大塚徹・あき詩集/吹雪の幻灯


吹雪の幻灯

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かさこそと かさこそと………
吹雪は、幽遠かそかな声で、扉をノックする。
私は、火桶を抱いて、じっと聴いている。

杳い、むかしの、薄情なオンナ
いちまいの木の葉のように、蹌踉と蒼ざめて、
吹雪に濡れて、私の膝のうえに散ってきた。

オンナは、山の彼方の薔薇ばらの穹と、囀る小
 鳥と、
春に蘇る、むかしの恋愛と、胸の病の話など
 する。
その追憶おもいでの瞳に、ぽっちりと情炎のあかりとも
 て、

私は、ぽつねんと火桶を抱いて、陰影のよう
 に踞っている。
(心のなかの、もうひとつの私は、
 かなしげに、そっと、オンナの黒髪に氷結し
 た吹雪を払ってやる)

私は、黙然と、貧家の洋燈を、オンナに指さ
 して、
その、消えがての灯下ひかげに、妻と子供の写眞を

 翳してみせた。
オンナは、悄然と泣いて、やがて吹雪の方向
 に消えていった。

(ああ、心の中のもうひとつの私よ!
 声のない声で、陰影かげのない掌で、幻想まぼろしのオ
 ンナを呼びもどすのだ。あわれ、犬のよう
 に飛出して、吹雪の足跡を追跡するのだ)

だが、それは深夜の暗に映写する吹雪の幻
 燈だった。
ただもう私は、化石のように火桶を抱いて、
 瞼を閉じて
遠ざかりゆく吹雪の跫音あしおとを、忱と聴きすまし
 ているのだった。

〈昭和八年、愛誦〉