巻十五:恋五


00747

[詞書]五条のきさいの宮のにしのたいにすみける人にほいにはあらてものいひわたりけるを、む月のとをかあまりになむほかへかくれにける、あり所はききけれとえ物もいはて、又のとしのはるむめの花さかりに月のおもしろかりける夜、こそをこひてかのにしのたいにいきて月のかたふくまてあはらなるいたしきにふせりてよめる

在原業平朝臣

月やあらぬ春や昔の春ならぬわか身ひとつはもとの身にして

つきやあらぬ-はるやむかしの-はるならぬ-わかみひとつは-もとのみにして


00748

[詞書]題しらす

藤原なかひらの朝臣

花すすき我こそしたに思ひしかほにいてて人にむすはれにけり

はなすすき-われこそしたに-おもひしか-ほにいててひとに-むすはれにけり


00749

[詞書]題しらす

藤原かねすけの朝臣

よそにのみきかましものをおとは河渡るとなしに見なれそめけむ

よそにのみ-きかましものを-おとはかは-わたるとなしに-みなれそめけむ


00750

[詞書]題しらす

凡河内みつね

わかことく我をおもはむ人もかなさてもやうきと世を心みむ

わかことく-われをおもはむ-ひともかな-さてもやうきと-よをこころみむ


00751

[詞書]題しらす

もとかた

久方のあまつそらにもすまなくに人はよそにそ思ふへらなる

ひさかたの-あまつそらにも-すまなくに-ひとはよそにそ-おもふへらなる


00752

[詞書]題しらす

よみひとしらす

見ても又またも見まくのほしけれはなるるを人はいとふへらなり

みてもまた-またもみまくの-ほしけれは-なるるをひとは-いとふへらなり


00753

[詞書]題しらす

きのとものり

雲もなくなきたるあさの我なれやいとはれてのみ世をはへぬらむ

くももなく-なきたるあさの-われなれや-いとはれてのみ-よをはへぬらむ


00754

[詞書]題しらす

よみ人しらす

花かたみめならふ人のあまたあれはわすられぬらむかすならぬ身は

はなかたみ-めならふひとの-あまたあれは-わすられぬらむ-かすならぬみは


00755

[詞書]題しらす

よみ人しらす

うきめのみおひて流るる浦なれはかりにのみこそあまはよるらめ

うきめのみ-おひてなかるる-うらなれは-かりにのみこそ-あまはよるらめ


00756

[詞書]題しらす

伊勢

あひにあひて物思ふころのわか袖にやとる月さへぬるるかほなる

あひにあひて-ものおもふころの-わかそてに-やとるつきさへ-ぬるるかほなる


00757

[詞書]題しらす

よみ人しらす

秋ならておく白露はねさめするわかた枕のしつくなりけり

あきならて-おくしらつゆは-ねさめする-わかたまくらの-しつくなりけり


00758

[詞書]題しらす

よみ人しらす

すまのあまのしほやき衣をさをあらみまとほにあれや君かきまさぬ

すまのあまの-しほやきころも-をさをあらみ-まとほにあれや-きみかきまさぬ


00759

[詞書]題しらす

よみ人しらす

山しろのよとのわかこもかりにたにこぬ人たのむ我そはかなき

やましろの-よとのわかこも-かりにたに-こぬひとたのむ-われそはかなき


00760

[詞書]題しらす

よみ人しらす

あひ見ねはこひこそまされみなせ河なににふかめて思ひそめけむ

あひみねは-こひこそまされ-みなせかは-なににふかめて-おもひそめけむ


00761

[詞書]題しらす

よみ人しらす

暁のしきのはねかきももはかき君かこぬ夜は我そかすかく

あかつきの-しきのはねかき-ももはかき-きみかこぬよは-われそかすかく


00762

[詞書]題しらす

よみ人しらす

玉かつら今はたゆとや吹く風のおとにも人のきこえさるらむ

たまかつら-いまはたゆとや-ふくかせの-おとにもひとの-きこえさるらむ


00763

[詞書]題しらす

よみ人しらす

わか袖にまたき時雨のふりぬるは君か心に秋やきぬらむ

わかそてに-またきしくれの-ふりぬるは-きみかこころに-あきやきぬらむ


00764

[詞書]題しらす

よみ人しらす

山の井の浅き心もおもはぬに影はかりのみ人の見ゆらむ

やまのゐの-あさきこころも-おもはぬに-かけはかりのみ-ひとのみゆらむ


00765

[詞書]題しらす

よみ人しらす

忘草たねとらましを逢ふ事のいとかくかたき物としりせは

わすれくさ-たねとらましを-あふことの-いとかくかたき-ものとしりせは


00766

[詞書]題しらす

よみ人しらす

こふれとも逢ふ夜のなきは忘草夢ちにさへやおひしけるらむ

こふれとも-あふよのなきは-わすれくさ-ゆめちにさへや-おひしけるらむ


00767

[詞書]題しらす

よみ人しらす

夢にたにあふ事かたくなりゆくは我やいをねぬ人やわするる

ゆめにたに-あふことかたく-なりゆくは-われやいをねぬ-ひとやわするる


00768

[詞書]題しらす

けむけい法し

もろこしも夢に見しかはちかかりきおもはぬ中そはるけかりける

もろこしも-ゆめにみしかは-ちかかりき-おもはぬなかそ-はるけかりける


00769

[詞書]題しらす

さたののほる

独のみなかめふるやのつまなれは人を忍ふの草そおひける

ひとりのみ-なかめふるやの-つまなれは-ひとをしのふの-くさそおひける


00770

[詞書]題しらす

僧正へんせう

わかやとは道もなきまてあれにけりつれなき人をまつとせしまに

わかやとは-みちもなきまて-あれにけり-つれなきひとを-まつとせしまに


00771

[詞書]題しらす

僧正へんせう

今こむといひてわかれし朝より思ひくらしのねをのみそなく

いまこむと-いひてわかれし-あしたより-おもひくらしの-ねをのみそなく


00772

[詞書]題しらす

よみ人しらす

こめやとは思ふものからひくらしのなくゆふくれはたちまたれつつ

こめやとは-おもふものから-ひくらしの-なくゆふくれは-たちまたれつつ


00773

[詞書]題しらす

よみ人しらす

今しはとわひにしものをささかにの衣にかかり我をたのむる

いましはと-わひにしものを-ささかにの-ころもにかかり-われをたのむる


00774

[詞書]題しらす

よみ人しらす

いまはこしと思ふものから忘れつつまたるる事のまたもやまぬか

いまはこしと-おもふものから-わすれつつ-またるることの-またもやまぬか


00775

[詞書]題しらす

よみ人しらす

月よにはこぬ人またるかきくもり雨もふらなむわひつつもねむ

つきよには-こぬひとまたる-かきくもり-あめもふらなむ-わひつつもねむ


00776

[詞書]題しらす

よみ人しらす

うゑていにし秋田かるまて見えこねはけさはつかりのねにそなきぬる

うゑていにし-あきたかるまて-みえこねは-けさはつかりの-ねにそなきぬる


00777

[詞書]題しらす

よみ人しらす

こぬ人をまつゆふくれの秋風はいかにふけはかわひしかるらむ

こぬひとを-まつゆふくれの-あきかせは-いかにふけはか-わひしかるらむ


00778

[詞書]題しらす

よみ人しらす

ひさしくもなりにけるかなすみのえの松はくるしき物にそありける

ひさしくも-なりにけるかな-すみのえの-まつはくるしき-ものにそありける


00779

[詞書]題しらす

かねみのおほきみ

住の江の松ほとひさになりぬれはあしたつのねになかぬ日はなし

すみのえの-まつほとひさに-なりぬれは-あしたつのねに-なかぬひはなし


00780

[詞書]仲平朝臣あひしりて侍りけるをかれ方になりにけれは、ちちかやまとのかみに侍りけるもとへまかるとてよみてつかはしける

伊勢

みわの山いかにまち見む年ふともたつぬる人もあらしと思へは

みわのやま-いかにまちみむ-としふとも-たつぬるひとも-あらしとおもへは


00781

[詞書]題しらす

雲林院のみこ

吹きまよふ野風をさむみ秋はきのうつりも行くか人の心の

ふきまよふ-のかせをさむみ-あきはきの-うつりもゆくか-ひとのこころの


00782

[詞書]題しらす

をののこまち

今はとてわか身時雨にふりぬれは事のはさへにうつろひにけり

いまはとて-わかみしくれに-ふりぬれは-ことのはさへに-うつろひにけり


00783

[詞書]返し

小野さたき

人を思ふ心のこのはにあらはこそ風のまにまにちりみたれめ

ひとをおもふ-こころのこのはに-あらはこそ-かせのまにまに-ちりもみたれめ


00784

[詞書]業平朝臣、きのありつねかむすめにすみけるを、うらむることありてしはしのあひたひるはきてゆふさりはかへりのみしけれはよみてつかはしける

きのありつねかむすめ

あま雲のよそにも人のなりゆくかさすかにめには見ゆるものから

あまくもの-よそにもひとの-なりゆくか-さすかにめには-みゆるものから


00785

[詞書]返し

なりひらの朝臣

ゆきかへりそらにのみしてふる事はわかゐる山の風はやみなり

ゆきかへり-そらにのみして-ふることは-わかゐるやまの-かせはやみなり


00786

[詞書]題しらす

かけのりのおほきみ

唐衣なれは身にこそまつはれめかけてのみやはこひむと思ひし

からころも-なれはみにこそ-まつはれめ-かけてのみやは-こひむとおもひし


00787

[詞書]題しらす

とものり

秋風は身をわけてしもふかなくに人の心のそらになるらむ

あきかせは-みをわけてしも-ふかなくに-ひとのこころの-そらになるらむ


00788

[詞書]題しらす

源宗于朝臣

つれもなくなりゆく人の事のはそ秋よりさきのもみちなりける

つれもなく-なりゆくひとの-ことのはそ-あきよりさきの-もみちなりける


00789

[詞書]心地そこなへりけるころ、あひしりて侍りける人のとはてここちおこたりてのちとふらへりけれは、よみてつかはしける

兵衛

しての山ふもとを見てそかへりにしつらき人よりまつこえしとて

してのやま-ふもとをみてそ-かへりにし-つらきひとより-まつこえしとて


00790

[詞書]あひしれりける人のやうやくかれかたになりけるあひたに、やけたるちのはにふみをさしてつかはせりける

こまちかあね

時すきてかれゆくをののあさちには今は思ひそたえすもえける

ときすきて-かれゆくをのの-あさちには-いまはおもひそ-たえすもえける


00791

[詞書]物おもひけるころ、ものへまかりけるみちに野火のもえけるを見てよめる

伊勢

冬かれののへとわか身を思ひせはもえても春をまたましものを

ふゆかれの-のへとわかみを-おもひせは-もえてもはるを-またましものを


00792

[詞書]題しらす

とものり

水のあわのきえてうき身といひなから流れて猶もたのまるるかな

みつのあわの-きえてうきみと-いひなから-なかれてなほも-たのまるるかな


00793

[詞書]題しらす

よみ人しらす

みなせ河有りて行く水なくはこそつひにわか身をたえぬと思はめ

みなせかは-ありてゆくみつ-なくはこそ-つひにわかみを-たえぬとおもはめ


00794

[詞書]題しらす

みつね

吉野河よしや人こそつらからめはやくいひてし事はわすれし

よしのかは-よしやひとこそ-つらからめ-はやくいひてし-ことはわすれし


00795

[詞書]題しらす

よみ人しらす

世中の人の心は花そめのうつろひやすき色にそありける

よのなかの-ひとのこころは-はなそめの-うつろひやすき-いろにそありける


00796

[詞書]題しらす

よみ人しらす

心こそうたてにくけれそめさらはうつろふ事もをしからましや

こころこそ-うたてにくけれ-そめさらは-うつろふことも-をしからましや


00797

[詞書]題しらす

小野小町

色見えてうつろふ物は世中の人の心の花にそ有りける

いろみえて-うつろふものは-よのなかの-ひとのこころの-はなにそありける


00798

[詞書]題しらす

よみ人しらす

我のみや世をうくひすとなきわひむ人の心の花とちりなは

われのみや-よをうくひすと-なきわひむ-ひとのこころの-はなとちりなは


00799

[詞書]題しらす

そせい法し

思ふともかれなむ人をいかかせむあかすちりぬる花とこそ見め

おもふとも-かれなむひとを-いかかせむ-あかすちりぬる-はなとこそみめ


00800

[詞書]題しらす

よみ人しらす

今はとて君かかれなはわかやとの花をはひとり見てやしのはむ

いまはとて-きみかかれなは-わかやとの-はなをはひとり-みてやしのはむ


00801

[詞書]題しらす

むねゆきの朝臣

忘草かれもやするとつれもなき人の心にしもはおかなむ

わすれくさ-かれもやすると-つれもなき-ひとのこころに-しもはおかなむ


00802

[詞書]寛平御時御屏風に歌かかせ給ひける時、よみてかきける

そせい法し

忘草なにをかたねと思ひしはつれなき人の心なりけり

わすれくさ-なにをかたねと-おもひしは-つれなきひとの-こころなりけり


00803

[詞書]題しらす

そせい法し

秋の田のいねてふ事もかけなくに何をうしとか人のかるらむ

あきのたの-いねてふことも-かけなくに-なにをうしとか-ひとのかるらむ


00804

[詞書]題しらす

きのつらゆき

はつかりのなきこそわたれ世中の人の心の秋しうけれは

はつかりの-なきこそわたれ-よのなかの-ひとのこころの-あきしうけれは


00805

[詞書]題しらす

よみ人しらす

あはれともうしとも物を思ふ時なとか涙のいとなかるらむ

あはれとも-うしともものを-おもふとき-なにかなみたの-いとなかるらむ


00806

[詞書]題しらす

よみ人しらす

身をうしと思ふにきえぬ物なれはかくてもへぬるよにこそ有りけれ

みをうしと-おもふにきえぬ-ものなれは-かくてもへぬる-よにこそありけれ


00807

[詞書]題しらす

典侍藤原直子朝臣

あまのかるもにすむむしの我からとねをこそなかめ世をはうらみし

あまのかる-もにすむむしの-われからと-ねをこそなかめ-よをはうらみし


00808

[詞書]題しらす

いなは

あひ見ぬもうきもわか身のから衣思ひしらすもとくるひもかな

あひみぬも-うきもわかみの-からころも-おもひしらすも-とくるひもかな


00809

[詞書]寛平御時きさいの宮の歌合のうた

すかののたたおむ

つれなきを今はこひしとおもへとも心よわくもおつる涙か

つれなきを-いまはこひしと-おもへとも-こころよわくも-おつるなみたか


00810

[詞書]題しらす

伊勢

人しれすたえなましかはわひつつもなき名そとたにいはましものを

ひとしれす-たえなましかは-わひつつも-なきなそとたに-いはましものを


00811

[詞書]題しらす

よみ人しらす

それをたに思ふ事とてわかやとを見きとないひそ人のきかくに

それをたに-おもふこととて-わかやとを-みきとないひそ-ひとのきかくに


00812

[詞書]題しらす

よみ人しらす

逢ふ事のもはらたえぬる時にこそ人のこひしきこともしりけれ

あふことの-もはらたえぬる-ときにこそ-ひとのこひしき-こともしりけれ


00813

[詞書]題しらす

よみ人しらす

わひはつる時さへ物の悲しきはいつこをしのふ涙なるらむ

わひはつる-ときさへものの-かなしきは-いつこをしのふ-なみたなるらむ


00814

[詞書]題しらす

藤原おきかせ

怨みてもなきてもいはむ方そなきかかみに見ゆる影ならすして

うらみても-なきてもいはむ-かたそなき-かかみにみゆる-かけならすして


00815

[詞書]題しらす

よみ人しらす

夕されは人なきとこを打ちはらひなけかむためとなれるわかみか

ゆふされは-ひとなきとこを-うちはらひ-なけかむためと-なれるわかみか


00816

[詞書]題しらす

よみ人しらす

わたつみのわか身こす浪立返りあまのすむてふうらみつるかな

わたつみの-わかみこすなみ-たちかへり-あまのすむてふ-うらみつるかな


00817

[詞書]題しらす

よみ人しらす

あらを田をあらすきかへしかへしても人の心を見てこそやまめ

あらをたを-あらすきかへし-かへしても-ひとのこころを-みてこそやまめ


00818

[詞書]題しらす

よみ人しらす

有そ海の浜のまさことたのめしは忘るる事のかすにそ有りける

ありそうみの-はまのまさこと-たのめしは-わするることの-かすにそありける


00819

[詞書]題しらす

よみ人しらす

葦辺より雲ゐをさして行く雁のいやとほさかるわか身かなしも

あしへより-くもゐをさして-ゆくかりの-いやとほさかる-わかみかなしも


00820

[詞書]題しらす

よみ人しらす

しくれつつもみつるよりも事のはの心の秋にあふそわひしき

しくれつつ-もみつるよりも-ことのはの-こころのあきに-あふそわひしき


00821

[詞書]題しらす

よみ人しらす

秋風のふきとふきぬるむさしのはなへて草はの色かはりけり

あきかせの-ふきとふきぬる-むさしのは-なへてくさはの-いろかはりけり


00822

[詞書]題しらす

小町

あきかせにあふたのみこそかなしけれわか身むなしくなりぬと思へは

あきかせに-あふたのみこそ-かなしけれ-わかみむなしく-なりぬとおもへは


00823

[詞書]題しらす

平貞文

秋風の吹きうらかへすくすのはのうらみても猶うらめしきかな

あきかせの-ふきうらかへす-くすのはの-うらみてもなほ-うらめしきかな


00824

[詞書]題しらす

よみ人しらす

あきといへはよそにそききしあた人の我をふるせる名にこそ有りけれ

あきといへは-よそにそききし-あたひとの-われをふるせる-なにこそありけれ


00825

[詞書]題しらす/又は、こなたかなたに人もかよはす

よみ人しらす

わすらるる身をうちはしの中たえて人もかよはぬ年そへにける

わすらるる-みをうちはしの-なかたえて-ひともかよはぬ-としそへにける


00826

[詞書]題しらす

坂上これのり

あふ事をなからのはしのなからへてこひ渡るまに年そへにける

あふことを-なからのはしの-なからへて-こひわたるまに-としそへにける


00827

[詞書]題しらす

とものり

うきなからけぬるあわともなりななむ流れてとたにたのまれぬ身は

うきなから-けぬるあわとも-なりななむ-なかれてとたに-たのまれぬみは


00828

[詞書]題しらす

読人しらす

流れては妹背の山のなかにおつるよしのの河のよしや世中

なかれては-いもせのやまの-なかにおつる-よしののかはの-よしやよのなか