠄃（U+8FD1 U+E0103）
  • 配 → 配󠄁（U+914D U+E0101）
  • 廻 → 廻󠄃（U+5EFB U+E0103）
  • 込 → 込󠄃（U+8FBC U+E0103）
  • 送 → 送󠄃（U+9001 U+E0103）
  • 情 → 情󠄃（U+60C5 U+E0103）
  • 遣 → 遣󠄃（U+9063 U+E0103）
  • 胞 → 胞󠄃（U+80DE U+E0103）
  • 望 → 望󠄊（U+671B U+E010A）
  • 轄 → 轄󠄅（U+8F44 U+E0105）
  • 逮 → 逮󠄃（U+902E U+E0103）
  • 添 → 添󠄃（U+6DFB U+E0103）
  • 迅 → 迅󠄄（U+8FC5 U+E0104）
  • 職 → 職󠄃（U+8077 U+E0103）
  • 適 → 適󠄄（U+9069 U+E0104）
  • 帝 → 帝󠄃（U+5E1D U+E0103）
  • 挺 → 挺󠄃（U+633A U+E0103）
• 註: 文中、以下の漢字の字形については、技術的な制限により表現が困難であるため、通常の字形で記載した。
  • 被 ; 一画目が横棒となる字形（参考: グリフウィキ）（一部のみ）
  • 郞 ; 一画目が横棒となる字形（参考: グリフウィキ）
  • 親 ; 一画目が横棒となる字形（参考: グリフウィキ）
  • 㾗 ; 「良」の一画目が横棒となる字形（参考: グリフウィキ）
• 註: 文中、以下の漢字は誤字である可能性があるが、底本のママで記載した。
  • 助 → 肋
  • 杭 → 抗

判󠄄決

韓國平󠄃安道󠄃鎭南浦 無職󠄃 安應七事

安重根

三十二年

韓國京城󠄃府東大門內養士洞 煙󠄃草商 禹連󠄃俊事

禹德淳

三十四年

韓國咸鏡南道󠄃洪原郡景浦面 洗濯󠄃業

曹道󠄃先

三十八年

韓國咸鏡南道󠄃元山 無職󠄃 柳江露事

劉東夏

十九年

右四名ニ對スル殺人被吿事件ニ付キ本院ハ審理ヲ遂󠄅ケ判󠄄決スルコト左ノ如シ

主文󠄃

被吿安重根ヲ死刑ニ處ス

被吿禹德淳ヲ懲役參年ニ處ス

被吿曹道󠄃先劉東夏ヲ各懲役壹年六月ニ處ス

押收物中被吿安重根ノ所󠄃有ニ係ル拳󠄃銃壹挺󠄃、彈丸壹個、彈巢貳個、彈丸七個、（檢領特第一號󠄂ノ一、二、五、六）及󠄃被吿禹德淳ノ所󠄃有ニ係ル拳󠄃銃壹挺󠄃（彈丸拾六個添󠄃）（檢領特第一號󠄂ノ十七）ハ之ヲ沒收シ其他ハ各所󠄃有者ニ還󠄃付ス

理由

被吿安重根ハ明治四十二年十月二十六日午前󠄃九時過󠄃露國東淸鐵道󠄃哈爾賓停車塲內ニ於テ樞密院議長公󠄃爵󠄄伊藤博文󠄃並ニ其隨行員ヲ殺害󠄆スルノ意󠄃思ヲ以テ之ニ目蒐ケ其所󠄃有ニ係ル拳󠄃銃（檢領特第一號󠄂ノ一）ヲ連󠄃射シ其三彈ハ公󠄃爵󠄄ニ中リテ之ヲ死ニ致シ又󠄂隨行員タル哈爾賓總領事川上俊彥宮內大臣祕書官森泰二郞南滿洲鐵道󠄃株式會社理事田中淸次󠄄郞ニハ各一彈命中シ其手足又󠄂ハ胸部ニ銃創ヲ負󠄅ハシメタルモ三名ニ對シテハ被吿ノ目的ヲ遂󠄅ケサリシモノナリ

被吿禹德淳ハ被吿安重根カ前󠄃項伊藤公󠄃爵󠄄ヲ殺害󠄆スルノ目的ナルコトヲ知リ其犯行ヲ幇助スルノ意󠄃思ヲ以テ明治四十二年十月二十一日其所󠄃有ニ係ル拳󠄃銃（檢領特第一號󠄂ノ十七）及󠄃ヒ彈丸數個ヲ犯罪供用ノ目的ニテ携帶シ被吿安重根ト共ニ露國浦鹽斯德テ發シテ哈爾賓ニ到リ同月二十四日共ニ南行シテ蔡家溝󠄃驛ニ赴キ同驛ハ公󠄃爵󠄄ノ通󠄃過󠄃ヲ待チ犯罪ヲ決行スルニ適󠄄當ナルヤ否ヤヲ知ル爲メ翌󠄃二十五日ニ至ルマテ同驛ノ形勢ヲ共ニ視察シ以テ安重根ノ犯罪豫備ニ加功シタルモノナリ

被吿曹道󠄃先及󠄃劉東夏ハ前󠄃揭被吿禹德淳ト同一ノ意󠄃思ヲ以テ曹道󠄃先ハ前󠄃記安重根禹德淳カ蔡家溝󠄃驛ノ形勢ヲ視察スルニ當リ哈爾賓ヨリ同行シ其途󠄃上並ニ蔡家溝󠄃驛ニ於テ同人等ノ爲メニ露語ノ通󠄃譯ヲ爲シ劉東夏ハ安重根カ同月二十四日蔡家溝󠄃驛ヨリ公󠄃爵󠄄ノ着否ヲ問合セタル電報ニ對シ哈爾賓ヨリ「明日朝來ル」トノ返󠄄電ヲ發シテ同人ヲ翌󠄃二十五日哈爾賓ニ招致シ以テ何レモ安重根ノ犯罪豫備ニ加功シタルモノナリ

以上ノ事實ハ左記ノ理由ニ依リ證憑十分ナリト認󠄃ム

被吿安ハ明治四十二年十月二十六日哈爾賓停車塲ニ到着シタル伊藤公󠄃爵󠄄及󠄃ヒ其隨行員ヲ殺害󠄆スルノ目的ヲ以テ該停車塲ニ於テ露國軍隊ノ前󠄃面ヲ通󠄃過󠄃スル一行中先頭ニ立チタル人ヲ公󠄃爵󠄄ナリト思料シ其右後方ヨリ先ツ之ニ向テ拳󠄃銃ヲ連󠄃射シ又󠄂更󠄃ニ方向ヲ轉シ後方ニ隨ヒ來レル人ニ向ヒ續キテ拳󠄃銃ヲ連󠄃射シタル處ヲ捕縛󠄃セラレタル旨ヲ自認󠄃シ

（一）露國東淸鐵道󠄃警察署長心得「ニキフオーロフ」ハ露曆十月十二日午前󠄃九時半󠄃頃伊藤公󠄃爵󠄄カ隨員ト共ニ軍隊ノ右翼󠄅ニ向ヒ通󠄃行セル時證人モ軍隊ノ後方ニテ公󠄃爵󠄄一行ニ並行シ進󠄃ミ居タルニ日本人群集中ヨリ一人ノ兇漢進󠄃ミ出テ拳󠄃銃ヲ發射シタルヲ認󠄃メ證人ハ急󠄃速󠄃突進󠄃シ兇漢ヲ取押ヘタル旨（露國國境地方裁判󠄄所󠄃始審判󠄄事「ストラーゾフ」作成󠄃訊問調書記載） ヲ陳述󠄃シ

（二）露國大藏大臣官房󠄃長「リウオーフ」ハ哈爾賓停車塲ニ於テ伊藤公󠄃爵󠄄及󠄃露國大藏大臣「コーコフツエフ」ニ隨從中公󠄃爵󠄄ハ軍隊ノ前󠄃面ヲ通󠄃過󠄃シ市民ノ一團ニ到リ步ヲ轉シテ引返󠄄シ證人モ之ニ隨ヒタルトキ數發ノ銃聲ヲ耳ニシ直チニ後方ヲ振返󠄄リタルニ公󠄃爵󠄄等ヲ目蒐ケ日本人ラシキ一人カ發砲シ居タルヲ認󠄃メタル旨（同判󠄄事作成󠄃訊問調書記載）ヲ陳述󠄃シ

（三）總領事川上俊彥ハ十月二十六日午前󠄃九時伊藤公󠄃爵󠄄搭乘ノ特別列車哈爾賓驛ニ到着シ露國大藏大臣ハ公󠄃爵󠄄ヲ迎󠄃フル爲メ車內ニ入リ約二十五分間懇談ヲ爲シタル後公󠄃爵󠄄ハ大藏大臣ト共ニプラツトホームニ出テ整列セル露國軍隊ノ前󠄃面ヲ通󠄃過󠄃シ外國代表者ノ數人ト握手ヲ交󠄄換シ再ヒ軍隊ノ方ニ引返󠄄シ二三間ヲ進󠄃ミタリト思フ頃發銃ノ音󠄃ヲ聞キ振返󠄄リタルニ一人ノ兇漢ノ發射シ居タルヲ見受ケタリ此時證人ハ公󠄃爵󠄄ノ右側後方一步位ノ處ヲ進󠄃ミ居リ恰モ公󠄃爵󠄄ト兇漢トノ中間ノ位置ニ在リテ爲メニ右手ニ一彈ヲ被リ負󠄅傷シタル旨（檢察官作成󠄃訊問調書記載）ヲ陳述󠄃シ

（四）式部官古谷久綱ハ十月二十六日午前󠄃九時伊藤公󠄃爵󠄄ニ隨行シ哈爾賓ニ到着後公󠄃爵󠄄ハ露國大藏大臣ト共ニ整列セル露國軍隊ノ前󠄃面ヲ通󠄃過󠄃シ外國領事ニ挨拶シ夫レヨリ引返󠄄シ數步ヲ進󠄃ミタルトキ洋裝シタル一人ノモノ現ハレ公󠄃爵󠄄ヲ目蒐ケ拳󠄃銃ヲ三發發射シ尙續キテ隨行員ノ一團ニ向ヒ三發許發射シタリ當時公󠄃爵󠄄ハ兇漢ト僅カニ一間程ヲ隔タリシニ過󠄃キスシテ爲ニ公󠄃爵󠄄ハ其塲ニ於テ負󠄅傷シタル旨（檢察官作成󠄃訊問調書記載）ヲ陳述󠄃シ

（五）侍醫小山善ハ伊藤公󠄃爵󠄄ニ隨行シ哈爾賓停車塲ニ到着後露國軍隊ノ前󠄃面ヲ通󠄃行中恰モ爆竹ノ如キ音󠄃ノ起󠄃ルヲ聞キ同時ニ公󠄃爵󠄄ノ負󠄅傷シタルヲ見受ケ直チニ駈付ケ看護ニ從ヒタル旨（檢察官作成󠄃訊問調書記載）ヲ陳述󠄃シ

（六）宮內大臣祕書官森藤二郞ハ伊藤公󠄃爵󠄄ニ隨從シ哈爾賓停車塲ニ到着シタル後公󠄃爵󠄄ハ露國藏相ト共ニ整列セル露國軍隊ノ前󠄃面ヲ通󠄃過󠄃シ各國代表員ト握手ヲ爲シ更󠄃ニ軍隊ノ前󠄃面ニ引返󠄄シ數步ヲ進󠄃ミタルトキ突然洋服󠄃ヲ着シ鳥打帽󠄃ヲ被リタル一人ノモノ群衆中ヨリ現ハレ公󠄃爵󠄄ノ背後ニ逼リ恰モ川上總領事ノ右側ニ出テ拳󠄃銃ヲ以テ公󠄃爵󠄄ノ右側ヨリ數發狙擊シタリ隨行員ハ直チニ此急󠄃變ヲ知リ公󠄃爵󠄄ヲ列車內ニ助ケ入レ其負󠄅傷ノ看護ニ從ヒタリ而シテ證人モ其際左肩胛部ニ貫通󠄃銃創ヲ負󠄅ヒ川上總領事田中理事モ亦負󠄅傷シタル旨（東京地方裁判󠄄所󠄃檢事作成󠄃聽取書記載）ヲ陳述󠄃シ

（七）南滿洲鐵道󠄃株式會社理事田中淸次󠄄郞ハ伊藤公󠄃爵󠄄ノ隨行員ニ加リ哈爾賓停車塲ニ到着シ下車シタルニ公󠄃爵󠄄ハ外國代表員ノ處ニテ握手ノ交󠄄換ヲ爲シ引返󠄄シテ再ヒ露國軍隊ノ前󠄃面ニ達󠄃シタルトキ一人ノ者出テ來リ發銃スルヲ見受ケタリ其時證人ハ公󠄃爵󠄄ヨリ遠󠄄ク後方ニ在リテ兇漢トノ間モ四五間ヲ隔テ居タルニ兇漢ハ更󠄃ニ銃身ノ方向ヲ變ヘ證人ニ向ヒ發射シ同時ニ證人ハ足部ニ負󠄅傷シテ倒レタル旨（檢察官作成󠄃訊問調書記載）ヲ陳述󠄃シ

是等ノ陳述󠄃ヲ參照スルトキハ前󠄃記被吿ノ自白ハ毫モ疑ヲ容ルヽノ餘地ナク加之被吿ハ押收ニ係ル檢領特第一號󠄂ノ一、二、五、六、ナル拳󠄃銃（番號󠄂第二六二三三六號󠄂）彈丸彈藥ハ自己ノ所󠄃有ニシテ當時被吿ノ豫備携帶シタルモノナルコトヲ自白シ露國國境地方裁判󠄄所󠄃始審判󠄄事「ストラーゾフ」ノ作成󠄃ニ係ル檢查調書ニハ第二六二三三六號󠄂ノブラウニング式拳󠄃銃ヲ分解檢查シタルニ七個ノ彈丸ヲ裝塡シ得ヘキ其彈巢ハ空虛ナルモ銃口中ニ一個ノ彈丸裝塡シアリテ其銃身ハ火藥ノ硝󠄃煙󠄃ヲ以テ汚レタル旨記載シアリ又󠄂押收ノ藥筴七個（檢領特第一號󠄂ノ三）ノ存在ナル所󠄃ヲ以テ之ヲ觀レハ被吿カ當時發射シタル數ハ七彈ナルコト明白ナリトス而シテ其中三彈ハ伊藤公󠄃爵󠄄ニ中リ之ヲ死ニ致シタルコトハ

（一）露國大藏大臣「コーコフツエフ」カ伊藤公󠄃爵󠄄負󠄅傷後治療ノ效ナク終󠄃ニ薨去ノ報ニ接シタル時ハ多少ノ相違󠄅アルヘキモ公󠄃爵󠄄着驛後四十分間ニ過󠄃キサル頃ナル旨（露國國境地方裁判󠄄所󠄃始審判󠄄事「ストラーゾフ」作成󠄃訊問調書記載）ヲ陳述󠄃シ

（二）式部官古谷久綱侍醫小山善ハ何レモ公󠄃爵󠄄負󠄅傷後少時ニシテ薨去セラレタル旨（前󠄃顯各訊問調書記󠄂載）ヲ陳述󠄃シ尙

（三）侍醫小山善ニ於テ公󠄃爵󠄄ノ負󠄅傷ハ第一、右上膊中央外面ヨリ射入シ右胸脇ヨリ水平󠄃ニ兩肺ヲ穿󠄂通󠄃シ左肺ニ留マル第二、右關節後面ノ外側ヨリ射入シ右胸脇ヨリ胸腹ヲ穿󠄂通󠄃シ左季助下ニ留マル第三、右上膊中央ノ外面ヲ擦過󠄃シテ上腹中央ニ射入シ腹筋中ニ留マル三個ノ銃創ニシテ第一、第二ノ創傷ハ內出血ニ因ル虛脫ヲ來シ致命ノ原因ヲ爲シタル旨（檢察官作成󠄃訊問調書記載）ヲ鑑定シタル所󠄃ニ依リ之ヲ認󠄃メ得ヘク

殘リ四彈ノ中三彈モ亦有効ニ發射セラレ川上總領事森祕書官田中理事ノ三名ニ各創傷ヲ負󠄅ハシメタルコトハ

（一）陸軍三等軍醫正德岡凞敬ノ鑑定書ニ川上總領事ノ負󠄅傷ハ右上髆骨折貫通󠄃銃傷及󠄃右胸壁ノ擦過󠄃銃創ニシテ治癒󠄄日數約三ケ月ヲ要󠄃スル旨ノ記載アリ

（二）侍醫小山善ハ森祕書官ノ創傷ハ左上膊中央ヲ後方ニ貫通󠄃シ更󠄃ニ左側背部ノ軟部ヲ貫通󠄃セル銃創ニシテ治療日數約一ケ月ヲ要󠄃スル旨（前󠄃顯訊問調書記載）ヲ鑑定シ

（三）醫學博士尾見薰ノ鑑定書（明治四十二年十一月十二日付）ニ田中理事ノ創傷ハ左足內顆前󠄃下方一仙迷󠄃ノ部位ヨリ外後方ニ向ヒ外頰前󠄃下方二仙迷󠄃ノ部ニ貫通󠄃セル銃創ニシテ治療日數今後仍三四週󠄃間ヲ要󠄃スル旨ヲ記載シアリテ

之ニ前󠄃顯各被害󠄆者ノ供述󠄃ヲ參照シ明暸ナリトス

被吿禹ハ陰曆九月七日（十月二十日）露國浦鹽斯德ニ於テ被吿安ヨリ伊藤公󠄃爵󠄄ヲ滿洲巡󠄃視ノ途󠄃ニ要󠄃シ殺害󠄆セントノ決意󠄃ヲ爲シタルコトヲ聽キ且ツ其實行ノ爲メ共ニ哈爾賓地方ニ往󠄃カンコトヲ求メラレタルニ直チニ之ニ賛同シテ同行ヲ諾シ殺害󠄆ノ用ニ供スル目的ヲ以テ豫テ所󠄃有ノ拳󠄃銃（檢領特第一號󠄂ノ十七）ヲ携ヘ安ト共ニ翌󠄃八日浦鹽斯德ヲ出發シテ哈爾賓ニ到着シ更󠄃ニ十一日通󠄃譯トシテ被吿曹道󠄃先ヲ伴󠄃ヒ安ト共ニ南行シテ蔡家溝󠄃驛ニ停リタル旨ヲ自白シ此事實ハ被吿安ノ全󠄃部是認󠄃スル所󠄃ナルノミナラス被吿曹モ亦安ヨリ露語ノ通󠄃譯ヲ爲スヘキ依賴ヲ受ケテ之ヲ承諾シ安、禹兩名ト共ニ陰曆九月十一日（十月二十四日）哈爾賓ヲ發シテ蔡家溝󠄃驛ニ到リタル旨自認󠄃シ又󠄂被吿劉モ陰曆九月八日（十月二十一日）被吿安ヨリ哈爾賓ニ赴キ露語ノ通󠄃譯ヲ爲スヘキ旨ノ依賴ヲ受ケ「ポプラニチナヤ」ヲ出發シ安、禹兩名ト共ニ九日哈爾賓ニ着シ親戚ナル同國人金成󠄃白方ニ三人同宿シ安、禹兩名ハ被吿曹ヲ伴󠄃ヒ十一日哈爾賓ヲ出發シテ南行シタル旨ヲ陳述󠄃スルヲ以テ明白ナリトス而シテ被吿等カ蔡家溝󠄃に於テ其目的ヲ實行スルノ豫備トシテ共ニ同驛ノ情󠄃况ヲ視察シタルコトハ

（一）被吿安カ寬城󠄃子驛ニ於テ伊藤公󠄃爵󠄄ノ來着ヲ待チ事ヲ決行セント欲シタルモ旅󠄃費ニ不足シタル爲メ先ツ最近󠄃ノ列車行違󠄅驛ナル蔡家溝󠄃驛ニ到リ同所󠄃ニ一泊シ哈爾賓ニ歸リタル旨並ニ蔡家溝󠄃ニ到レル途󠄃上彈頭ニ十字形ノ截㾗アル彈丸五六個ヲ禹ニ分配󠄁シタル旨ヲ供述󠄃シ

（二）被吿禹ニ對スル第二囘訊問調查（檢察官作成󠄃）ノ記載ニ被吿安ハ三人モ蔡家溝󠄃ニ居ルノ要󠄃ナシト云ヒテ十一日自分等ヲ同所󠄃ニ留メ置キ獨リ哈爾賓ニ向ヒ出發シタリトノ供述󠄃アリ

（三）蔡家溝󠄃停車塲詰軍曹「セミン」ハ露曆十月十一日（十月二十四日）正午三名ノ韓國人第三列車ニテ蔡家溝󠄃驛ニ到着シ同驛ニテ行違󠄅ノ列車アルヤヲ問ヒタルヲ以テ恰モ寬城󠄃子ヨリ第四列車ノ到着スルコトヲ吿ケタルニ三名ハ第四列車ヲ橫切ラスシテ其側方ヲ迂廻󠄃シ又󠄂プラツトホームニ歸來リ終󠄃ニ蔡家溝󠄃驛ニ留マリ夕方ニ至ルマテ三名共ニ停車塲プラツトホームヲ散步シ居リ其夜ハ同驛ニ宿泊シタリ翌󠄃十二日列車行違󠄅ノ一時間前󠄃彼等ハ共ニ停車塲プラツトホームニ出テ來リ第三第四列車ヲ通󠄃リ拔ケ暫時互ニ相談ノ上同行者ノ一人ヲ第四列車ニ乘込󠄃マシメテ見送󠄃リタル旨（露國々境地方裁判󠄄始審判󠄄事「ストラーゾフ」作成󠄃調書記載）ヲ供述󠄃シ

之ヲ綜合スルトキハ是亦明白ナリト謂ハサルヲ得ス被吿曹ハ安、禹カ犯罪ノ豫備ヲ爲スコトヲ知ラサリシ旨抗辯スルモ被吿曹ニ對スル第三囘訊問調書（檢察官作成󠄃）ニハ十一日蔡家溝󠄃到着ノ後同日午後劉ニ向ヒ電報ヲ發スルニ當リ安ヨリ伊藤公󠄃殺害󠄆ノ目的ナルコトヲ聞キタル旨供述󠄃ノ記載アリテ單ニ此陳述󠄃ニ依ルモ被吿安、禹カ犯罪ヲ爲スノ情󠄃ヲ知リテ同驛ノ情󠄃况視察ヲ半󠄃途󠄃ヨリ幇助シタルコトヲ認󠄃メ得ヘキノミナラス被吿禹ニ對スル第二囘訊問調書（檢察官作成󠄃）ニ安ハ旣ニ蔡家溝󠄃ニ至ル汽車中ニ於テ其目的ヲ曹ニ吿ケタル旨ノ供述󠄃ヲ記載シアルニ依レハ被吿曹ハ蔡家溝󠄃ニ到着スルニ先タチ安等ノ目的ノ存スル所󠄃ヲ知リ同人等ノ豫備行爲ニ加擔シタルモノト認󠄃定ス

被吿劉ハ陰曆九月十一日（十月二十四日）安等三名カ蔡家溝󠄃ニ向ケ哈爾賓ヲ出發スルニ當リ安ヨリ伊藤公󠄃着哈ノコトヲ電信ヲ以テ通󠄃知スヘキ旨ノ依賴ヲ受ケ之ヲ承諾シ同日午後安ヨリ「蔡家溝󠄃ニテ待ツ若シ哈爾賓ニ來タルナラハ知ラセヨ」トノ電信ヲ受取リタルヲ以テ當時被吿ノ聞知スル所󠄃ニ基キ同日夜安ニ向ケ「明日朝來ル」トノ返󠄄電ヲ發シ爲メニ翌󠄃十二日午後安ハ哈爾賓ニ引返󠄄シ來リタル旨ヲ自白シ被吿安モ亦蔡家溝󠄃ニ於テ劉ノ返󠄄電ヲ受ケタル爲メ哈爾賓ニ引返󠄄シタリト供述󠄃スルヲ以テ該自白ハ十分ニ信用スルニ足ル而シテ劉モ亦前󠄃記曹ト同一ノ杭辯ヲ爲スモ

（一）被吿劉ハ十日（十月二十三日）夜金成󠄃白宅ニ於テ安及󠄃ヒ禹カ劉ト同室ニ在リテ浦潮大東共報社李剛ニ宛テタル書簡ヲ認󠄃メタル時其封筒ニ露文󠄃ノ表書ヲ爲サンコトヲ求メラレ之ヲ認󠄃メ遣󠄃リ尙翌󠄃日安等ノ出立スル前󠄃其書狀（檢領第一號󠄂ノ十一）ヲ郵便ニ付シ發送󠄃スヘキコトヲ依賴セラレ安ヨリ之ヲ受取リタル旨（檢察官作成󠄃第三囘訊問調書記載）ヲ供述󠄃シ又󠄂

（二）押收ノ檢領特第一號󠄂ノ十一ナル書狀中ニハ「伊哥事今月十二日寬城󠄃子發程露國鐵道󠄃總務局ノ特送󠄃ノ特別列車ニ搭乘同日午後十一時哈爾賓ニ到着ノ趣ニ付弟等ハ曹友道󠄃先氏ト與ニ弟ノ家眷出迎󠄃ノ爲ニ寬城󠄃子ニ赴クト稱シテ偕ニ寬城󠄃子ヲ距ル我十韓里手前󠄃ナル某停車塲ニテ之ヲ待チ事ヲ行フノ心算ニ有之（中畧）事ノ成󠄃不成󠄃ハ天ニ在リ幸ニ同胞󠄃ノ善禱ヲ須チ助ヲ受ケンコトヲ伏望󠄊致候（中畧）大韓獨立萬々歲」ナル文󠄃詞ヲ記載シアリ

之ニ依レハ劉ハ既ニ十日ノ夜被吿安、禹カ伊藤公󠄃ヲ殺害󠄆スルノ目的ヲ以テ翌󠄃日南行スヘキヲ知リ前󠄃記ノ如ク其出立前󠄃公󠄃ノ來否ヲ通󠄃知スヘキヲ約シ安ニ向ケ返󠄄電ヲ發シタルコト明カニシテ安ノ犯行ヲ幇助スルノ意󠄃思アリタルコトヲ認󠄃定スルニ足ル

以上認󠄃定シタル被吿等ノ犯罪事實ニ付キ法律ヲ適󠄄用スルニ當リテハ先ツ本件ニ關シ本院カ法律上正當管轄󠄅權ヲ有スルコトヲ說明セサルヘカラス本件ノ犯罪地及󠄃ヒ被吿人ノ逮󠄃捕地ハ共ニ淸國ノ領土ナリト雖モ露國東淸鐵道󠄃附屬地ニシテ露國政府ノ行政治下ニ在リ然レトモ本件記錄ニ添󠄃付セル露國政府ノ廻󠄃送󠄃ニ係ル同國國境地方裁判󠄄所󠄃刑事訴訟記錄ニ依レハ露國官憲ハ被吿ヲ逮󠄃捕シタル後直チニ被吿ヲ審問シ尤モ迅󠄄速󠄃ニ證據ノ蒐集ヲ爲シタル上即日被吿等ハ何レモ韓國ニ國籍ヲ有スルコト明白ナリトシ露國ノ裁判󠄄ニ附スヘカラサルモノト決定シタリ而シテ明治三十八年十一月十七日締結セラレタル日韓協約第一條ニ依レハ日本國政府ハ在東京外務省ニ由リ今後韓國ノ外國ニ對スル關係及󠄃ヒ事務ヲ監理指揮スヘク日本國ノ外交󠄄代表者及󠄃領事ハ外國ニ於ケル韓國ノ臣民及󠄃利益ヲ保護スヘシトアリ又󠄂光武三年九月十一日締結セラレタル韓淸通󠄃商條約第五欵ニハ韓國ハ淸國內ニ於テ治外法權ヲ有スルコトヲ明記セルヲ以テ右犯罪地及󠄃逮󠄃捕地ヲ管轄󠄅スル哈爾賓帝國領事官ハ明治三十二年法律第七十號󠄂領事官ノ職󠄃務ニ關スル法律ノ規定スル所󠄃ニ從ヒ本件被吿等ノ犯罪ヲ審判󠄄スルノ權限アルモノト謂ハサル可ラス然ルニ明治四十一年法律第五十二號󠄂第三條ニハ滿洲ニ駐在スル領事官ノ管轄󠄅ニ屬スル刑事ニ開シ國交󠄄上必要󠄃アルトキ外務大臣ハ關東都督府地方法院ヲシテ其裁判󠄄ヲ爲サシムルコトヲ得ト規定シアリ本件ニ在リテハ外務大臣ハ此規定ニ基キ明治四十二年十月二十七日本院ニ裁判󠄄ヲ移ス旨ヲ命令シタルモノナレハ即チ其命令ハ適󠄄法ニシテ之ニ依リ本院カ本件ノ管轄󠄅權ヲ有スルコト亦明白ナリトス

被吿辯護人ハ日本政府カ前󠄃顯日韓協約第一條ニ依リ外國ニアル韓國臣民ヲ保護スルハ固ト韓國政府ノ委任ニ因ルモノナルヲ以テ領事官ハ韓國臣民ノ犯シタル犯罪ヲ處罰スルニ當リテモ宜シク之ニ韓國政府ノ發布シタル刑法ヲ適󠄄用ス可ク帝󠄃國刑法ヲ適󠄄用スヘキモノニアラスト論スルモ日韓協約第一條ノ趣旨ハ日本政府カ其臣民ニ對シテ有スル公󠄃權作用ノ下ニ均シク韓國臣民ヲモ保護スルニ在ルモノト解釋スヘキニ依リ公󠄃權作用ノ一部ニ屬スル刑事法ノ適󠄄用ニ當リ韓國臣民ヲ以テ帝國臣民ト同等ノ地位ニ置キ其犯罪ニ帝國刑法ヲ適󠄄用處斷スルハ最モ協約ノ本旨ニ協ヒタルモノト謂ハサル可ラス故ニ本院ハ本件ノ犯罪ニハ帝󠄃國刑法ノ規定ヲ適󠄄用スヘキモノニシテ韓國法ヲ適󠄄用スヘカラサルモノト判󠄄定ス

案スルニ被吿安重根ノ伊藤公󠄃爵󠄄ヲ殺害󠄆シタル所󠄃爲ハ帝國刑法第百九十九條ニ人ヲ殺シタル者ハ死刑又󠄂ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ處ストアルニ該當シ其川上總領事森祕書官田中理事ヲ殺害󠄆セントシテ目的ヲ遂󠄅ケサリシ各所󠄃爲ハ同法第四十三條、第四十四條、第百九十九條、第二百三條、第六十八條ニ該當シ即四個ノ殺人罪ノ併合シタルモノトス然ルニ其中被吿カ伊藤公󠄃爵󠄄ヲ殺害󠄆シタル行爲タルヤ其決意󠄃私憤ニ由ルモノニアラスト雖モ深謀熟慮ニ出テ且ツ嚴肅ナル警護ヲ犯シ全󠄃都知名ノ人士ノ集合セル塲所󠄃ニ於テ敢行シタルモノナレハ之ニ殺人罪ノ極刑ヲ科スルヲ以テ至當ナリト認󠄃メ此所󠄃爲ニ依リ被吿安重根ヲ死刑ニ處スヘキモノトス而シテ此一罪ニ付キ死刑ニ處スルヲ以テ帝國刑法第四十六條第一項ノ規定ニ從ヒ他ノ三個ノ殺人未遂󠄅罪ニ就テハ其刑ヲ科セス

被吿禹德淳、曹道󠄃先、劉東夏ハ何レモ被吿安重根カ伊藤公󠄃爵󠄄殺害󠄆ノ行爲ヲ幇助シタルモノニシテ帝國刑法第六十二條第一項、第六十三條ニ依リ同法第百九十九條ノ刑ニ照シテ减輕スヘキモノトス依テ同法第六十八條ノ規定ニ從ヒ减輕シタル刑期範圍內ニ於テ被吿禹德淳ヲ懲役三年ニ處シ又󠄂被吿曹道󠄃先、劉東夏ハ禹德淳ニ比シ各犯狀輕キヲ以テ最短期ナル一年六ケ月ノ懲役ニ處スヘキモノトス

押收品中被吿安重根カ犯罪ノ用ニ供シタル拳󠄃銃壹挺󠄃又󠄂其用ニ供セントシタル彈丸壹個、彈巢貳個、彈丸七個（檢領特第一號󠄂ノ一、二、五、六）及󠄃ヒ被吿禹德淳カ犯罪ノ用ニ供セントシタル拳󠄃銃壹挺󠄃、彈丸拾六個（檢領特第一號󠄂ノ十七）ハ各其所󠄃有ニ係ルヲ以テ（各被吿ノ自認󠄃ニ依リ之ヲ認󠄃ム）帝國刑法第十九條第二號󠄂ニ依リ之ヲ沒收シ其他ノ押收品ハ關東州裁判󠄄事務取扱令第六十七條帝國刑事訴訟法第二百二條ニ依リ各所󠄃有者ニ還󠄃付スヘキモノトス

以上ノ理由ニ因リ主文󠄃ノ如ク判󠄄決ス

檢察官溝󠄃淵孝雄本件ニ干與ス

明治四十三年二月十四日

關東都督府地方法院

判󠄄官  眞鍋十藏

書記  渡邊良一