因縁心論

因縁心論頌(白文)編集

 差別十二支 能仁説縁生

 於煩惱業苦 三中倶攝盡

 初八九煩惱 二及十是業

 餘七習是苦 十二唯三攝

 從三生於二 從二生於七

 一復生於三 此有輪數轉

 諸趣唯因果 此中無衆生

 唯從於空法 還生於空法

 誦燈鏡及印 火精種梅聲

 諸蘊相續結 不移智應察

 於甚微細事 若有見斷者

 彼不善因縁 未見縁生義

 此中無可見 亦無少安立

 於眞以觀眞 見眞而解脱

因縁心論釋(白文)編集

此中有沙門。樂聞能聽。善能憶持。能悟。能觀。及具簡弃。來詣師所。於如來教中。

作如是問。

薄伽梵。差別十二支。能仁説縁生。彼於何所攝。今欲樂聞。

知彼問其眞義。師即呼曰。

汝於煩惱業苦三中都攝盡。作此分別典切之語。此中十及二。故曰爲十二支。即差別。故曰差別。如車支分。

故説爲支。能寂身口。故名能仁言。能仁説者。宣暢解釋。説之異名。彼非自性。決定士夫。假相自在。時自然隨欲。

化主。偶遇等所生。此是因縁所生。此差別十二支法。於煩惱業苦。遞手相依。猶如束蘆。於彼三中。並皆攝盡。言盡者。即是無餘義也。

問曰。何者煩惱。何者是業。何者是苦。此差別之法。當於何攝。

答曰。初八九煩惱。差別十二支法。初是無明。第八是愛。第九是取。此三是煩惱所攝。

何者是業。二及十是業。二是行。十是有。此二法是業所攝。餘七皆是苦。煩惱業之所攝之餘七種是苦。所攝應知。所謂識。名色。

六入。觸。受。生。老死。言皆者是惣攝之辭。即攝愛別離。怨憎會。求不得苦。是故此十二支法。於業煩惱苦中。並皆攝盡。

言唯者。是其遮義。經中所説之法。此中攝盡。更無有餘。問曰。此義已知。彼煩惱業苦。云何相生。請爲解説。

答曰。從三生於二。從三煩惱生於二業。從二生於七。謂上所説苦法。七復生於三。所謂諸煩惱。復從三煩惱。生於二業。

此有輪數轉。言有者。有其三種。所謂欲。色。無色。於中不息。而作流轉。彼諸異生世間。而自流轉浪。言此者。顯不定義。

非如流轉。次第生於諸有。此不定也。

問曰。何者是身之自在衆生耶。彼之作用。其事云何。

答曰。諸趣惟因果。惟除假名。此中無衆生。此是眞實義。非假立有。假立之境。不成實物。

問曰。若如是者。誰從此世至於他世。

答曰。無有極微等法。從於此世。移至他世。雖然唯從於空法。還生於空法。從無我我所。煩惱業。

五種空因。還生空無我我所。七種苦果之法。彼則無我我所。彼此手無我我所。雖然從自性無我之法。

還生自性無我之法。應如是知。作如是説。此中問曰。從自性無我之法。還生自性無我之法者。

有何譬喩。此中答曰。誦燈鏡及印。火精種梅聲。已如是等喩。及假喩立成自性無我及成就彼世應知。

譬如師所誦者。若轉至弟子。師後更無言説。是故不至。彼弟子誦者。亦不從餘得。成無因果故。如師所誦臨終心識。亦復如是。

成常過故。不至他世。彼世亦不從餘得。成無因果故。如師所誦。與弟子誦者。即彼異彼。不易施設。

如是依彼臨終心識。生分心識。得生者。亦復如是。

即彼異彼。不易施設。如是從燈生燈像依於面像。鏡中現其影像。從印成文。從精出火。從種生芽。從梅生涎。從聲出嚮。

即彼異彼。不易施設。如是。諸蘊相續結。不移智應察。言蘊者。即色受想行識蘊也。言相續結者。彼已從彼因。所生餘者是也。

無有極微等法。從於此世。移至他世。是故流轉。從於虚妄分別習氣而生。後言應者。即是逆觀。義當知反。彼應觀諸法無常苦空無我者。

則不愚諸事。若不遇者。則無有貪。若無有貪瞋則不生。若無有嗔則無有業。若無有業。則無有取。若無有取。則不造後有。若無有者而則不生。

若不生者。即於身心而苦不生。如是不集五種因故。即於餘處。而果不生。此果解脱。是故斷除。斷常等諸惡見也。

此中有二頌

  於甚微細事 若有見斷者

  彼不善因縁 未見縁生義

  此中無可見 亦無少安立

  於眞以觀眞 見眞而解脱

現代語訳編集

十二支に分別して、能仁(悟った人)は縁起を説いた。

〔十二支は〕煩悩・業・苦の三種のうちに、完全に収められる。

初めの支と第八支と第九支は「煩惱」であり、第二支と第十支は「業」である。

残りの七つの縁起支が苦である。 十二縁起支は、ただ三つにまとめることができる。

第三支より第二支が生じ、第二支より第七支が生ずる。

同じように〔第七支より〕第三支が生ずる。この生存の輪は次々に回っていく。

諸々の生存領域はただ因果だけであって、この中に衆生〔などというもの〕は存在しない。

ただ単に空なる現象(法)から、空なる現象が生じるにすぎない。

読誦、燈、鏡、及び印璽、火種、種子、梅(?)、音声〔など、これらのごとく〕、

諸々の蘊は、連続性を保ち(相続)、〔新たな生を〕結ぶこと、〔しかも〕移転するのではないこと。〔これらのことを〕智者は省察するべきである。

きわめて微細な事柄において、断滅[1]の見解を持つならば、

かれは不善なる因縁に〔よって〕、縁起の〔正しい〕意味を見ることはない。

この〔縁起する世界の〕中には〔実体として〕見いだされるべきものは無く、また少しでも確立されるべきことは〔何も〕無い。

真実を如実に観察することによって、〔物事の〕ありのまま〔の姿〕を見て、解脱する。

脚注編集

  1. 生滅の連続が断たれ、滅びたきりで生じなくなること。
 

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