大塚徹・あき詩集/鶴還る


鶴還る 編集

晩秋の大気をって
せいせいせいせい……
鶴の
あの一羽乱れぬ羽搏きを

夜明け
わたしはたしかに聴いた。

四十羽、五十羽……百羽……
鶴は
酷寒の シベリアを翔破して
今年 幾年ぶりに
まことよくも日本の山河に還ってきたことか。
想えば
戦に敗けたあとやさき――
アメリカ人は 戯れに鶴を撃ち
ニッポン人は 戯れならず鶴を食ったが、

それにしても
このふるさとの四つの島が
いまはもう すっかり明るく晴れて
瑞々しく粧ってきたとでもいうのか
冷害の 北の野末に
一片の落穂がひろえることか。
水害の南の海辺に
いかほどの貝類や小魚がついばめることか。

せいせいせいせい……
せいせいせいせい……
秋冷の羽搏きたかく
鶴は
それでも還ってくる 還ってくる。
戯れの銃口と
戯れならぬ 飢牙が・
いまも枯芦のそこかしこには
ねらっているというのに
鶴は
まっすぐに首さしのべて還ってくる。

荒れ狂う シベリアの吹雪を衝いて
青黝い日本海の怒涛を越えて
百羽、二百羽……五百羽……千羽……
せいせいせいせい……
せいせいせいせい……
かなしみに高鳴る

鶴の
その若猛る羽搏きを、
その夢ならぬ羽搏きを、
わたしは聴いた。
夜明け
わたしはめざめながらに たしかに聴いた。

〈昭和二六年、姫路文学〉