国鉄賃金ベース改訂外仲裁の裁定公表
本旨
編集●国鉄賃金ベース改訂外仲裁の裁定公表 昭和二十四年十月二十八日国鉄労働組合から、仲裁申請のあつた右の紛争について、本委員会は十月三十一日仲裁開始以来、両当事者の意見を充分聽取すると共に、国鉄財政並びに経理の実情及び職員の勤務條件並びに給與の実態等の把握検討に努め、その間十数回に及ぶ会議を開催し、愼重に審議の結果、ここに成案を得たので、十二月二日両当事者の出頭を求め、左の仲裁裁定書を交付した。
よつて、公共企業体労働関係法施行令第十二條の規定に基いてこの旨を公表する。
昭和二十四年十二月二日 |
公共企業体仲裁委員会委員長 末弘嚴太郎 |
仲裁裁定書(昭和二十四年十二月二日仲裁裁定第一号)
編集経過
編集一 本件は、本年九月十四日、国鉄労働組合が、日本国有鉄道(以下国鉄という。)を相手に「賃金ベースの改訂及び年末賞與金の支給その他に関する紛争」として、国鉄中央調停委員会に調停申請をしたのに始まる。
同委員会は、愼重に調査を進め、又各方面の代表者による公聽会を開いて意見を聞き、「賃金ベースは、月額八、〇五八円とし、十月から支給する。但し、年末賞與金は、支給しない。」ことを主要内容とする調停案を提示した。組合側は、これを受諾したが、公社側は、受諾しなかつたので、更に調停に努めたが解決に至らず、遂に十月二十八日調停を打切ることとなつた。そこで組合は、公共企業体労働関係法(以下公労法という。)第三十四條第二号の規定に基き、即日、本委員会に仲裁の申請をした。
二 本委員会は、十月三十一日臨時仲裁委員会を開催し、審議の結果、本件に対する仲裁を行うことを決定し、両当事者に通知すると共に所定の公告を行い翌日国鉄中央調停委員との連絡会議において、同委員会から調停に関する詳細な経過を聽取した。次いで数次にわたり両当事者から事情を聽取し、次の点について双方の確認を得ると共に、その主張の要点を明らかにした。
(イ) 本件は、公労法第三十四條第二号に基いてなされた仲裁の申請であること。
(ロ) 国鉄中央調停委員会に調停申請の事項全体が仲裁の対象であること。
三 組合側の主張する主な点は、次のとおりである。
(イ) 現行賃金六、三〇七円ベースは、人事院の勧告に基き昨年十二月以降実施されたものであるが、これが決定に際しては、昭和二十三年七月のC・P・S・を基準として算定されたものであり、当初から民間賃金と比較して不権衡であつた。
(ロ) 組合員は、最近生計費の昂騰により、現行賃金ベースの下では、生活困難であり、且つ満足な労働力を発揮し得ない。従つて国民的生活水準であるC・P・S・に見合つた生活をなし得るよう賃金ベースを、即刻九、七〇〇円に改訂して欲しい。
(ハ) 前記の関係から家計の赤字も累積しており、又昭和二十三年一月以降所定の昇給を受けておらないから、年末賞與金として給料一箇月分程度を支給されたい。
(ニ) 現行職階給制度には、種々不満な点があり、賃金ベース改訂と共に、最低給として現行現業二級一号(本給二、八四四円)を、四、七五〇円迄引き上げて欲しい。
(ホ) 調停案に対しては、金額、計算方法及びその根拠等甚だ不満ではあるが、調停委員会の権威を尊重し、且つ年末を控え急迫した組合員の生活状態と諸般の状勢を考え、早急支給を目途として受諾したのであつて、年末賞與金に対しては、飽くまで善処してもらう積りである。
(ヘ) しかし調停案は、公社側が拒否した結果、当然問題は白紙に還つたものと認められるから、仲裁裁定は、組合側当初の要求である「賃金ベース改訂九、七〇〇円と年末賞與、給料一箇月分の支給その他」を基礎として行われるべきである。
四 公社側の主張の主な点は、次のとおりである。
(イ) 国鉄現在の経理事情(本年度公共企業体移行と共に独立採算制を強力に実施し、しかも貨物運賃を据置く建前であつたから予算編成にも無理があり、年度末赤字は九十一億円と推定され、一月から貨物運賃値上げ八割を実行したとしても、なお三十一億円の赤字が推定される。)及び諸般の客観的情勢(賃金三原則、経済九原則に基く経済再建方策が強力に実施されている内外諸情勢)から要求には応じられない。
(ロ) 生計費の高騰及び民間における給與が上昇したからといつて、国家公務員に先んじて国鉄職員だけ賃金を引き上げることはできない。
(ハ) 特に最近の民間賃金及び物価、生計費は概ね横這い傾向にあるので特に生活水準が低下したとは考えられない。
五 本委員会は、以上のような両者の主張を出発点としたが、仲裁の裁定は公労法によつて、予算上又は資金上支出不可能な場合に限り国会の承認を條件とするの外、直ちに最終的に当事者双方を拘束する決定的効果ある点に鑑み、特に愼重を期し、独自の立場において諸般の資料を取集、凡ゆる角度から検討を加え、次のとおり裁定することとなつた。
裁定
編集当事者 |
東京都千代田区丸の内一丁目一番地日本国有鉄道内 |
国鉄労働組合 |
右代表者中央執行委員長 加藤閲男 |
同都同区丸の内一丁目一番地 |
日本国有鉄道 |
右代表者総裁 加賀山之雄 |
本委員会は、右当事者間の「賃金ベースの改訂及び年末賞與金の支給その他に関する紛争」に付、次の通り裁定する。
記
一 賃金ベースの改訂はさしあたり行わないが、少くとも経理上の都合により職員が受けた待遇の切下げは、是正されなければならない。
二 前項の主旨により本年度に於ては、公社は総額四十五億円を支拂うものとする。[注釈 1]
- 右の中三十億円は十二月中に支給し、一月以降は賃金ベース改訂のあるまで、毎月五億円を支給する。
- 右の配分方法は両当事者に於て十二月中に協議決定するものとする。
三 組合の要求する年末賞與金は認められないが、公社の企業体たる精神に鑑み、新たに業績による賞與制度を設け、予算以上の收入、又は節約が行われ、それが職員の能率の増進によると認められる場合には、その額の相当部分を、職員に賞與として支給しなければならない。
四 本裁定の解釈又はその実施に関し当事者間に意見の一致を見ないときは本委員会の指示によつて決定するものとする。
昭和二十四年十二月二日 |
公共企業体仲裁委員会 |
委員長 末弘嚴太郎 |
委 員 今井 一男 |
同 堀木 鎌三 |
理由
編集一 国鉄は事業の性質上多分に公共性をもつ企業体ではあるが行政機関ではなく、その役職員も公務員ではない。従つて、公社役職員の賃金を国家公務員の給與と同じ準則によつて定めなければならない法的根拠は全く存在せず、公社としてはその企業体たる性質上、経営者的見地からその責任をもつて独自に職員の給與を決定し得べき立場にある。国鉄法第二十八條によると、その決定については国家公務員の給與をも考慮しなければならないことになつているが、これは主として政府出資の企業体であることに原因としているのであつて、このため公社給與の法的本質は少くとも変えられるものではない。
二 よつて、以上の見地から主として国鉄法第二十八條の準則に従つて公社職員の現行賃金に検討を加えたところ、民間賃金一般類似産業における賃金水準並びに類似職種の賃金との比較から考えても、又現行賃金算定の基礎となつている昭和二十三年七月から今日に至るまでの一般物価及び生計費の変動から見ても現行賃金は余りにも低きに失し、少なくとも八千四五百円程度まで引き上げるのを妥当とするという結論を得た。なお同條の趣旨に従つて国家公務員の現行給與との権衡をも考慮したが、これは国家公務員の給與が変らない以上公社の賃金をも絶対に変えてはならないという程強い制約ではなく、唯公社が政府出資の企業体であること及び政府経営から独立して間もないこと等の理由から、賃金決定の一要因として考慮に入れることが要請されているに過ぎない。況や国家公務員の給與そのものが既に著しく低きに失するといわれている今日、この点の考慮に重きを置いて公社の企業体たる面を軽視するのは不合理である。
三 しかのみならず、本委員会が国家公務員一般の給與推移と比較して公社職員の現行賃金に検討を加えて見ると、それは最近に至り特に低下せしめられたのであつて、その原因は主として国家の経済及び財政政策的見地から国鉄経営に無理を強いたことにあり、そしてかかる制約を受けた国鉄当局はその経営難を解決するため、その一方法を昇給昇格の繰延べその他従業員の待遇切下げに求めたことが見出された。その事情は本年六月公社に移行した前後において特に著しい。そして、具体的資料について調査したところによると、これによつて従業員の蒙つた損失額は少くとも一人当り毎月一千円に相当するものと推算される。
四 以上の理由により、本委員会はこれ等待遇切下げによつて、公社職員が蒙つている損失はこの際直ちに是正補正されて然るべきものであるのみならず、公社の経営さえ許せば速かに少くとも第二項に記した程度に賃金ベースを引き上げるべきが当然であると考える。
五 しかしながら、現在では一二年前に比べると、物価事情も一応落ちつき気味であり、政府がインフレ政策を棄て、可成りの無理を犯しながら鋭意経済安定に努力し、その見地から極力名目賃金の上昇を阻止しながら、租税政策その他の面からできるだけ実質賃金の維持につとめていることにも一応の合理性を認めざるを得ない。この努力が近く相当の成果を掲げ得るや否やについては、疑問を挾むべき余地があるけれども、この際としては事態の成り行きを見るために、一応政府の施策に信頼して賃金ベース引上及び最低賃金の要求はこれを認めないこととし、この問題は近く政府が政治経済の綜合的見地から独自の立前でこれが解決を図るであろうことを期待することに止めることとした。
六 しかし、第三項に記した公社職員に限る特有の待遇切下げは、一日も速かに是正せらるるのが当然であり、しかも公社の経営はこれに解決を與えるだけの能力をもつている。即ち、この際国会がこの問題解決のために多少の借入金を承認すれば、公社は次年度以降において容易にこれを償還し得るだけの余力をもつている。政府としても、財政及び経済政策上の理由から特に本年度において予算上の無理を公社に強いている点を考慮に入れ、公社が独立採算の企業体として一日も速かに成長してゆくよう多少の援助を惜むべきではない。
七 年末賞與金の支給は、組合が主張している理由では特にこれを認むべき根拠を見出し難いけれども、公社が企業体たる性質から考えれば、今後收入又は支出につき役職員全体の協力によつて予算以上の改善が行われた様な場合には、報労及び奬励の精神からその余剩を経営学上合理的な一定の基準によつて一部分職員に還元すべきであつて、この際公社がこれを制度化すべきことを裁定の一部として指示する所以である。
八 なお本裁定は、公労法第十六條及び第三十五條によつて当事者双方を拘束するから、公社は裁定の指示するところに従つてそれぞれ所定の時日までに裁定の内容を履行すべき法律上の債務を負担する。よつて、公社は現有の経理能力で独自に処理し得べき分は直ちに準備に着手して所定の時日までにこれを履行し、経理能力を超える部分については、国鉄法第三十八條以下の規定により速かに予算を作成し、所定の手続をとられたい。
解説(内容省略)
編集注釈
編集- ↑ 1950年の国の一般会計の「収納未済額(税収)は562億6千7百余万円」。会計検査院『昭和25年度決算検査報告』。
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