妖光殺人事件
妖光殺人事件
一
私が弁護士手塚龍太の訪問を受けたのは、
彼は八木万助の義俠的の弁護人だったので、つまり、万助の精神鑑定に立会わして貰いたいと云うのだった。私はそれが法規上、許される事かどうかは、よく知らなかったが、彼が今までに度々万助に接していたとすると、万助が彼から何事か暗示を受けて、それが鑑定の邪魔になる事を恐れたので、万助と同室する事は断って、その代りに、隣室で問答を洩れ聞いている事を、許す事にした。手塚は「それで結構じゃ」と云って、スタスタと帰って行った。
さて、万助の精神鑑定の事であるが、私はその前に、彼がいかにして殺人を犯し、いかにして、精神鑑定に附せられるに至ったかと云う事を、簡短〔ママ〕に説明しよう。
今から約三月ばかり以前の二月五日の夜十一時過ぎ、郊外S町のゴミゴミした小住宅区域の一角に、突如として銃声が
刑事は直ぐに割って入って、ヒーヒー悲鳴を上げて、
「旦那、こん畜生は、
と云いながら、再び女房に打って掛ろうとした。刑事は、
「乱暴は
と、男を抱き留めたが、この時に、ふと、畳の上に一挺のブローニングが転がっているのが眼についたので、ハッと思いながら、
「貴様はピストルを撃ったんだなッ」
と怒鳴ると、男は急に思い出したように、顔色を
「旦那、すみません。やっちやったのです」
「なに、やっちゃった」
「へい、間男のやつを、撃っちゃったのです」
「えッ」
刑事は驚いて、だんだん訊いて見ると、彼が外から帰ると姦夫があわてふためいて出て来て、そのまま逃げて行こうとしたので、おのれッと叫んで、
「確かに、手応えがありました」
そう云って、彼は今更大罪を犯したのを、恐れるように、ブルブルと顫えるのだった。
刑事は驚き怪しみながら、外に出て見ると、家の前から二間ばかり行った暗闇に、洋服を着た紳士風の男が、うつ伏し〔ママ〕になって
斃れていた紳士は、間もなく理学博士脇田市造と判明した。射殺した男は、云うまでもなく、八木万助である。
二
刑事の急報で、
「私はあの方が誰やら少しも知りません。今夜初めてお目にかかった方です。あの方は、今夜八時頃、八木万助さんのお宅はこちらかな、と云って訪ねて来られました。私は万助は留守ですと申しますと、困ったような顔をしておられましたが、では、もう少ししたら来ようと云って、帰って行かれました。そうして、十一時頃、又、訪ねて来られました。未だ帰りませんと云いますと、それは困ったなあと云って、
女房が係官の訊問に答える間、万助は何回となく、
「うぬ、畜生! 噓つきめ」
と叫んで、彼女に打ってかかろうとして、その
「あいつの云った事はみんな嘘です。あっしは、すっかり見ていたんです。あいつは、あの男を、あっしの留守に引張り込んで、
「見ていたって」
女房の話す所が真実らしいと感じていた係官は、見ていたと云う万助の言葉に、やや驚きながら、
「どこで見ていたのか」
「遠くで見ていました」
「遠くで?」
「へい。芝から見ておりました」
「なにッ」
係官は
万助はしかし、真剣だった。
「芝から見ていました。それに違いありません」
「芝から、どうして、ここが見えるか」
係官が呆れるように云うと、万助はニヤリと、不気味な
「旦那方は、そう云う便利な発明があるのを、無論、御存じだと思いますが、あっしは、テレビジョンていうやつで見ていたんですよ」
この、一見粗野な、無教育らしい労働者風の男の口から、思いがけなく、最新科学に属する片仮名が飛出したので、係官は
「なに、テレビジョンで見た。ふむ、
「あっしは、今日夕方から浅草へ遊びに行きました。すると、八時頃、
自動車に乗せられて、スーッと
万助は、その音もなくスーッと開いた扉から、家の中に招き入れられた。家は、中々宏壮なものだったが、ガランとして他には誰もいないようだった。彼はやがて、部屋の入口らしい所に来た。すると、入口の扉は、又、音もなくスーッと開いた。部屋は四方真白な壁に囲まれて、まるで牢屋のようだった。
「あっしはしまったと思いましたね。こいつは、
万助はその時の事を、追想するように、首を縮めて、さも恐ろしそうに、ブルブル顫えながら、
「あっしは、てっきり、紳士は気が違ったのだと思いました。すると、どうでしょう。紳士が、開け! 悪魔! と叫んだ拍子に、真白な壁がグラグラと動き出したのです。そうして、パクリと大きな口を開けました。紳士は
その次の間と云うのが、実に素晴らしかったそうである。壁と云わず柱と云わず、
「ここを覗いて見給え」
紳士が壁間に
「鏡に写ったのは、あっしの顔でなくて、角の生えた、恐ろしい鬼の顔なんです」
万助が
「この部屋の番人の悪魔だ。その鏡の中に住んでいるのだよ」
それから紳士は、万助を部屋の隅の壁に嵌め込みになっている、立派な戸棚の傍に連れて行って、
「開け! 悪魔! と呼んでごらん」
と云うので、万助はその通りにすると、戸棚の
「ダイヤモンドだよ。アハハハハ」
紳士は機嫌よく笑って、別の戸棚から、
「その味ったら、実に、
そんな事で、万助がまるで狐につままれたように、キョトキョトしていると、紳士は、
「万助さん、何もそう驚かなくてもいいよ。私は魔法使いでも、何でもない。今までみせた事は、みんな科学で出来る事なんだよ。万助さんは、テレビジョンと云って、遠方の事が、手に取るように見えて、声までがちゃんと聞えるのを、知っているかね」と云った。
「あっしは」万助は係官に云うのだった。「テレビジョンなんて、名はよく知らなかったんですが、そんなものが出来たと云う事は聞いていましたし、遠方の声が聞えるのは、ラジオがそうだし、写真がものを云うのは、トーキーていやつで知っていますから、今まで、散々に見せられた不思議と比べれば、遠方の事が見える位、なんでもないと思いましたよ」
万助がテレビジョンの事は知っているが、見た事はないと云うと、紳士は、
「そう、それでは一つ見せて上げよう。何を見せたらいいだろうね。おお、そうだ。あなたの家を見せて上げよう」
そう云って、彼はうなずきながら、仕度を始めたが、やがて、部屋の壁に開いていた小さい穴を指して、
「ここから、覗いてごらん。あなたの家の事が見えるから」
と云って、スイッチを
三
云われるままに、真暗になった部屋から、小さい穴に眼を当てて、次の間を覗くと、そこには、やや鮮明を欠いた活動写真のようなものが写っていた。そのうちに眼が馴れると、画面は万助の家の一室である事が分った
「暫く見ているうちに、あっしの髪の毛は逆立ちをしましたよ。女房のやつが、見馴れない男を引張り込んでいるじゃありませんか。男のやつの顔をどうかして見てやろうと苦心したんですが、どうもハッキルしないんです。けれども、畜生! いやらしく、男にしなだれかかりやがって、あなたや、って、変に甘たるい声を出しやがって――」
万助は実に口惜しそうだった。
「そのうちに、テレビジョンの場面は――畜生! いくらなんでも、あっしや、人に話せねえや。あっしや、こう、頭と云わず、腹の中と云わず、身体中を引搔き廻されるようで、身体が変に熱ぽくなって、口がねばっこくなって、動悸がして、どうにもじっとしていられなくなったのです。思わず、畜生! と叫んで、
すると、彼の
「万助さん、ここでいくら口惜しがったって駄目だよ。それは、お前さんの家で起っている事だからね」
万助は大きな涙をポロポロ落しながら叫んだ。
「旦那、後生ですから、あっしを家へやっておくんなさい。あっしは、あの野郎をぶち殺さなくちゃ、男の一分が立たねえや」
紳士はしかし、容易に帰宅する事を許してくれなかった。が、最後にはとうとう万助の執拗な要求を退ける事が出来なくなって、
「乱暴な事をしてはいけないよ。それでは、途中まで送って行こう」
と云って、万助を自動車に乗せて、新宿駅まで送ってくれた。
「あっしは、夢中で、省線電車に乗り、家に帰ったのです。すると、恰度、間男のやつが、家の中から出て、一散に逃げて行こうとしたので、この野郎と、
万助の話は大約こんな事だったが、諸君も既にお気づきの通り、筋の通っているような、通っていないような、奇々怪々な話である。それに、係官の首を捻らせた事は、被害者の脇田博士が誰知らない者はないと云うほど、有名な物理学者で、年配もすでに五十を半ば近く越しているし、なるほど、一介の労働者の妻にしてはちょっと綺麗だし、がさつな夫に比べると、やや教育もあるようだが、博士ともある者が、こんな場末の
それに更に奇怪な事は、実はこれは読者諸君の興味をそそるように、わざと前後して書いたのだが、万助が、彼自身が射殺した屍体を見せられた時に、やや、と云って、
次に、係官は、万助に、彼が最新式のブローニング自働〔ママ〕
そこで、私は彼の自白を紹介しなければならないのだが、その前に、読者諸君も、既にお気づきになって、大いに気にしていられるであろう所の、脇田博士の事を、ちょっと述べて置こう。
四
脇田博士は既に述べた通り、有名な物理学の権威者で、早くも、大学教授の栄職を
諸君のうちには、昨年の三月十四日の深更、博士邸に突如として、一大爆音が起って、木造家屋の一部は、猛烈な勢いで燃え上り、即座に駆けつけた消防隊の努カも無効で、鉄筋コンクリート造りの研究室を残して、宏壮な邸宅が全部
世間の人を驚かしたのは、物理学の権威脇田博士の邸内に、突如爆音が起って、忽ち同邸を焼き払ったと云う事だけに止らないで、更に、世人をアッと云わせたのは、焼跡から無残な焼死体が現われて、しかも、それが博士の若く美しい夫人で、検屍の結果他殺の疑いがあると発表せられた事だった。
爆発に続いて、火災のあった当夜は、脇田博士は留守だった。彼は研究の結果を
屍体は何しろ相好もよく分らないほど、焼け
博士邸の怪火、しかも、若く美しい夫人が惨殺されて、焼跡から屍体になって出て来たと云う大事件であるから、警察当局は必死になって、犯人の検挙に努めたが、犯人を突き留める事はおろか、爪の先ほどの手掛りも摑む事が出来ないで、新聞では早くも迷宮入りを伝えられ、博士の研究が絶対秘密のものだっただけに、流言
捜索にあぐねた当局は、とうとう、脇田博士の愛弟子で、今は、学界では師の名声を
さうして、爾来、一年の間、何の進展も見せないで、迷宮のまま推移し、当局は無論まだ必死の捜索を続けていたが、忘れっぽい世人の記憶からは、もう殆ど消えかけた頃に、突如として、解決の
五
八木万助は前に述べた通り、彼が所持していたピストルの出所を、容易に自白しなかったが、係官の厳重な訊問に、とうとう包み切れないで白状したところによると、意外にもそのピストルは小石川の脇田博士邸から盗み出したと云うのだった。 ここで
さて、ピストルの話に戻るが、八木万助は、これも最初は中々云わなかったのだが、博士邸に怪事件の起った当夜、同邸に忍び込んだのだった。彼が十二時過ぎに同邸に忍び込むと、思いがけなく、居間らしい所に電燈がついていて、そこから男女らしい二人の話声が洩れたので、彼は驚いて――当夜は博士は留守だったのだから、この万助の申立は
彼は、もう一度電燈を消して、フワフワした煙のようなものの正体を突きとめる勇気も、好奇心もなかったので、そのまま逃げるように歩き出したが、その時、ふと、
彼は半ば無意識にピストルを拾い上げて、尚も歩き続けたが、やがて、彼は先刻、薄煙みたいなものがモヤモヤしていた
さて、そこを通り越して見ると、困った事には、廊下が突当りになっていて、そこに
彼は手にしていたビストルを突きつけて、
「手を上げろ!」と叫んだ。
夫人は極度の驚愕の色を見せて、サッと両手を高く上げた。すると、その途端に、プスッと云う異様な音がして、夫人はパッタリ斃れた。不意に夫人がパッタリ斃れたので、万助は何事を考える暇もなく、逃げ出そうとしたが、その時に、轟然と一大音響がして、彼は何事も分らずになってしまった。
暫くして気がつくと、万助は廊下の床の上に倒れていた。あたりは火の海だった。万助は気絶していただけで、幸い、どこも怪我はしていなかったので、火の手の薄い所から、一散に外に逃げ出した。
彼はその時に、夢中で、ピストルを握ったまま逃げた。そうして、その後、何と云う事なしに、そのピストルを肌身離さずに、持歩いていたのだった。
六
以上で、八木万助に関する話はお
八木万助は窃盗常習犯だった。彼は或夜脇田博士邸に忍び込んで、そこで、ピストルを拾った。彼は夫人に見つかったので、拾ったピストルを突きつけた。すると、夫人は両手を高く上げたが、その途端に、夫人はパッタリと倒れて、殆ど同時に一大音響がして、かれはその場に気絶した。しかし、間もなく、気がついて、幸いに怪我もせずに、そこを逃げ出る事が出来た。
それから、約一年たった或夜、万助は浅草で見知らない紳士に呼び留められた。その紳士は、後で分った事だが、脇田博士に非常によく似ていたのだった。紳士は芝にあると称する彼の家に万助を連れて行って、そこで、魔法使〔ママ〕のような怪奇な事を、いろいろとやって見せた挙句、テレビジョンを見せてやると云って、彼に隣室を覗かせた。彼は、そこで、彼の留守宅の出来事を見た。彼の妻は怪しげな男を引張り込んで、姦通していたのだった。逆上した万助は、宙を飛んで我家に帰って、恰度我家を出かけて来た男を射殺した。射殺された男は、脇田博士で、万助の妻は極力姦通の事実を否定して、博士は今夜不意に訪ねて来た未知の人だと云った。
と、まあざっとこんな事である。
そこで、当局は万助の申立を基として、先ず犯行現場を調査したが、彼がテレビジョンを見たと云う事が、全く虚構である事が、第一に判明した。魔法ならばとにかく、科学を基礎としたテレビジョンは、受信装置と一緒に、送信装置がなければならぬ。ところが、現場附近には送信装置はおろか、そんな装置をした痕跡さえ認められなかった。万助が噓を云っているか、いないかと云う事は第二として、万助の見たものはテレビジョンではないのだ。そうなると、万助が申立てた童話の中の出来事のような話は、どうも信が置けないのである。もっとも、万助にはとてもこんな素晴らしい噓を発明する事は、出来そうにもないから、誰かに入智恵されたか、それとも、事実は万助の見た通りで、何者かが彼を
ところで、こうなって見ると、万助が一年以前に、脇田博士邸でピストルを拾ったと云う事や、彼がピストルを発射しないのに、夫人が斃れたと云う話は、どうも怪しいと云う事になる。脇田博士は死んでしまったから、今更、ピストルの紛失の有無を聞く訳にも行かないが、生前博士はそんな事は一言も云わなかった。もっとも、博士は火事のために一切が焼失したので、ピストルも一緒に焼けた事と思って、殊更にそんな事を云わなかったのかも知れないが、邸内の廊下に、ピストルが
脇田博士を射殺したピストルの
けれども、万助の陳述は、ことごとく怪しい作り事をしていると思われる節が多い。万助は博士邸に窃盗に這入って、夫人を射殺したが、何かの拍子に、博士に顔を見られたので――博士は当時留守だったけれども、万助は博士は在宅だったと信じているから、もしかすると、彼はこんな事を、誤信したかも知れないのだ――不安のあまり、博士を殺したのではないか。もっとも、作り事にしては、万助の創意とは考えられない点もあり、且つ脇田博士が万助の家を訪ねたと云う事が、解き難い謎ではあるが、検察官の立場としては、万助を怪しいと睨んだのは、
万助はどんな調べ方をされたのか分らないが、結局、彼は博士夫人を射殺した事を認めた。どうせ一人は殺しているのだから、二人になっても同じ事だと考えたためか、とにかく、彼は調書に
星合判事は首を捻った。彼はやや万助の云う所を認めたのだった。しかし、何にしても、彼の申立てる事実が、精神状態を怪しまなければならないような奇怪さを持っていたので、この話の冒頭に述ベた通り、先ず、彼の精神鑑定を、私に命じたのだった。
七
精神鑑定の話は煩わしいし、専門的に
私の鑑定は万助に有利だったので、手塚弁護士は非常に満足したが、その後一週間ほどすると、彼は再び私を訪ねて来て、万助について、或る実験をしたいのだが、是非判事の許可を得るように尽力してくれと頼むのだった。
重罪犯人を、弁護士側の希望で、無闇に実験に供すると云うのはどうかと思ったが、手塚の頼み方が余りに熱心なので、私は星合判事に取ついでみた。すると、判事は暫く考えていたが、彼は何とかして奇々怪々な謎を、一時も早く解決したいと急いでいた時でもあり、非公式に万助を実験に供する事を許可してくれたのだった。
実験場には予審廷の一室が
実験の当日になると、手塚はキビキビした好男子の青年を一人連れて、私の家を訪ねて来た。その青年は、最近に大学を出た理学士で、今日の実験と云うのも、実は彼の発案にかかるものだった。
私はこの青年理学士に、直ぐ好感が持てた。別に
三人は直ぐに自動車に乗って、実験場の法廷に向ったが、室に這入ると、青年理学士は忽ち器用な手つきで、持って来た器械の装置を始め、暗室の工合などを試して、忽ち実験の準備を整え終った。
やがて、万助が護送されて来て、星合判事が附添って、実験室に這入って来た。万助は、手塚弁護士の希望によって、実験については、何等予備知識が与えられていなかったのだった。
やがて、窓を蔽う厚い黒布は、二重に張られて、準備が整うのと、同時に、電燈は消された。部屋の中は全くの暗黒だった。全くの暗黒と云う言葉は
私達は一種異様な感に打たれながら、深淵のような暗さのうちに、押し黙っていた。
すると、突然、万助が叫び出した。
「アッ、あれだ。あれが見える」
電燈がパッとつけられた。それと同時に、予審判事は、穏やかに訊いた。
「あれって、何か見えたのかね」
万助は蒼ざめた顔で答えた。
「あれと云うのは、去年、博士の家に忍び込んだ時に、真暗な廊下の所で、煙のようにモヤモヤとしていた、薄い光のような、光でないようなものです」
「ふむ」
予審判事は、当惑したような眼を、チラリと青年理学士の方に投げかけた。
青年理学士は、
「八木君はあんな事を云いますが、皆さんには何か見えたでしょうか。もう一度、お試しを願います」
部屋は再び、暗黒になった。
私は一生懸命に眼を見張って、万助に見えると云う、モヤモヤを見ようと思ったが、どう
暗闇から青年理学士の声がした。
「八木君、やはり見えるかね」
「はあ、見えます」
「これでは」
「見えません。消えました」
「これでは」
「又、見え初〔ママ〕めました」
電燈が再びつけられた。
青年理学士は一座を見廻しながら、
「どなたか、八木君の云うようなものを、御覧になった方はありませんか」
「何にも見えん」
「私も」
「私も」
予審判事と、手塚弁護士と私とは、殆ど同時に答えて、互に顔を見合した。
実験はこれですんだ。しかし、私には何の事やら、少しも分らなかった。
八
奇妙な実験がすんでから、二三日して、手塚弁護士が、例の青年理学士と一緒に、又もや、私の家を訪ねて来た。
私は、この二三日のうちに、手塚について、聞き込んだ事があるので、やや、彼を警戒し始めていた。何でも、手塚と云う男は、非常に探偵的手腕があって、好んで義侠的な弁護を引受けて、幾多の奇怪な事件を、快刀乱麻を断つように解決するけれども、彼には隠れた目的があって、きっと、多額な報酬を、どこからか得るのだそうである。その報酬と云うのは、大抵の場合、法網を潜って、悪辣な手段で金櫧けをしている連中から、せしめるのだそうで、社会的に実害はないかも知れないが、非合法的である事は免か〔ママ〕れないので、無論私などは、彼にせしめられる何ものも持っていないから、一向差支えはないが、彼が無一文の八木万助などを、義侠と云う美名の
手塚は非常に機嫌がよかった。
「この間の実験の結果が、実に成功でな、事件の解決はもう一息と云う所じゃで。ところで、今日は、小石川の脇田博士の研究室の調査に行きたいのじゃが、一緒に来て下さらんか」
脇田博士の研究室と云うのは、去年の火災の時に、焼け残ったのと、その後新しく建てて博士が殺される日まで、
私はどうしようかと思って迷っていると、青年理学士が、
「是非お出下さい」
と、懇願するように云ったので、私は直ぐ承諾してしまった。
私はどうもこの青年が好きで耐らないのだ。
小石川へ行く自動車の中で、手塚弁護士は、時々青年理学士に助言を求めながら、大体次の次のような事を話した。
彼の語る所によると、万助が怪紳士に連れられて、彼の家に行った時に、
「では、何故、その紳士がそんな事をして見せたかと云うと」手塚は鼻を
「つまり、テレビジョンでもなんでもない、普通のトーキー映画を、テレビジョンだと思わせるためなのじゃ。と云うのは、もしいきなりそれを見せたら、万助は信じないかも知れない。それで、いろいろと、科学的な怪奇を見せて、徐々に万助を信じさせた訳なのじゃ。一つには、万助が後にこの事を人に語った時に、それが彼の
「テレビジョンだと云って、トーキー映画を見せた訳は」
私は訊いた。
「万助に嫉妬心を起させて、女房が見馴れない怪しい男と、一緒にでもいようなら、直ぐ、撃ち殺してしまわせるためじゃて。万助に見せたトーキー映画は、多分、特別に製作したものではなく、既製のものを利用したのじゃ。それだから、小穴の中から覗かせたり、わざと不鮮明にしたりしたのじゃ。映画は万助の嫉妬心を挑発するのに役立てばいいのじゃ。無論、映画の中の人物が、万助に殺させようと云う人物だったら、申分なかったのじゃが、そうはいかなかったので!」
「そうすると」私はハッと思い当りながら、「その紳士は、万助を利用して、脇田博士を殺させたのですね」
「その通りじゃ」
「しかしですね。紳士はどうして、脇田博士が万助の家に行く事を知っていたんでしょうか。又、脇田博士は何だって、万助の家に行ったんでしょう」
「そこが、問題じゃて」
手塚が意味ありげにそう云った時に、自動車は恰度、脇田博士の研究所の前に停った。
九
研究室は前に述べた通り二棟に分れていた。両方とも、灰色の壁に囲まれた、長方形の重苦しい感じのする建物だったが、一方の屋根は何の変哲もない、普通のものであるに反して、他方の屋根は、お椀を伏せたように円形に盛り上っていて、その上には、円盤の上に分度器を立てたような、奇妙な恰好をしたものが、飾りの
その奇妙な装飾は、直ぐに青年理学士の眼に留った。彼は手塚に向って、
「こっちが、焼跡に立てられた、新しい方の建物ですね。変なものが、円屋根の上に載っていますね」
「うん、こっちが新しい方だ」手塚はうなずいた。「最近には、博士はこっちの方にばかりいたと云う事じゃ。屋根の上に載っているのは何だろうね」
「どうも日時計らしいと思うんですが、変だな」
「なるほど、日時計か。日時計は西洋ではよく、庭の飾りになどに使われる。装飾と実用を兼ねるから、理学博士でも考えつきそうなものじゃて」
「しかし、屋根の上に取りつけたのは変だ」
青年は半ば独り言のように云って、不審に堪えないと云う風に、眉をひそめながら、じっと屋根を睨みつけた。
「大して不思議でもないて。屋根の上なら、日がよく当るから、都合がいいじゃないか」
「ところが、あんな高い屋根の上じゃ、誰も日の影の落ちる
青年理学士には、未だ謎は解けないらしかったが、やがて
「屋根の飾りを問題にした所で仕方がない。中を拝見しましょうか」
研究室の中は、電気炉や変圧器や抵抗器のような電気機械や、ビウレットやピペットのような測定用硝子器具が一杯並べられていた。私や手塚弁護士は一向興味を覚えなかったが、青年理学士はこここそ自分の領分だと云わんばかりに、今までとは打って変って、玩具屋の店頭に立った子供のように、異様に眼を輝やかしながら、それらの機械器具の類を、撫でたり叩いたり、貼ってあるマークを覗いたり、傍目には狂喜しているとより思えないほどだった。
やがて彼は誰に云うとなしに呟き始めた。
「この変圧器は、十ボルトから三十ボルトまで、自由に変ると云う特種〔ママ〕のものですぜ。この加圧電気炉も、この真空電気炉も、珍ら〔ママ〕しいものだ。脇田博士は金属の熔融状態に於󠄁ける性質を研究していたと云うが、金属なら、一千度乃至ニ千度までの温度で十分な筈だが、見たところ、白金と白金イリジウムの
彼は一通り旧研究室を見終ると、私達を
新研究室には、格別彼の注意を惹くようなものはなかった。彼は円天井の日時計ばかり気にしていたが、とうとう堪え切れなくなったと見えて、窓枠に伝って、何の
「他に調べる事もないようです」
こう云った彼の顔はやや蒼ざめていた。
私達は新研究室の外に出た。すると、六尺近くもあろうかと思われる長身の好男子ではあるが、ひ どく神経質らしい、壮年の紳士に、パッタリと出会った。
彼はジロジロと私達を見ながら、
「あなた方は、何ですか」
「横林博士ですな」手塚弁護士が云った。「私は手塚じゃ。一度お目にかかった事があると思いますて」
「そう云えば、お目にかかった事があるかも知れません。何の用で、来られたのですか」
「予審判事の許可を得て、研究室を拝見に来たのですわい」
「予審判事の許可? それは変ですね。ここは故脇田博士の
「それはどうも失礼しました」
手塚は大分
「あなたがここの管理人になっておられる事を知らなかったものじゃから、ついお断りしなくてすまなかったが、私達は故脇田博士を殺害した真犯人を探すために、こうやって奔走していますのじゃが。あなただって、恩師の仇を探し出す事は不賛成ではありますまいて」
「ふむ。これは妙な事を承る。あなた方は警官ですか。いや、それよりも、脇田博士を殺した真犯人を探すと云うのはどう云う事ですか。犯人は既に検挙されている筈ですが」
「検挙されているのは真犯人ではないと思います」
青年理学士は、始〔ママ〕めてこの時に口を開いたのだった。
横林博士は、身体を曲げて、青年理学士の顔を覗き込むようにしながら、
「ふむ、君は誰ですか。どうして、八木万助が、真犯人でないと云うのですか」
私は横林博士が青年理学士の顔を知らないのは、些か不審だった。理科、殊に、理科のうちでも、 物理とか化学とかに限られると、学生の数も少ないし、教授は大抵学生の顔を覚えている筈である。 殊に青年は極く最近に大学を出たと云うのだから、尚更だと思うのだが。
「いえ、なに」
青年は横林教授に鋭く
「うむ」
横林博士は不快そうに、眉をひそめた。
「どうも、君達は奇妙な事ばかり云う。しかし、今日は君達に係り合ってはいられない。僕は、脇田博士の研究書類を調べなくてはならないのだ。君達は帰ってくれ給え」
博士はこう云い放つと、ツカツカと新研究室の中に這入って、
一〇
私達三人は云い合したように、旧研究室の中へ這入った。手塚は眼をグリグリさせて、ひどく怒っていた。
「怪しからん。いかに大学教授か知らんが、我々をまるで泥棒のような扱いをするとは、言語同断じゃ」
「手塚さん、まあ、そう怒らないで下さい。私達は大きな目的を持っているのですから」青年理学士は
「ここへ?」
手塚は呑み込めないと云う顔をして、反問した。
「ええ、是非話したい事がありますから、御手数ですが、電話をかけて下さい。ああ、それから、その時、
手塚が電話を掛けに外へ出て、再び戻って来てから、星合予審判事がやって来るまでの間、青年理学士は、何回となく時計を取り出して、その都度そっと新研究室の様子を
青年理学士は、星合判事の顔を見ると、ホッとしたようだったが、判事がどことなく思慮深そうな眼で、額越しに一座をジロリと見廻しながら、
「私を呼ばれたのは、どう云う用事ですか」
と、云った時に、一座を代表するように、
「どうも、お呼立してすみませんでした。実は重大なお知らせをしなければなりませんので」
「重大な知らせとは」
「それより以前に、先ほど、お願いいたしました万助の答えは、いかがでしたろうか」
「万助は、テレビジョンを見せてくれた紳士は、彼より少し背が高かったと云いました。万助の身長は五尺六寸余ですから、紳士は余程、背の高い部に這入るでしょう」
「
「どう云う事だか知らんが」
この時に、手塚弁護士は青年理学士の出しゃばるのが、少し面白くないと云う風に、
「僕に相談せずに、無暗な事を、判事の耳に入れて、別に困るとは云わんが、どうかな、大丈夫かな」「ええ、決して、その御心配には及びません」
予審判事は、ジロリと手塚に一瞥を与えながら、青年に促すように云った。
「どう云う事ですか。承りましょう」
「は、では」
始めますと云う言葉を口の中で云って、青年理学土は、まるで時間を切って講演でもする人のように、
「お話を始めます以前に、よく知って頂かなくてはならない事は、学者と云う者が、いかに偏狭で、名誉心が強いかと云う事であります。もっとも、学者が全部そうだと申すのではありませんが、もし、商人が金のためにどんな事でもすると云う事が、云えますならば、学者は名誉のためなら、どんな事でもすると云えると存じます。例えば学者は、彼の愛弟子が彼を
私にはこの青年が、何を云い出す
「みなさん、ここに一人の偏狭な学者があったと御想像下さい。彼はその専門の学問に於て、最高権威であると、自らも許し、又、人も許していると信じていました。彼は全く学問の方では素晴らしい業績を残していました。そうして、今や、彼は表面学界を隠退して、秘密裡に
彼に一人の愛弟子がありました。ところが、いけない事には、弟子も師に負けないほど偏狭で、その上に、斯界の名声に於ても、次第に師を圧するほどになって来たのでした。更にいけない事は、彼が師の研究に感づいた事です。彼も学問に於ては素晴らしいものでした。ですから、師の研究に感づく力もあり、それを盗む力もあった訳です、いや、彼を置いては、他にそれだけの力のあるものはありますまい。師の学者が、この弟子に非常な脅威を感じたのは、
以上に挙げただけでも、この師弟の間に、もしかすると、互に相手の消失を願うと云う、非人情的でもあり、又人間的でもある願望が浮ばなかったとは云えません。ところが、最後に、それを決定的にしたものは、師の学者の妻が若く美しく、弟子の学者もまた若く美しかった事でした。
私は最後の問題については、確定的な事を云うのは控えますけれども、一二の事実から、この若き二人の男女の間に、老いたる学者の疑惑を起すに足る十分なものがあったと信じます。営々として、築いた学界の名声が、手塩にかけて育て上げた弟子によって、脚下から崩され、半生の努力を尽して、まさに成功しようとしている研究は、彼によつて危殆に瀕し、その上に、最愛の妻さえ危く盗まれようとしているのを感じた老博士は、その愛弟子に対して、限りない憎悪と、嫉妬と、憤激を感じたのでした。
これが
この青年はさして雄弁家とは思われなかった。しかし、その荘重な弁舌と、暗示的な言葉は、私に何かしら、科学者の恐るべき闘争について、戦慄の予感を与えた。科学について、多少理解している私でさえそうだったから、科学とは大分縁の遠い予審判事と、弁護士とは、恐怖に近い予感を与えられたらしく、前者の顔はやや蒼白になり、後者の、いつも人を小馬鹿にしているような顔は、今までになく緊張していた。
「普通の人間の場合なら、短刀が飛ぶ、ピストルが鳴る、それだけの事でしたろう。ところが、二人の闘争は、表面的には
先ず、闘いは老博士から始まりました。彼は若い博士を取除く素晴らしい考案をしました。それは見えない光線を使う事でした。紫外線赤外線と云えば、みなさんはよく御存じですから、くだくだしい説明はいたしませんが、我々の眼には光線のうち、ある範囲の波長のものだけ見えて、その波長より大きい紫外線と、その波長より小さい赤外線は見えません[入力者注 1]。しかし、それらの光線は、我々の眼には感じないが、或種の化学的及び物理的の働きは立派にするのです。
「みなさんは赤外線を利用した盗難報知器を御覧になった事はありませんか。それは、一見何の仕掛もない場所を横切ると、ベルがけたたましく鳴り始めるのです。一見何の仕掛もない所には、実は
仮にベルの代りにピストルを置き、ベルを鳴らさせる代りに、ピストルの
老博士はこの恐るべき考案をした時に、定めし狂喜した事でしょう。彼は、彼が旅行にでも出かければ、彼の妻がきっと、若い博士を呼び込むと考えました。そこで、彼は寝室に通う廊下に、この装置をしたのです。もっとも、その前に、老博士は、この装置が若い博士にだけ働く事を、考案しなくてはなりませんでした。彼の妻や、女中が廊下を歩いた時に、ピストルが発射しては何にもならないからであります。
この難問は、幸いに若い博士が非常に長身である事が、解決してくれました。彼は博士夫人や、女中に比べて、七八寸は背が高かったのです。赤外光線を夫人の頭よりやや高い所に置けば、夫人が通っても遮りませんから、装置は何等働きませんが、それに反して、もし若い博士が通れば、忽ち
老博士は更に第二段の考慮をしました。それは、幸いに思う相手を斃す事が出来ても、装置を発見されては何にもならないので、ピストルの発射と同時に、火を発して、証拠となるべき装置を焼いてしまうと云う事です。博士は、ピストルが発射されると同時に、火薬が爆発する仕掛をしました。爆発と云う事は、疑惑を招き易い恐れはありますが、もし、ピストルの弾丸が外れて、相手に致命傷を与え得なかった場合には、相手に逃げられて、すべてのトリックが暴露しますから、たとえ、ピストルの
老博士は考えに考え、水も洩らさない計画を完成した後に、気味の悪い笑いを洩らしながら、旅行に出かけました。
すべては旨く運びました。もし、ここに一人の道化役が出場しなかったら、博士の目的は完全に達せられたでしょう。が、哀れなピエロの登場は、博士の計画を木葉微塵にしました。最早、お気づきの事と思いますが、道化役と云うのは八木万助です。彼は何にも知らずに、博士夫人にピストルを突つけました。夫人は両手を高く上げました。そこは、赤外線の仕掛けてあった真下でした。科学は正確で無情です。赤外線は、横林博士の頭に遮られても、又、脇田夫人の手に遮られても、効果には少しも変りはないのでした。ここで、ちょっとつけ加えて置きますが、廊下にピストルが抛り出してあったと云うのは、恐らく、博士が夫人に拾わせて、後の嫌疑の種の一つにする積りではなかったのでしょうか。
今まで申上げた事は全部私の推定ですが、この推定に多分誤りはないだろうと考えますのは、八木万助が博士邸に忍び込んだ時に、真暗な廊下にモヤモヤした妖しい光を見たと云う言葉から思いつきまして、みなさんも御承知のように実験を試みたのでありますが、この妖光こそ、赤外光線でありました。誠に信じ難い事でありますが、八木万助の視覚は特異でありまして、一般の人に見えない筈の赤外線を、やや感ずるのであります。万助はこの独特の霊妙な力によりまして、私に事件を解決するヒントを与えると共に、彼自身も
脇田博士は思わぬ失敗に歯がみをしました。彼は無論八木万助が邪魔をした事を知りませんから、横林博士が計画を見破って、夫人を犠牲にしたものと信じ、以前に増した憎悪と憤激を持って、復讐の企てを練り始めました。一方横林博士は脇田博士の奸策を知り、彼自身と夫人の復讐のために、八木万助を利用したのです。時間が迫りましたから簡単に申しますが、横林博士は、多分問題の夜、脇田博士邸にいたので、万助を認めて、顔を知っていたのでしょう。彼は万助を見つけ出すと同時に、万助の名で、脇田博士に手紙を送って、当夜の事情を知っていると云って、脇田博士に
「僕は検事の注意を促すために、電話を掛けに行くのです。検事は多分僕に横林博士に拘引状を要求するでしょう」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。もう少しです。もう少し説明したい事がありますから」
青年理学士の言葉に、予審判事は
「もう少しです」理学士は弁解するように云った、「横林博士は安全のため、脇田博士に変装して、万助を
この時、突然、ドーンと云う鈍い大きな音がして、ズシンと
「アッ」
判事を始め、手塚も私も共に腰を浮かしたが、青年理学士は平然としながら、窓の外を指した。
「御覧なさい。新研究室が小爆破をしました。恰度、横林傅士が坐って、脇田博士の研究を調べている所です。脇田博士は死後の復讐を遂げたのです。あの新研究室は、脇田博士が第一次の失敗後、新たに建設したもので、円天井の上に、日時計をとりつけたように見せかけて、小さい
私は死後の恐ろしい復讐の遂げられるのを知りながら、平然とそれを見送った青年の顔を眺めて、ここにもまた、科学者の冷さ〔ママ〕を発見して慄然とした。
そうして、眼を転じて窓外の半ば崩れ落ちた円天井を見た時に、血みどろになって、組んずほぐれつ摑み合って、そのまま力尽きた二人の人間の残骸を、まざまざと見せつけられたような気がした。
一一
脇田博士と横林博上の
私はその後暫く経って、手塚弁護士に会ったので、青年理学士の事を聞いた。
すると、彼は大きな鼻を呑んでしまう位、大きな口を開いてカラカラと笑いながら、
「いや、手塚龍太散々の失敗じゃ。きゃつは万助が見たと云うモヤモヤの光に心当りがあるからと云って来たので、一つ利用して、何か旨い汁を吸ってやろうと思ったのじゃが、馴れない
「すると、あの理学士は」
「真赤な偽者じゃ。きゃつ、名前ははっきりせんが、いずれ相当の
(「新青年」昭和七年六月号)
注
編集- ↑ 甲賀のこの説明は誤っている。恐らく周波数の大小と波長の長短を混同している。紫外線は、可視光よりも波長 (周波数) が短く (大きく)、赤外線は可視光よりも波長 (周波数) が長い (小さい)。
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