名誉毀損罪の成否等に関する判決(昭和44年最高裁判所大法廷)

主  文

原判決および第一審判決を破棄する。

本件を和歌山地方裁判所に差し戻す。

理  由

弁護人橋本敦、同細見茂の上告趣意は、憲法二一条違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ職権をもつて検討すると、原判決が維持した第一審判示事実の要旨は、

「被告人は、その発行する昭和三八年二月一八日付『夕刊和歌山時事』に、『吸血鬼Aの罪業』と題し、BことC本人または同人の指示のもとに同人経営のD特だね新聞の記者が和歌山市役所土木部の某課長に向かつて『出すものを出せば目をつむつてやるんだが、チビリくさるのでやつたるんや』と聞こえよがしの捨てせりふを吐いたうえ、今度は上層の某主幹に向かつて『しかし魚心あれば水心ということもある、どうだ、お前にも汚職の疑いがあるが、一つ席を変えて一杯やりながら話をつけるか』と凄んだ旨の記事を掲載、頒布し、もつて公然事実を摘示して右Cの名誉を毀損した。」というのであり、第一審判決は、右の認定事実に刑法二三〇条一項を適用し、被告人に対し有罪の言渡しをした。

そして、原審弁護人が「被告人は証明可能な程度の資料、根拠をもつて事実を真実と確信したから、被告人には名誉毀損の故意が阻却され、犯罪は成立しない。」旨を主張したのに対し、原判決は、「被告人の摘示した事実につき真実であることの証明がない以上、被告人において真実であると誤信していたとしても、故意を阻却せず、名誉毀損罪の刑責を免れることができないことは、すでに最高裁判所の判例(昭和三四年五月七日第一小法廷判決、刑集一三巻五号六四一頁)の趣旨とするところである」と判示して、右主張を排斥し、被告人が真実であると誤信したことにつき相当の理由があつたとしても名誉段損の罪責を免れえない旨を明らかにしている。

しかし、刑法二三〇条ノ二の規定は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法二一条による正当な言論の保障との調和をはかつたものというべきであり、これら両者間の調和と均衡を考慮するならば、たとい刑法二三〇条ノ二第一項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないものと解するのが相当である。これと異なり、右のような誤信があつたとしても、およそ事実が真実であることの証明がない以上名誉毀損の罪責を免れることがないとした当裁判所の前記判例(昭和三三年(あ)第二六九八号同三四年五月七日第一小法廷判決、刑集一三巻五号六四一頁)は、これを変更すべきものと認める。したがつて、原判決の前記判断は法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。

ところで、前記認定事実に相応する公訴事実に関し、被告人側の申請にかかる証人Eが同公訴事実の記事内容に関する情報を和歌山市役所の職員から聞きこみこれを被告人に提供した旨を証言したのに対し、これが伝聞証拠であることを理由に検察官から異議の申立があり、第一審はこれを認め、異議のあつた部分全部につきこれを排除する旨の決定をし、その結果、被告人は、右公訴事実につき、いまだ右記事の内容が真実であることの証明がなく、また、被告人が真実であると信ずるにつき相当の理由があつたと認めることはできないものとして、前記有罪判決を受けるに至つており、原判決も、右の結論を支持していることが明らかである。

しかし、第一審において、弁護人が「本件は、その動機、目的において公益をはかるためにやむなくなされたものであり、刑法二三〇条ノ二の適用によつて、当然無罪たるべきものである。」旨の意見を述べたうえ、前記公訴事実につき証人Eを申請し、第一審が、立証趣旨になんらの制限を加えることなく、同証人を採用している等記録にあらわれた本件の経過からみれば、E証人の立証趣旨は、被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があつたことをも含むものと解するのが相当である。

してみれば、前記Eの証言中第一審が証拠排除の決定をした前記部分は、本件記事内容が真実であるかどうかの点については伝聞証拠であるが、被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があつたかどうかの点については伝聞証拠とはいえないから、第一審は、伝聞証拠の意義に関する法令の解釈を誤り、排除してはならない証拠を排除した違法があり、これを是認した原判決には法令の解釈を誤り審理不尽に陥つた違法があるものといわなければならない。

されば、本件においては、被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき、確実な資料、根拠に照らし相当な理由があつたかどうかを慎重に審理検討したうえ刑法二三〇条ノ二第一項の免責があるかどうかを判断すべきであつたので、右に判示した原判決の各違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものといわなければならない。

よつて、刑訴法四一一条一号により原判決および第一審判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため同法四一三条本文により本件を和歌山地方裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 検察官 平出禾 公判出席

  昭和四四年六月二五日

最高裁判所大法廷

 裁判長裁判官 石田和外

  裁判官 入江俊郎

  裁判官 長部謹吾

  裁判官 城戸芳彦

  裁判官 田中二郎

  裁判官 松田二郎

  裁判官 岩田誠

  裁判官 下村三郎

  裁判官 色川幸太郎

  裁判官 大隅健一郎

  裁判官 松本正雄

  裁判官 飯村義美

  裁判官 村上朝一

  裁判官 関根小郷

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