古人の言葉に、

「おふくは、鼻の低いかはりに、瞼が高うて、好いをなごじやの、なんのかのとて、いつかいお世話でござんす。」

 これは、名高い昔の禅僧が残した言葉で、おふくが文を持つ立姿の図に、その画賛として書かれたものであるといふ。仮令鼻が低いと言はれようが、瞼が高いと調戯からかはれようが、女の身ながらに眼を見開くなら、この世に隠れてゐる宝と生命と幸福とが得られるといふこゝろもちを、いかにも軽く取り扱つてあるらしい。

 このおふくのことで想ひ起すのは、彼女の姉妹とも言ひたいおかめの俤である。共に婦人の笑顔をあらはして、遠い昔からいろ/\な絵や、彫刻や、演劇舞踊の中にまで見えつ隠れつしてゐるのが、わたしの心をひく。中世以来、続きに続いた婦人の世界の暗さを思へば、「笑」を失つたものが多からうと思はれる中で、あれは光つた笑顔に相違ない。ところが、こゝに縁起をかつぐやうなことばかりを知つて、あのおかめの面の奥を覗いて見たこともないやうな人達がある。さういふ人達が寄つてたかつて、太神楽の道化役にも使ひ、酉の市の熊手のかざりにまで引張り出す。折角をかしみのある女の風情も、長い間に磨り減らされ、踏みにじられてしまつた。おかめの「笑」と言へば、今はたゞ浅い滑稽の表象でしかない。人はいかなるものをも弄ぶやうになるものだ。すくなくもこの世に幸福を持ち来しさうなあの福々しい女のほゝゑみも、あれはその実、笑つてゐるのか泣いてゐるのか分らないやうな気がする。

この著作物は、1943年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。