宇治拾遺物語
序
編集世に宇治拾遺物語といふ物あり。 此大納言は隆国といふ人なり。 西宮殿の孫俊賢大納言の第二の男なり。 年たかうなりては。 あつさをわびていとまを申て。 五月より八月までは平等院一切経蔵の南の山ぎはに南泉房といふ所に籠りゐられけり。 さて。宇治大納言とは聞えけり。 もとゞりをゆひわけておかしげなる姿にて。 むしろをいたにしきてすゞみゐいはべりて。 大なるうちわをもてあふがせなどして。 往来の者たかきいやしきをいはずよびあつめむかし物語をせさぜて。 我はうちにそひふして。 かたるにし*たがひておほきなる双紙にかゝれけり。 天ぢくの事もあり。 大唐のこともあり。 日本の事もあり。 それがうちにたうときこともあり。 きたなき事もあり。 少々はそら物語もあり。 利口なることもあり。 さま\"/様\/なり。 世の人これをけうじみる。 十五帖なり。 その正体はつたはりて。 侍従俊貞といひし人のものにとぞありける。 いかになりにけるにか。 後にさかしき人々かきいれたるあひだ物語おほくなれり。 大納言よりのちの事かき入たる本もあるにこそ。 さるほどにいまの世に又物がたりかきいれたるいできたれり。 大納言の物語にも*れたるをひろひあつめ。 またその後の事などかきあつめたるなるべし。 名を宇治拾遺の物語といふ。 宇治にのこれるをひろふとつけたるにや。 又侍従を拾遺といへば宇治拾遺物がたりといへるにや。差別し*りがたし。おぼつかなし。
巻第一
編集道命阿闍梨於二和泉式部之詐一読経五条道祖神聴聞事。
編集今はむかし。 道命阿闍梨とて傅殿の子にいろにふけりたる僧ありけり。 和泉式部にかよひけり。 経をめでたくよみけり。 それがいづみし*きぶがりゆきてふしたりけるに。 目さめて経を心をすましておよみける程に。 八巻よみはてゝあかつきにまどろまんとするほどに。 人のけはひのし*ければ。あれはたれぞととひければ。 をのれは五条西洞院の辺に候おきなに候とこたへければ。 こはなにごとぞと道命いひければ。 との御経をこよひうけたまはりぬることの生々世々わすれがたく候といひければ。 道命法花経をよみたてまつることはつねのことなり。 などこよひしもいはるゝぞといひければ。 五条の斎いはく。 清くてよみまいらせ給ときは。 梵天帝尺をはじめたてまつりて聴聞せさせ給へば。 おきななどはちかづきまいりてうけたまはるにをよび候はず。 こよひは御行水も候はでよみたてまつらせ給へば。梵天帝尺も御聴聞候はぬひまにて。 おきなまいりよりてうけたまはりてさぶらひぬるとの。 わすれがたく候なりとのたまひけり。 さればはかなく「さい」よみ奉るとも。 きよくてよみたてまつるべきとなり。 念仏読経経威儀をやぶることなかれと。 恵心の御房もいましめ給にこそ。
丹波国篠村平茸事
編集これも今はむかし。 丹波国篠村といふところに。 年比平茸やるかたもなくおほかりけり。 里村のものこれをとりて人にもこゝろざし。 またわれもくひなどしてとしごろすぐるほどに。 その里にとりてむねとあるものゝゆめに。 かしらおつかみなる法師どもの二三十人ばかりいできて。 申べきことゝいひければ。 いかなるひとぞととふに。 この法師ばらはこのとし比も宮づかひよくして候つるが。 このさとの縁つきていまはよそへまかり候なんずることの。 かつはあはれに。 もしまたことのよしを申さではとおもひて。 このよしを申なりといふとみて。 うちおどろきて。 こはなにごとぞと妻や子やなどにかたるほどに。 またその里の人の夢にもこの定に見えたりとて。 あまた同様にかたれば。 心もえでとしもくれぬ。 さて次のとしの九・十月にもなりぬるに。 さき\"/いでくるほどなれば。 山に入て茸をもとむるに。 すべて蔬※1おほかたみえず。 いかなる事にかと里国の者思ひてすぐるほどに。 故仲胤僧都とて説法ならびなき人いましけり。 この事をきゝて。 こはいかに。 不浄説法する法師平茸にむまるといふことのある物をとの給ひてけり。 さればいかにも\/平茸はくはざらんにことかくまじき物とぞ。
鬼にこぶとらるゝ事
編集これもいまはむかし。 右のかほに大なるこぶあるおきなありけり。 大よそ山へ行ぬ。 雨風はしたなくて帰にをよばで。 山の中に心にもあらずとまりぬ。 又木こりもなかりけり。 おそろしさすべきかたなし。 木のうつぼの有けるにはひ入て。 目もあはずかがまりてゐたるほどに。 はるかより人の声おほくしてとゞめきくるをとす。 いかにも山の中にたゞひとりゐたるに人のけはひのしければ。 すこしいき出る心ちしてみいだしければ。 大かたやう\/さま\"/なる物どもあかき色には青き物をき。 くろき色にはあかきものをき。 たたうさきにかき。 大かた目一あるものあり。 口なき物など大かたいかにもいふべきにあらぬ物ども百人ばかりひしめきあつまりて。 火をてんのめのごとくにともして。 我ゐたるうつぼ木のまへにゐまはりぬ。 大かたいとゞ物おぼえず。 むねとあるとみゆる鬼よこ座にゐたり。 うらうへに二ならびに居なみたる鬼かずをしらず。 そのすがたおの\/いひつくしがたし。 酒まいらせあそぶありさま。 この世の人のする定なり。 たび\"/かはらけはじまりて。 むねとの鬼ことの外にゑひたるさまなり。 すゑよりわかき鬼一人立て。 折敷をかざしてなにといふにかくどきぐせざることをいひて。 よこ座の鬼のまへにねりいでゝくどくめり。 横座の鬼盃を左の手にもちてゑみこだれたるさま。 たゞこの世の人のごとし。 舞て入ぬ。 次第に下よりまふ。 あしくよくまふもあり。 あさましとみるほどに。 このよこ座にゐたる鬼のいふやう。 こよひの御あそびこそいつにもすぐれたれ。 たゞしさもめづらしからん。 かなでをみばやなどいふに。 この翁ものゝつきたりけるにや。 また神仏の思はせ給けるにや。 あはれはしりいでゝまはゞやとおもふを。 一どはおもひかへしつ。 それになにとなく鬼どもがうちあげたる拍子のよげにきこえければ。 さもあれたゞはしりいでゝまひてん。 死なばさてありなんと思とりて。 木のうつぼよりゑぼしははなにたれかけたる翁の。 こしによきといふ木きるものさして。 よこ座の鬼のゐたるまへにおどり出たり。 この鬼どもをどりあがりて。 こはなにぞとさはぎあへり。 おきなのびあがりかゞまりてまふべきかぎり。 すぢりもぢりゑいごゑをいだして一庭をはしりまはりまふ。 よこ座の鬼よりはじめてあつまりゐたる鬼どもあざみ興ず。 よこ座の鬼のいはく。 おほくのとしごろこのあそびをしつれども。 いまだかゝるものにこそあはざりつれ。 いまよりこのおきなかやうの御あそびにかならずまいれといふ。 おきな申やう。 「さたにをよび候はずまいり候べし。 このたびにはかにておさめの手もわすれ候にたり。 かやうに御らむにかなひ候はゞ。 し*づかにつかうまつり候はんといふ。 よこ座の鬼。 いみじう申たりかならずまいるべきなりといふ。 奥の座の三番にゐたる鬼。 この翁はかくは申候へども。 まいらぬことも候はんずらん。 おぼしゝし*ちをやとらるべく候らんといふ。 よこ座の鬼し*かるべし\"/といひて。 なにをかとるべきとおの\/いひさたするに。 よこ座の鬼のいふやう。 かのおきながつらにあるこぶをやとるべき。 こぶはふくのものなればそれをやおしみおもふらんといふに。 おきながいふやう。 たゞ目はなをばめすともこのこぶはゆるし給候はん。 とし比もちて候ものを。 ゆへなくめされすぢなきことに候なんといへば。 よこ座の鬼。 かうおしみ申物なり。 たゞそれを取べしといへば。 鬼よりてさはとるぞとて。 ねぢてひくに大かたいたきことなし。 さてかならずこのたびの御あそびにまいるべしとて。 暁に鳥などもなきぬれば鬼どもかへりぬ。 おきなかほをさぐるに年来ありしこぶあとかたなくかひのごひたるやうにつや\/なかりければ。 木こらんこともわすれていゑにかへりぬ。 妻のうばこはいかなりつることぞとゝへば。 し*か\"/とかたる。 あさましき事かなといふ。 となりにあるおきな左のかほに大なるこぶありけるが。 このおきなこぶのうせたるをみて。 こはいかにしてこぶはうせ給たるぞ。 いづこなる医師のとり申たるぞ。 我につたへ給へ。 このこぶとらんといひければ。 これはくすしのとりたるにもあらず。 し*か\"/の事ありて鬼のとりたるなりといひければ。 我その定にしてとらんとてことの次第をこまかにとひければをしへつ。 このおきないふまゝにしてその木のうつぼに入てまちければ。 まことにきくやうにして鬼どもいできたり。 ゐまはりて酒のみあそびて。 いづらおきなはまいりたるかといひければ。 このおきなおそろしと思ひながらゆるぎ出たれば。 鬼どもこゝにおきなまいりて候と申せば。 よこ座の鬼こちまいれとくまへといへば。 さきのおきなよりは天骨もなくおろ\"/かなでたりければ。 よこ座の鬼このたびはわろく舞たり。 かへす\"/わろし。 そのとりたりしし*ちのこぶ返したべといひければ。 すゑつかたより鬼いできて。 しちのこぶかへしたぶぞとて。 いまかた\"/のかほになげつけたりければ。 うらうへにこぶつきたるおきなにこそなりたりけれ。 ものうらやみはせまじきことなりとか。
伴大納言事。
編集これもいまはむかし。 伴大納言善男は佐渡国郡司が従者なり。 彼国にて善男夢にみるやう。 西大寺と東大寺とをまたげてたちたりと見て。 妻の女にこのよしをかたる。 めのいはく。 そこのまたこそさかれんずらめとあはするに。 善男おどろきてよしなきことをかたりてけるかなとおそれおもひて。 し*うの郡司が家へ行むかふ所に。 郡司きはめたる相人也けるが。 日来はさもせぬにことのほかに饗応し*て。 わらふだとりいでむかひてめしのぼせければ。 善男あやしみをなして。 我をすかしのぼせて妻のいひつるやうにまたなどさかんずるやらむとおそれ思ほどに。 郡司がいはく。 汝やんごとなき高相の夢みてけり。 それによしなき人にかたりてけり。 かならず大位にはいたるとも。 こといできてつみをかうぶらんぞといふ。 し*かるあひだ善男縁につきて上京して大納言にいたる。 されども犯罪をかうぶる。 郡司が詞にたがはず。
随求陁羅尼籠額法師事
編集これもいまはむかし。 人のもとにゆゝし*くこと\"/しく負レ斧ほら貝腰につけ錫杖つきなどし。 たゞ山伏のこと\"/しげなる入来て。 侍の立蔀の内の小庭にたちけるを。 侍あれはいかなる御房ぞととひければ。 これは日比白山に侍つるが。 みたけへまいりていま二千日候はんと仕候つるがときれうつきて侍り。 まかりあづからんと申あげ給といひてたてり。 みれば額まゆのあひだのほどにかうぎはによりて二すんばかりきずあり。 いまだなまいゑにてあかみたり。 侍とふていふやう。 そのひたいのきずはいかなる事ぞととふ。 山臥いとたうとし*くこゑをなしていふやう。 これは随求陀羅尼をこめたるぞとこたふ。 侍のものどもゆゝしきことにこそ侍れ。 足手の指などきりたるはあまたみゆれども額やぶれて陁羅尼こめたるこそみるともおぼえねといひあひたるほどに。 十七八ばかりなる小侍のふとはしり出てうちみて。 あなかたはらいたの法師や。 なんでう随求陀羅尼をこめんずるぞ。 あれは七条町に江冠者が家の。 おほひんがしにあるいもじが妻を。 みそか\/にいりふし\/せしほどに。 去年の夏いりふしたりけるに。 男のいもじかへりあひたりければ。 とる物もとりあへずにげて西へはしる。 冠者が家のまへほどにて追つめられてさいづへして額をうちわられたりしぞかし。 冠者もみしはといふを。 あさましと人どもきゝてやまぶしがかほをみれば。 すこしもことと思たる気色もせず。 すこしまのしたるやうにて。 その次にこめたるぞとつれなういひたるときに。 あつまれる人ども一度にはとわらひたるまぎれににげていにけり。
中納言師時法師の玉茎撿知事
編集これもいまはむかし。 中納言師時といふ人おはしけり。 其御もとにことのほかに色くろき墨ぞめの衣のみじかきに不動袈裟といふけさをかけて。 木練子の念珠の大なるくりさげたる聖法師入きてたてり。 中納言あれはなにする僧ぞとたづねらるゝに。 ことの外にこゑをあはれげになして。 かりの世にはかなく候をし*のびがたくて。 無始よりこのかた生死に流転するは。 せんずる所煩悩にひかへられて。 いまにかくてうき世を出やらぬにこそ。 これを無益なりと思とりて。 ぼんのふをきりすてゝ。 ひとへにこのたび生死のさかひをいでなんとおもひとりたる聖人に候といふ。 中納言さて煩のふをきりすつとはいかにととひ給へば。 くはこれを御らんぜよといひて。 衣のまへをかきあけてみすれば。 まことにまめやかのはなくてひげばかりあり。 こはふしぎのことかなと見給ほどに。 し*もにさがりたるふくろのことのほかにおぼえて。 人やあるとよび給へば。 侍二三人いできたり。 中納言その法師ひきはれとの給へば。 ひじりまのしをして。 あみだ仏申てとく\/いかにもし給へといひて。 あはれげなるかほけしきをして。 あしをうちひろげてをろねぶりたるを。 中納言あしをひきひろげよとのたまへば。 二三人よりて引ひろげつ。 さて小侍の十二三ばかりなるがあるをめしいでゝ。 あの法しのまたのうへを手をひろげてあげをろしさすれとの給へば。 そのまゝにふくらかなる手してあげおろしさする。 とばかりあるほどに。 この聖まのしをしていまはさておはせといひけるを。 中納言よげになりにたり。 たゞさすれそれ\/とありければ。 聖さまあしく候いまはさてといふを。 あやにくぞさすりふせけるほどに。 毛の中より松だけのおほきやかなるものゝ。 ふら\/といできてはらにすは\/とうちつけたり。 中納言をはじめてそこらつどひたる物どももろごゑにわらふ。 聖も手をうちてふしまろびわらひけり。 はやうまめやか物をし*たのふくろへひねりいれて。 そくひにて毛をとりつけて。 さりげなくし*て人をはかりて。 物をこはんとし*たりけるなり。 狂惑の法師にてありける。
竜門聖鹿にかはらんとする事。
編集大和国に竜門といふ所に聖ありけり。 すみける所を名にて竜門の聖とぞいひける。 そのひじりのし*たしくし*りたりけるさと人の。 あけくれし*ゝをころしけるに。 ともしといふことをしける比。 いみじうくらかりける夜照射に出にけり。 鹿をもとめありく程に目をあはせたりければ。 し*ゝありけりとてをしまはし\/するに。 たしかに目をあはせたり。 矢比にまはしよりてほぐしに引かけて。 矢をはげていんとて弓ふりたてみるに。 この鹿の目のあひのれいの鹿の目のあはひよりも近くて。 目の色もかはりたりければ。 あやしとおもひて弓を引さしてよくみけるに。 なをあやしかりければ。 矢をはづして火をとりてみるに。 鹿の目にはあらぬなりけりとみて。 おきばおきよとおもひてちかくまはしよせてみれば。 身は一ちやうの革にてあり。 なを鹿なりとて又いんとするに。 なを目のあらざりければたゞうちにうちよせてみるに。 法師の頭にみなしつ。 こはいかにとみており走て火うちふきてしひをりとり[り]てみれば。 この聖の目うちたゝきてし*ゝの皮を引かづきてそひふし給へり。 こはいかにかくてはおはしますぞといへば。 ほろ\/となきてわぬしがせいすることをきかず。 いたくこの鹿をころす。 われ鹿にかはりてころされなば。 さりともすこしはとゞまりなんと思へば。 かくていられんとしておるなり。 くちおしういざりつとの給ふに。 この男ふしまろびなきて。 かくまでおぼしけることをあながちにし侍ける事とて。 そこにて刀をぬきて弓うちきり。 やなぐひみなおりくだきて。 もとどりきりてやがて聖にぐして法師になりて。 聖のおはしけるがかぎりひじりにつかはれて。 ひじりうせ給ければ。 又そこにぞおこなひてゐたりけるとなん。
易のうらなひして金とり出したる事。
編集旅人のやどもとめけるに。 大きやかなる家のあばれたるがありけるによりて。 こゝにやどし給てんやといへば。 女ごゑにてよきこと。 やどり給へといへば。 みなおりゐにけり。 屋おほきなれども人のありげもなし。 たゞ女一人ぞあるけはひしける。 かくて夜あけにければ。 物くひし*たゝめていでゝゆくを。 此家にある女いできて。 えいでおはせじとゞまり給へといふ。 こはいかにとゝへば。 をのれが金千両をひ給へり。 そのわきまへしてこそ出給はめといへば。 この旅人ずんざどもわらひて。 あらし*や。 さんなめりといへば。 このたび人し*ばしといひて又おりゐて。 皮子をこひよせて。 幕引めぐらし*てしばしばかりありて。 此女をよびければ出きにけり。 旅人とふやうは。 この親はもし易の占といふことやせられしとゝへば。 いざさや侍けん。 そのし給ふやうなる事はし給きといへば。 さりなむといひて。 さてもなに事にて千両金をひたる。 そのわきまへせよとはいふぞととへば。 をのれがおやのうせ侍しおりに世中にあるべきほどの物などえさせをきて申しやう。 いまなん十年ありてその月に。 こゝに旅人来てやどらんとす。 その人は我金を千両をひたる人なり。 それにその金をこひてたへがたからんおりはうりてすぎよ。 と申しかば。 今までは親のえさせて侍し物をすこしづゝもうりつかひて。 ことしとなりてはうるべき物も侍らぬまゝに。 いつしか我親のいひし月日のとくこかしと待侍つるに。 けふにあたりておはしてやどり給へれば。 金をひ給へる人なりと思て申なりといへば。 金の事はまことなり。 さることあるらんとて。 女をかたすみに引てゆきて。 人にもし*らせではしらをたゝかすれば。 うつぼなるこゑのする所を。 くはこれが中にのたまふ金はあるぞ。 あけてすこしづゝとりいでゝつかひ給へとをしへて出ていにけり。 この女のおやのゑきの占の上手にて。 此女のありさまをかんがへけるに。 いま十年ありてまづしくならんとす。 その月日易の占する男きてやどらんずるとかんがへて。 かゝる金あるとつげてはまだしきにとりいでゝつかひうしなひてはまづしくならんほどに。 つかう物なくてまどひなんと思てしかいひをし*へ死ける後にもこの家をもうりうしなはずして。 けふをまちつけてこの人をかくせめければ。 これもゑきの占する物にて。 こゝろをえてうらなひいだしてをしへいでゝいにけるなりけり。 ゑきの卜は行すゑを掌のやうにさしてし*る事にてありける也。
宇治殿倒れさせ給て実相房僧正験者にめさるゝ事。
編集これも今はむかし。 高陽院造らるゝ間宇治殿御騎馬にてわたらせ給あひだたうれさせ給て。 心ちたがはせ給ふ。 心誉僧正に祈られんとてめしにつかはすほどに。 いまだまいらざるさきに女房の局※なるに女に物つきて申ていはく。 別のことにあらず。 きと目みいれたてまつるによりてかくおはしますなり。 僧正まいられざるさきに護法さきだちてまいりて。 をひはらひさぶらへばにげをはりぬとこそ申けれ。 則よくならせ給にけり。 心誉僧正いみじかりぬる事。
秦兼久向二通俊卿許一悪口事
編集今はむかし。 治部卿通俊卿後拾遺をえらばれけるとき。 秦兼久行向てをのづから哥などやいると思てうかゞひけるに。 治部卿いでゐて物がたりして。 いかなるうたかよみたるといはれければ。 はか\"/しき候はず。 後三条院かくれさせ給てのち。 円宗寺まいりて候しに。 花のにほひはむかしにもかはらず侍しかばつかうまつりて候しなりとて。
- こぞみしに色もかはらずさきにけり花こそものはおもはざりけれ
とこそ仕りて候しかといひければ。 通俊卿「ろしくよみたり。 たゞし。 けれ。 けり。 けるなどいふ事はいとしもなきこと葉なり。 それはさることにて花こそという文字こそめのわらはなどの名にし*つべけれとていともほめられざりければ。 ことばずくなにてたちて。 侍どもありける所に。 この殿は大かた哥のありさまし*り給はぬにこそ。 かゝる人の撰集うけたまはりておはするはあさましきことかな。 四条大納言(公任)哥に。
- 春きてぞ人もとひけるやまざとははなこそやどのあるじなりけれ
とよみ給へるは。 めでたき哥とて世の人ぐちにのりて申めるは。 その哥に人もとひけるとあり。 またやどのあるじなりけれとあめるは。 はなこそといひたるはそ*れにはおなじさまなるに。 いかなれば四条大納言のはめでたく。 兼久がはわろかるべきぞ。 かゝる人の撰集うけたまはりてえらび給あさましきことなりといひて出にけり。 さぶらひ通俊のもとへ行て「兼久こそかう\/申て出ぬれとかたりければ。 治部卿(通俊)うちうなづきてさりけり\/ものないひそとぞいはれける。
源大納言雅俊一生不犯僧に金うたせたる事。
編集これも今はむかし。 京極の源大納言雅俊といふ人おはしけり。 仏事をせられけるに仏前にて僧に鐘をうたせて一生不犯なるをえらびて講を行なはれけるに。 ある僧の礼盤にのぼりてすこしかほけしきたがひたるやうに成て。 鐘木をとりてふりまはしてうちもやらでし*ばしばかりありければ。 大納言いかにと思はれけるほどに。 やゝひさしく物もいはでありければ。 人どもおぼつかなく思けるほどに。 この僧わなゝきたるこゑにてかはつるみはいかゞ候べきといひたるに。 諸人おとがひをはなちてわらひたるに。 一人の侍ありて。 かはつるみはいくつばかりにてさぶらひしぞと問たるに。 この僧くびをひねりてきと夜べもしてさぶらひきといふに。 大かたどよみあへり。 そのまぎれにはやうにげにけりとぞ。
児のかい餅するにそらねいりしたる事。
編集これも今はむかし。 比叡の山に児ありけり。 僧だち宵のつれづれににいざかかひもちいせんといひけるを。 このちご心よせにきゝけり。 さりとてしいださんをまちてねざらんもわろかりなんと思て。 かたがわにによりてねたるよしにて出くるを待けるに。 すでにしいだしたるさまにてひしめきあひたり。 このちごさだめておどろかさんずらんとまちゐたるに。 僧の物申さぶらはんおどろかせ給へといふを。 うれしとはおもへども。 たゞ一どにいらへんも。 待けるかともぞおもふとて。 いま一こゑよばれていらへんと念じてねたるほどに。 や。 なおこしたてまつりそ。 おさなき人はね入給にけりといふこゑのしければ。 あなわびしと思ひて。 いま一どおこせかしとおもひねにきけば、 ひしひしとたゞくひにくふをとのしければ。 すべなくてむごの後にえいといらへたりければ。 僧達わらふことかぎりなし。
田舎のちご桜のちるを見てなく事
編集これも今はむかし。 ゐ中のちごのひえの山へのぼりたりけるが。 桜のめでたくさきたりけるに。 風のはげしくふきけるをみて。 このちごさめ\"/となきけるをみて。 僧のやはらよりてなどかうはなかせ給ふぞ。 この花のちるおしうおぼえさせ給か。 桜ははかなき物にてかくほどなくうつろひ候なり。 されどもさのみぞさぶらふとなぐさめければ。 桜のちらんはあながちにいかゞせんくるしからず。 我てゝの作たる麦の花ちりて実のいらざらんおもふがわびしきといひて。 さくりあげてよゝとなきける。 うたてしやな。
小藤太聟におどされたる事
編集これも今はむかし。 源大納言定房といひける人の許に。 小藤太といふ侍ありけり。 やがて女にあひぐしてぞありける。 むすめもめなにてつかはれけり。 この小藤太は殿の沙汰をしければ。 三とをり四とをりに居ひろげてぞ有ける。 この女のめなになまりやうけしのかよひけるありけり。 よひにし*のびて局※へ入にけり。 あかつきより雨ふりてえかへらで局※にし*のびてふしたりけり。 この女のめなはうへゝのぼりにけり。 此聟の君屏風を立まはしてねたりける。 春雨いつとなくふりて帰べきやうもなくふしたりけるに。 このし*うとの小藤太此聟の君つれ\"/にておはすらん。 さかな折敷にすへてもちて。 いまかた手に提に酒を入て。 ゑんよりいらんは人みつべしと思て。 おくの方よりさりげなくてもて行に。 このむこの君はきぬをひきかつぎてのけざまにふしたりけり。 この女房のとくおりよかしとつれ\"/におもひてふしたりけるほどに。 おくの方よりやり戸をあけられば。 うたがひなくこの女房のうへよりおるゝぞとおもひて。 きぬをば顔にかつぎながら。 あの物をかきいだしてはらをそらしてけし\/とおこしければ。 小藤太おびえてのけざれかへりけるほどに。 さかなもうちちらし酒もさながらうちこぼして。 大ひげをさゝげてのけざまにふしてたをれたり。 かしらをあらう打て。 まぐれ入てふせりけりとか。
大童子鮭ぬすみたる事
編集これも今はむかし。 越後国より鮭を馬におほせて廿駄ばかり粟田口より京へをひ入けり。 それにあはたぐちの鍛冶が居たるほどに。 いたゞきはげたる大童子のまみしぐれて物物むづかしうをもらかにもみえぬがこの鮭の馬の中に走入にけり。 道はせばくて馬なにかとひしめきけるあひだ。 この大童子走そひて鮭を二つひきぬきてふところへ引入てんけり。 さてさりげなくて走さきだちけるを。 此鮭にぐしたる男見てけり。 走先立て童のたてくびをとりて引とゞめていふやう。 わせんじやうはいかでこの鮭をぬすむぞといひければ。 大童子さることなし。 なにをせうこにてかうはの給ぞ。 わぬしがとりてこのわらはにおほするなりといふ。 かくひしめくほどにのぼりくだるもの市をなしてゆきもやらでみあひたり。 さるほどにこの鮭のかうちやうまさしくわせんじ*やうとりてふところに引入つといふ。 大童子はまたわぬしこそぬすみつれといふ。 時にこの鮭につきたる男せんずる所我も人もふところをみんといふ。 大童子さまでやはあるべきなどいふほどに。 この男はかまをぬぎてふところをひろげてくはみ給へといひてひし\/とす。 さてこのおとこ大童子につかみつきて。 わせんじ*やうはや物ぬぎ給へといへば。 わらはさまあしとよ。 さまであるべきことかといふを。 この男たゞぬがせにぬがせてまへを引あけたるに。 こしにさけを二つはらにそへてさしたり。 男くは\/といひて出したるときに。 この大童子うちみてあはれ勿躰なき主かな。 こうやうにはだかになしてあさらんには。 いかなる女御后なりともこしにさけの一二尺なきやうはありなんやといひければ。 そこら立とまりて見けるものども一どにはつとわらひけるとか。
尼地蔵見たてまつる事
編集今はむかし。 丹後国に老尼ありけり。 地蔵〓※はあかつきごとにありき給ふことをほのかにきゝて。 暁ごとに地蔵みたてまつらんとてひとよかいまどひありくに。 博打のうちほうけてゐたるがみて。 尼公はさむきに何わざし給ぞといへば。 地蔵〓※のあかつきにありき給ふなるにあひまいらせんとてかくありくなりといへば。 ぢざうのありかせ給ふみちは我こそし*りたりければ。 いざ給へあはせまいらせんといへば。 あはれうれしきことかな。 ぢざうのありかせ給はん所へ我をゐておはせよといへば。 われにものをえさせ給へ。 やがてゐて奉らんといひければ。 此きたるきぬたてまつらんといへば。 いざたまへとてとなりなる所へゐてゆく。 あまよろこびていそぎ行に。 そこのこにぢざうといふ童ありけるを。 それが親をし*りたりけるによりて。 ぢざうはととひければ。 おやあそびにいぬいまきなんといへば。 くはこゝなり地蔵のおはしますところはといへば。 あまうれしくてつむぎのきぬをぬぎてとらすれば。 ばくちうちはいそぎてとりていぬ。 あまはぢざうまいらせんとてゐたれば。 おやどもはこゝろえずなどこのわらはをみんとおもふらんとおもふほどに。 十計なるわらはのきたるを。 くはぢざうといへば。 あまみるまゝにぜひもし*らずふしまろびて。 おがみいりてつちにうつぶしたり。 童すばへをもちてあそびけるまゝにきたりけるが。 そのすばえして手すさびのやうに額をかけば。 額よりかほのうへまでさけぬ。 さけたる中よりえもいはずめでたきぢざうの御かほみえ給ふ。 あまおがみ入てうちみあげたれば。 かくてたちたまへれば。 なみだをながしておがみ入まいらせてやがてごくらくへまいりけり。 さればこゝろにだにもふかくねんじつれば。 仏もみえ給ふなりけりとし*んずべし。
修行者逢二百鬼夜行一事
編集今はむかし。 修行者のありけるが。 津の国までいきたりけるに。 日くれてりうせん寺とて大なる寺のふりたるが人もなきありけり。 これは人やどらぬ所といへども。 そのあたりにまたやどるべき所なかりければ。 いかゞせんと思て負うちおろして内に入てけり。 不動の咒をとなへてゐたるに。 夜中ばかりにや成ぬらんとおもふほどに。 人々のこゑあまたしてくるをとすなり。 みれば手ごとに火をともして人百人ばかり。 この堂のうちにきつどひたり。 ちかくてみれば。 目一つきたりなどさま\"/なり。 人にもあらずあさましき物どもなりけり。 あるひは角おひたり。 頭もえもいはずおそろしげなる物どもなり。 おそろしと思へどもすべきやうもなくてゐたれば。 おの\/みなゐぬ。 ひとりぞまだ所もなくてえゐずし*て。 火をうちふりてわれをつらつらとみていふやう。 我ゐるべき座にあたらしき不動尊こそゐ給たれ。 こよひばかりは外におはせとて。 片手してわれを引さげて堂のえんの下にすへつ。 さるほどにあかつきに成ぬとてこの人\"/のゝし*りてかへりぬ。 まことにあさましくおそろしかりける所かな。 とく夜のあけよかしいなんとおもふに。 からうじて夜あけたり。 うちみまはしたれば。 ありし寺もなし。 はる\"/とある野の来しかたもみえず。 人のふみ分たる道もみえず。 行べきかたもなければあさましと思てゐたるほどに。 まれまれ馬にのりたる人どもの人あまたぐして出来たり。 いとうれしくてこゝはいづくとか申候とゝへは。 などかくはとひ給ぞ。 肥前国ぞかしといへば。 あさましきわざかなとおもひて事のやうくはしくいへば。 この馬なる人もいとけうの事かな。 肥前の国にとりてもこれはおくの郡なり。 これはみたちへまいるなりといへば。 修行者よろこびて路もし*り候はぬに。 さらば道までもまいらんといひていきければ。 これより京へ行べきみちなどをしへければ舟たづねて京へのぼりにけり。 さて人どもにかゝるあさましきことこそありしか。 つの国のりうせんじといふ寺にやどりたりしを。 鬼どものき[て]所せばしとて。 あたらしき不動尊し*ばし雨だりにおはしませといひて。 かきいだきて雨だりについすゆとおもひしに。 ひぜんの国のをくの郡にこそゐたりしか。 かゝるあさましき事にこそあひたりしかとぞ。 京にきて語けるとぞ。
利仁将軍暑預粥事
編集今はむかし。 利仁の将軍のわかゝりけるとき。 そのときの一の人の御もとに格勤して候けるに。 正月に大饗せられけるに。 そのかみは大饗はてゝとりばみといふものをはらひていれずして。 大饗のおろし米とて給仕したる格勤のものどもの食けるなり。 その所にとし比になりてきうじし*たる者の中には所えたる五位ありけり。 そのおろし米の座にて芋粥すゝりて舌うちをして。 あはれいかでいも粥にあかんといひければ。 とし仁これをきゝて太夫殿いまだいもがゆにあかせ給はずやとゝふ。 五位いまだあき侍らずといへば。 あかせたてまつりてんかしといへば。 かしこく侍らんとてやみぬ。 さて四五日ばかりありて。 さうじずみにてありける所へ。 利仁きていふ*やう。 いざゝせ給へ湯あみに太夫殿といへば。 いとかしこき事かな。 こよひ身のかゆく侍つるに乗物こそは侍らねといへば。 こゝにあやしの馬ぐして侍りといへば。 あなうれしくといひて。 うすわたのきぬ二計に。 あをにびのさしぬきのすそやれたるに。 おなじ色のかり衣のかたすこしおちたるに。 し*たの袴もきずはなだかなるもののさきはあかみて穴のあたりぬればみたるは。 すゝばなをのごはぬなめりとみゆ。 狩衣のうしろは帯にひきゆがめられたるまゝに引もつくろはねば。 いみじうみぐるし。 おかしけれどもさきにたてゝ。 われも人も馬にのりて河原ざまにうち出ぬ。 五位のともにはあやしの童だになし。 利仁がともには調度がけとねりざうしきひとりぞありける。 河原うち過てあはだぐちにかゝるに。 いづくへぞととへは。 たゞこゝぞここぞとて山科もすぎぬ。 こはいかにこゝぞ\/とて山しなも過しつるはといへば。 あしこ\/とて関山も過ぬ。 こゝぞ\/とて三井寺にし*りたる僧のもとにいきたれば。 こゝに湯わかすかとおもふだにも物ぐるおしう遠かりけりと思に。 こゝにも湯ありげもなし。 いづらゆはといへば。 まことはつるがへゐてたてまつるなりといへば。 物ぐるおしうおはしける。 京にてさとの給はましかば。 下人などもぐすべかりけるをといへば。 利仁あざわらひてとし仁ひとり侍らば千人とおぼせといふ。 かくて物など食ていそぎ出ぬ。 そこにて利仁やなぐひとりてをひける。 かくてゆくほどにみつの浜にきつねの一はしり出たるをみて。 よき使出きたりとて。 利仁狐をゝしかくれば。 きつね身をなげて迯れどもをひせめられてえにげず。 おちかゝりて狐の尻足を取て引あげつ。 乗たる馬いとかしこしともみえざりつれども。 いみじき逸物にてありければ。 いくばくものばさずしてとらへたるところに。 この五位はしらせていきつきたれば。 狐を引あげていふやうは。 わ狐こよひのうちに利仁が家のつるにまかりていはんやうは。 にはかに客人をぐし奉りてくだるなり。 明日の巳の時に高島辺にをのこ共むかへに馬にくらをきて二疋ぐしてまうでこといへ。 もしいはぬ物ならば。 わ狐たゞ心みよ。 狐は変化あるものなればけふのうちに行つきていへとてはなてば。 荒凉の使哉といふ。 よし御覧ぜよ。 まからではよもあらじといふに。 はやく狐見返し\/て前に走ゆく。 よくまかるめりといふに。 あはせてはしりさきだちてうせぬ。 かくてその夜は道にとゞまりて。 つとめてとく出て行ほどに。 誠に巳時ばかりに卅騎ばかりよりてくるあり。 なにゝかあらんとみるに。 をのこどもまうできたりといへば。 不定のことかなといふほどに。 たゞちかにちかくなりてばら\"/とおるゝほどに。 これ見よまことにおはしたるはといへば。 利仁うちほゝえみて何ごとぞとゝふ。 おとなしき郎等すゝみきて。 希有の事の候つるなりといふ。 まづ馬はありやといへば。 二疋さぶらふといふ。 食物などして来ければ。 そのほどにおりゐてくふつゐでに。 おとなしき郎等のいふやう。 夜べけうのことのさぶらひしなり。 戌の時ばかりに大ばん所の。 むねをきりにきりてやませ給しかば。 いかなることにかとて。 にはかに僧めさんなどさはがせ給しほどに。 てづから仰さぶらふやう。 なにかさはがせ給。 おのれはきつねなり。 別のことなし。 この五日みつの浜にて殿の下らせ給つるにあひたてまつりたりつるに。 にげつれどえにけでとらへられたてまつりたりつるに。 けふのうちにわが家にいきつきて客人ぐし奉りてなんくだる。 あす巳時に馬二にくらをきてぐしてをのこども高島の津にまいりあへといへ。 もしけふのうちにいきつきていはずば。 からきめみせんずるぞとおほせられつるなり。 をのこどもとくとく出立てまいれ。 をそくまいらば。 我は勘当かうぶりなんとおぢさはがせ給つれば。 をのこどもにめしおほせさぶらひつれば例ざまにならせ給にき。 その後鳥と ともに参さぶらひつるなりといへば。 利仁うちえみて五位に見あはすれば。 五位あさましと思たり。 物などくひはてゝいそぎたちてくら\"/に行つきぬ。 これ見よまことなりけりとあざみあひたり。 五位は馬よりおりて家のさまをみるに。 にぎはしくめでたきこと物にもにず。 もときたるきぬ二がうへに利仁が宿衣をきせたれども。 身の中し*すきたるべければ。 いみじうさむげにおもひたるに。 ながすびつに火をおほふおこしたり。 たゝみあつらかにし*きて。 くだ物くひ物しまうけてたのしくおぼゆるに。 道の程さむくおはしつらんとて。 ねり色のきぬのわたあつらかなるみつひきかさねてもてきてうちおほひたるに。 たのしとはおろかなり。 物くひなどしてことし*づまりたるに。 し*うとの有仁いできていふやう。 こはいかでかくはわたらせ給へるに。 これにあはせて御使のさま物ぐるおしうてうへにはかにやませたてまつり給ふ。 けうの事なりといへば。 利仁うちわらひて。 物の心みんとおもひてし*たりつる事をまことにまうできてつげて侍にこそあんなれといへば。 し*うともわらひて希有のことなりといふ。 ぐし奉らせ給つらん人は。 このおはします殿の御事ぞといへば。 さに侍りいもがゆにいまだあかずとおほせらるれば。 あかせ奉らんとていてたてまつりたるといへば。 やすき物にもえあかせ給はざりけるかなとてたはぶるれば。 五位東山に湯わかしたりとて人をはかりてかくの給なりなどいひたはぶれて。 夜すこしふけぬればし*うとも入ぬ。 ね所とおぼしきところに五位入てねんとするに。 綿四五寸ばかりあるひたゝれあり。 我もとのうすわたはむ[づ]かしうなにのあるに。 かくゆき所もいでくるきぬなれば。 ぬぎをきてねり色のきぬ三がうへにこのひたゝれひきくては。 ふしたる心いまだならはぬに気もあげつべし。 あせ水にてふしたるに。 またかたはらに人のはたらけばたぞとゝへば。 御あしたまへと候へばまいりつる也といふ。 けはひにくからねば。 かきふせて風のむく所にふせたり。 かゝるほどに物たかくいふこゑす。 何事ぞときけば。 をのこのさけびていふやう。 このへんの下人うけたまはれ。 あすのうの時に切口三寸ながさ五尺のいも。 おの\/一すぢづゝもてまいれといふ也けり。 あさましうおほのかにもいふものかなときゝてねいりぬ。 あかつき方にきけば庭に莚しくをとのするをなにわざするにかあらんときくに。 こやたうばんよりはじめておきたちてゐたるほどに。 蔀あけたるにみればながむしろをぞ四五枚し*きたる。 なにのれうにかあらんとみるほどに。 げす男の木のやうなる物をかたにうちかけて来て一すぢをきていぬ。 其のちうちつゞきもてきつゝをくをみれば。 まことに口三寸ばかりのいもの五六尺ばかりなるを。 一すぢづゝもてきてをくとすれど。 巳時までをきければ。 ゐたるやとひとしくをきなしつ。 夜べさけびしははやうそのへんにある下人のかぎりに物いひきかすとて。 人よびの岡とて。 あるつかのう へにていふなりけり。 たゞそのこゑのをよぶかぎりのめぐりの下人のかぎりもてくるにだにさばかりおほかり。 ましてたちのきたるずさどものおほさをおもひやるべし。 あさましとみたるほどに。 五石なはのかまを五六舁もてきて。 庭にくゐどもうちてすへわたしたり。 何のれうぞとみるほどに。 し*ぼぎぬのあをといふ物きて帯し*て。 わかやかにきたなげなき女どものし*ろくあたらしき桶に水を入て。 此釜どもにさくさくといる。 何ぞゆわかすかとみれば。 この水とみるはみせんなりけり。 わかきをのこどもの袂より手出したる。 うすらかなる刀のながやかなるもたるが十余人ばかりいできて。 このいもをむきつゝすきゞりにきれば。 はやく芋粥にる也けりとみるに。 くふべき心ちもせずかへりてはうとましく成にけり。 さら\/とかへらかしていもがゆいでまうできにたりといふ。 まいらせよとて先大なるかはらけぐしてかねの提の一斗ばかり入ぬべきに三四に入て。 且一とてもてきたるに。 あきて一もりをだにえくはず。 あきにたりといへば。 いみじうわらひてあつまりてゐて。 客人殿の御とくにいもがゆくひつといひあへり。 かやうにする程に。 向のながやの軒に狐のさしのぞきてゐたるを利仁見付て。 かれ御らんぜよ。 候し狐のげさんするをとて。 かれに物くはせよといひければ。 くはするにうちくひてけり。 かくてよろづのことたのもしといへばをろかなり。 一月ばかりありてのぼりけるに。 けおさめのさうぞくどもあまた具たり。 又たゞの八丈わたぎぬなど皮子どもに入てとらせ。 はじめの夜の直垂はたさらなり。 馬にくらをきながらとらせてこそをくりけれ。 きう者なれども所につけて年比になりてゆるされたる物は。 さるものゝをのづからあるなりけり。