大塚徹・あき詩集/秋は白霜の訣別
秋は白霜の訣別
編集今夜の闇はなんという昏迷のふかさだ。
なぜに俺はこう淋しく
秋は憂愁の窓辺に淡々とリンを焚いてくんね
いか。
すると水族館の海底の昆布に白い風が揺れて
おまえは嬉々と七宝の鱗光を放射する一匹の
悲しいことに、俺は呆うけて恋の明暗を彷徨
する
ここでは貧しく盲目の、だが若く豪奢な
ではある。
ミブ子よ
水族館の窓を開放してもそっと
てくんねいか。
おまえの
こうも情熱は狂奔する。この俺のために
お母アさんはどんなに悲しい瞳で
ことか
そして世の中のすべての
このルンペンをどんなに嘲笑けり打囃するか
この夜ふけ、俺はみた――
おまえプロレタリヤのはげしい反逆と眞赤な
闘志をみた。
奴等の憤怒の涙が火のように燃えあがった
胸と胸との焔にふれた。
おまえの悲壮な決意が俺たちの仲間に加盟を
誓った
その夜ふけ、だがいとしいミブ子よ! 俺は
みた――
おまえの雄々しい烈火の瞳をよぎるものは
婉鬱な獄窓の花か! それとも冷徹な
の結婚か!
ああ故郷の貧しい父母と幼い妹の映像がチロ
ロ眉間にすすり泣いた。
俺はいましずかに思索することを
おまえの恋が俺と数多い同志の剣を鈍らせは
せぬかと――
ミブ子よ、ミブ子よ、放膽な胸の鉄火をしば
らくしずめて
黙然とおまえは水族館の幸福の魚であれよ。
たとえ一時の昂憤がおまえの憤怒を
も、
生活の苦澁にもっともっとかたきを
は、
そのままでうら若く芳潤な恋の少女であれよ
肺を病んでぽつねんと窓辺に秋雨を聽くコス
モスであれよ。
たとえ
しようとも
向日葵が終焉の一矢を
ようとも
それがプロレタリヤの明日になんのかかわり
があろう
ミブ子よ
秋は白霜の訣別――
俺は喇叭を吹いて闘争の黎明へ旅立とうぞ。
〈昭和七年、山陰詩脈〉