大塚徹・あき詩集/遺書的な詩


遺書的な詩 編集

―ニヒ・カンにおくる― 編集

その夜も窓べにからっぽの一リンざしがころげ
 ており
机のまえに私はぽつねんと座っており
わたしのほかには誰もいない夜更けの部屋だっ
 た。

その夜も、秋は私の神経になんの関係かかわりがあっ
 たろう‼︎
ただもう、阿呆のように病人のように老人としより
 ように
朽窓には暗い影法師が揺れていたのだ。

その夜も、私は私の影法師をじっと見つめて
 いたのだったが
私はタンタンと秋雨のしづくを聴いていたの
 だが
私は誰であるかわからない幽婉な妻の面影を
 夢みていたのだが

こんな夜がいつかたしかにあったようだし
今夜ふたたびそれをくりかえしているのでは

 なかろうか?
そしていつかまたかならずやってきそうに思
 われるのだ。

私の親父から私にいのちの恐怖がつたわり
私から私の子供に血の伝統がながれ

ああ、人間は永遠に悲しいしぐさをくりかえ
 さねばならぬのか。

〈昭和六年、愛誦〉