卑怯者 (梶井基次郎)


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(I) 編集

眠りとは一體どうして起るんだらう。
一體なんだらう。
考え(ママ)たり、見たり、聞いたりしてゐた人間が急にそれらの能力を奪はれてしまふ。―生ける屍になつてしまふ。―何だが變な氣がする。


何といふ變な病的(アブノルマル)なものなんだらう。
眼が醒めてゐる時と、寐(ママ)に陥る時と、その間にどんな事が作用するのだらう。
今、自分にはそれが何だか變な不氣味なものとしか思へない。
どうして俺がこれから一時間さき、或は二時間さきに眠りにおちるといふことがありえるのだ。


然しどうして今夜までこの眠りが俺には不思議でも何でもなかつたのだらう。又世間がどうしてこの不可解に對して何の疑も狭(挾)まずに默過してゐるのだらう。
それはそれが誰にでも同樣に起つてゐる現象である故か。それが自然である故か。然しこれがどうして自然と考へられや(ママ)やう。
若し此の世の中に眠りがなかつて、ほんの少数の人にばかりこれがあつたら、あゝそ(ママ)うだつたら、眠りといふ言葉さへ存在してはゐないだらう。世間は驚異の眼をみはるに相違ない。そしてこれに、喧(カマビ)すしく集つて來た羣盲がそれに不可思議といふ言葉を冠らすにちがひない。
一體不可思議といふのは稀れといふことの異名だらうか。そして偉大な人間といふのは啻、稀な人間といふことだらうか。
學校の生理の教師は、それは腦の貧血によつて起ると教へた。また身體の組織の中の鹽素が臭素にかわ(ママ)ると睡眠が起るとも教へて呉れた。鹽素の量が臭素の量よりも少なくなると云つたのかも知れん。然しどちらにしてもそれは何だ。
催眠劑に臭素の化合物を用ふといふことが明瞭になつたゞけで、それはこの不可思議を解いてはゐないではないか。
科學といふものには、この不可思議の川岸に立つて、一切が明白で、必然で、朗らかな……(缺)


(II)正義派と卑却(怯)者 編集

○○中學生山路太郎はもう十二時だといふのにまだ寐つかれなかつた。
十時頃にあまり寐むくなつたので、紅茶をいれて飲んで、無理に幾何の問題を解いたのだつたが、やつとのことでそれを解いて、寐床を布いてしまつてから、妙に眼が冴えて寐られなくなつてしまつた。
然し明日はやはり六時の汽車で登校しなければならなかつた。といふのは、彼はその町から七里程離れたS市の中學へ汽車通學をしてゐたのであつた。
家の者はみな寐靜まつてしまつた。電燈のスヰッチをひねつてしまつてからは、暗の音や暗の匂ひや暗の色などが彼のあたりにたてこめて、彼の寐られない神經をいたぶつてゐた。
「成程紅茶は昂奮劑だ。さつきから變に俺は何だか考え(ママ)てゐる。どんなに考えまいと努力しても腦髄の機械、思考の機關がそんな努力には無關心に運轉をはじめてしまつたんだ。そしてどんな些細なことでも、例へばこの些細といふことをフイ〔と〕思ふと、その機械はそれをのせて、見る見る内に、故に、とか、次にとか、といふ段取りで、裏にしたり表にしたりして疊み込んでゆくのだ。どんなけちなものでも吸ひとつて、それから何かを造り上げ樣(ママ)としてゐるのだ。はつと氣がつくと考へてゐる、全く變だ。考へや(ママ)うともしてゐないのに、丸で何かくよくよ考へてゐる時の氣持がしてゐる。つまり紅茶で、思考の機械(メカニズム)が空廻(カラマワ(ハ))りをしはじめたんだ。うむ、何だか面白くなつて來たぞ。
すると思考の對象がなくつても思考があるのぢやないか。そうだ。對象が生れてから思考が生じるんぢやない、思考といふものが前からあつたのだ、それはこの機械だ。
美しい少女を見て戀愛が生じるのではなしに戀愛が既に心の中にあつて、それを美しい少女の上にあてはめるのと同じだ。
あゝ偉大な哲理だ。まだまだ堀(掘)つてゆけば、きつと何かに(が)見付かるべきものだ。
よし、これを明日學校でデカルトの奴にきかせて凹ませてやらう。そしてあの哲學者で御座い(ママ)ってな高慢な顔を叩きつぶしてやらう。あいつは哲學が一番高尚な學問だと獨りぎめにきめてか〔か〕つてゐるんだ。變な虚栄心かなにかで、理由なしにそ(ママ)う思つてゐるんだ。そして本ばかり讀んでゐる。あいつの哲學はちつとも欲求に卽したものぢやない。猫が譯わからずに小判を持〔つ〕て金持ちで御座いと云つてゐるのと同じことだ。猫はやはり猫に小判と云はれてゐるので本當なんだ。あいつのは氣障だ。一種のセンチメンタリズムだ。
然し彼奴のことだから、俺がこの説を持ち出すと、落付(ママ)いて、『それは何世紀程前に誰々が云つた説だ。古いものだが、此頃でもやはりその説に與する人が台るんだ。』とか云ふのぢやないかな。そして俺よりはもつとうまく、もつと理論的な説明を逆捩に俺にきかせるんぢやないかな。そうなればいまいましいな。」
太郎が氣がついて見ると、ラヂウムの袂(ママ)時計は十二時十五分過ぎをしめしてゐた。彼は明日の朝のことを思ふと空怖ろしくもあつた。彼は身體の向きをかへて、寐やうとあせつたが、一生懸命にふさいでゐる眼を恐る恐るあけて見てもちつとも重くなつてゐなかつた。そして何時の間にか他の事を考へはじめてゐた。
「俺が一等嫌なことは俺が意久(氣)地なしだとみじめにも思はなくちやならないことだ。もうこれだけは思つて見てもぞっとする。あゝ厭だ。厭だ。
俺はまだ一度も意久(ママ)地なしの卑却(怯)者に見える行爲はしたことがないと思つてゐる。然しその男らしい、意地っ張りな行爲をしてゐるときなどにフッとその考へが浮ぶんだ。兄弟牆にせめげども、外その悔(侮)りを防(禦)ぐといふ樣な工合に、外目にはどうにかこ(ママ)にかやつて行つてゐる樣だが、中では卑(却)怯者の内亂だ。
とにかく男らしく振舞つたと自分で思へるときはまだいゝが、心が卑(却)怯者になつて弱い喧嘩犬の樣に尾を後足の間にはさんできやん〱齒をむき出してゐる時があるんだ、然も外見で……(缺)


(III) 編集

「例へば渡邊だ。渡邊が艇庫の前で俺の中學の撰(ママ)手を撲つた樣に、往來でいきなり俺をなぐつたらどうだらう。また、呉田の樣に街を應援歌を歌ひながら通つては撲るぞと云はれたらどうだらう。俺は今まで醉つ拂ふ樣になつて歌つてゐた歌を止めてしほしほと路をあるくだらうか。俺はそんなことは出來ない。俺は抗辯しなければあらない。そうしたらあいつは俺を撲るにちがひない。
おう。それから喧嘩だ。その時に俺は勇敢に喧嘩出來るだらうか。
俺は敗けるにきまつてゐる。敗けてはみぢ(じ)めだ。人には馬鹿だと云はれる。氣の毒がられる。あゝ氣の毒がられるなんて。
あゝ殘念だ。どうして俺は腕力家に生れて來なかつたんだ。そんな奴でも無體を働くことが出來ない樣な巨人に。
そして逆捩に渡邊が電車に乗らうとするのをぎっと引張り卸(ママ)して悠々と乗つてやれたらどうだらう。そしてあいつの憎い自信を雪の樣に消してやれたら。
どうしても彼奴等は眼ざわ(ママ)りだ。
短銃だ。撲らせておいてぎゅっと突付けてやる。どすん。あゝ法律さへなければ殺してやりたい。法律があるために野獣を生かしておくのだ。俺が死刑になるのも高が野獣一匹のためでは馬鹿げ切つてゐる。
射てるなら射つてみろ。かう云はれたつて俺は射てない。そうしたらそれまでの俺の態度は掌をかへした樣に裏切られる。
また彼奴の得意の柔道で短銃を取りあげられたら。それからはどうなる。
また勇敢に組ついた時反對に、渡邊が短刀を抜いて、「どうだい」とへらへら笑ひをしたらどうだらう。
俺は「切つて見ろ」と云へるだらうか。
ぐさり。……彼奴が牢へ入つても俺の傷はなほらない。彼奴は牢へ入る位何ともない奴だ。みすみす馬鹿を見るんだ。
俺は光つたものや、砥(研)ぎ澄まされたものを見ると、殊にそれが酔つ佛った父や幼い弟が手にしているのを見ると、見たゞけでそれが俺のしんぞうにぐさっと刺さつたり、掌をすうっと切つたりするのを、肉體的に感じる樣な神經の尖つた男だ。それを取り上げる先に、その戦りつ(慄)が俺の身体を堪え(ママ)切れなくさせられる樣な男だ。
俺は渡邊のそんな白刄を見てどうして切れと云へや(ママ)う。
どうしたらいゝんだ。若し一度こちらが勝つとしても、彼等はきつと復讐せずにはおかないのだ。實力のないものが、彼等の自尊心を傷つける樣な大膽なことを一度すれば、蛇に見込まれたのも同じだ。何所にゐても、絶えずつけねらはれてゐる樣な氣がsる。學校へは行けない。町はあるけない。俺の貴重な時間が野獣に對する拘泥で紊されるなんて。思ひ餘つて殺してしまふ。その拘泥の果て一途に思ひつめて、そのうるさいものを殺してしまふ。あゝ悲劇だ。それはどう裁判せられるだらう。一寸したことで氣の小さい善良な人が一生を過るんだ。
然し殺してしまふのが一番さつぱりしてゐる。野獣撲殺だ。
然し彼奴等が野犬と同じ運命におちないのは……(缺)


中學五年生山路太郎の心は和んで來た。惡夢に襲はれた樣に、自分を卑却(怯)者あと思つたり、喧嘩でやられる時を想像してゐた、その長い考えの中途で思はず握りしめてゐた掌は、この終頃になつて緩んでゐた。彼は渡邊を憐びん(愍)することが出來たために揚々とした心になつてゐた。彼の心は愉快に汗ばんでゐた。彼は彼等を憐れむことが出來たのはその夜がはじめてだつたのだ。


(Ⅴ) 編集

明朝彼はやはり寐過した。
發車間際に乗ることは出來が、朝飯も食はずに驅けつけた空腹を彼は食堂車で補はなければならなかつた。
その列車は急行ではなかつたが、山路太郎の降りるS市からあちらへは直通になつてゐて、食道(堂)車もついてゐるのだつた。
――彼は食堂車の大きな窓の前に段々白んでゆく十月終りの朝を眺めてゐた。


麥が刈入れられ、菜種が成長しきつた頃、その沿線の畑では、百姓達が麥がらや菜種の殘骸を集めて燃やすのが見られた。
眞暗な夜その平野にはその炎がいくつも見えた。近い炎の中にはそこに働いてゐる百姓の姿が影繪の樣に眞黑な影になつて見られた。遠い火はぼうと明い煙をその暗い平野の上に棚引かせた。
次には梅雨の長雨の中を百姓等は牛を使ひながらその畑を田にするのであつた。柔軟な綠色が美しい花ごとその中へ踏み込まれた。
やがて、その廣々した畑は直ぐ水を溢(湛)え(ママ)た田に變つた。そして早苗が植え(ゑ)つけあっれた。
始めはそれが綠の氣體の樣に田を(の)上をほのかに染めてゐたものが靑々とした稲田に變じた。
次にK川に濁水が漲ぎる二百十日や二百二十日が來るのだつた。
そんな夜汽車で鐡橋を渡る(時)暗い渦をまき滔々と漲り流れてゐるK川の怖ろしくそして巨大な暴力。その盲目な大自然の暴力に、彼等の勞作を蹂りん(躙)せられや(ママ)うとしてゐる村々が鳴らす半鐘や寺の梵鐘のあの陰惨な響きや、堤防の上にずらつと焚かれてゐる空を焦がす眞紅のかゞり火。さてはその間を動く物々しい人影等の齎らす心の激動。
更にその盲目の濁流を雙手に抱きかヽへて踏張り待ち耐え(ママ)てゐるその雄々しい人道的な堤防の姿は嘗て中學生山路太郎に英雄的な泪を流さしめたのであつた。


今彼の目の前にあるのは黄金色に實つた農(豊)作の平野であつた。朝ぎりはほのぼのゆるぎつゝ太陽の光輝に追はれて晴れて行きつゝあつた。
「季節が移りかわ(ママ)つてゆくのは、何て早いのだらう。この目まぐろ(ママ)しい變化はやがて俺を中業(學)の卒業や高等學校の入學試驗へ、いや應なしに引張つてゆくんだ。」


山路太郎が食事をすませて、何氣なしに食堂車の料理場の横にあたる狹い通路を自分の客車の方へ歸らうとする時、やはりその道をこちらへ入つて來る學生があつた。
それは山路太郎と同じ町からん折る商船學校の生徒だつた。汽車で通ふ商船の生徒には亂暴ものはゐなかつた。然しこヽにもやはり兩校の暗い雲行きがかぶさつてゐた。「彼等は見えすいて輕薄であつて低腦兒だ」と中學側が思へば、商船側は「俺達の學校の生徒に壓迫せられてゐる奴」といふ虎の威を借る狐の氣を負つてゐた。そして彼等の中でも山路の路を扼してゐる男がその中でも一番腕力家であつた。山路は何時頃からだつたかその男に一種の壓迫を感じてゐた。
その姿を見た瞬間、山路はハッと思つた。
彼の内なる卑却(怯)者と、敢爲な勇氣が一度に立ち上つて引組み合つた。それは瞬時に極めなければならないはげしい爭闘だつた。
然し彼の足はその躊躇や思慮を現はさなかつた。彼の足は歩調をゆるめずに歩んだ。
それは破れかぶれの昂奮が彼をおし出したのだつた。若しその爭闘の影をうつしてゐるものがあつたら、それは彼の眼であつただらう。
然し彼の眼は烈しく、彼の方に近〔づ〕ゐて來る二個の眼をにらみつけてゐた。
彼が衝突を豫期して、眼くるめく樣に感じながら道一杯に進んだ時、丸で思〔ひ〕がけなくも敵は片側へぺたりと身をよけた。そしてぎこちなく笑顔をしながら、
「お早う」と帽子に手をかけた。――
それは彼等が兩側から顔を見合せてから、二人が半分づヽ二間に足らない路を向合つて歩く極く短い時間の後に來た結果であつた。
悠(倏)怱に來り悠(倏)怱に極つた勝敗の數であつた。
然しその悠(倏)怱は深刻な幾多の屈折が電光の樣に二人の心に過つた悠(倏)怱であつた。
席に皈つた山路太郎は、彼の心が譯のわからない衝動に壓迫されてゐるのを感じてゐた。肋の下では早鐘の樣に心臓が躍つてゐた。
彼の嶮しい眼は窓外に向いてゐた。然し彼は何をも眺めてはゐなかつた。――
彼の心は段々鎮まつてゐ(い)つた。然し彼の心を占めて來たものは堪え(ママ)難い憂鬱であつた。
「あゝ、これが勝利か。」
「あれは不當な勝利だ。俺は盲滅法だつたんだ。俺は一體彼奴がお早うと云つた時にどうしたんだらう。俺はやはりお早うと云つたか知ら。云つた樣な氣もするけれどもはつきりはわからない。俺がこの席へ皈つたのが丸で夢中だつたんだもの。形勢は俺が勝ちかも知れない。然し俺の小さい膽玉は盲滅法に混亂したのだ。俺は不當な勝利者だ。
そして俺は――
俺は敗北だ。然しそれは不當な敗北だ。
一體俺の顔が怖しかつたんだらうか、眼が彼をおびやかしたんだらうか。あゝ彼奴のひきつる樣な作り笑ひ。俺の勝ちが不當なだけに俺の敗北は氣の毒だ。彼奴は俺にはもう頭が上らないのだ。俺が彼だつたらどうだらう。俺は辛抱し切れないに違ひない。平常威嚴を崩さなかつた彼があんなになるのは餘程のことだ。彼はどんなに愧じ(ぢ)てゐるだらう。あゝ俺は氣の毒なことをした。
彼に俺はあの時丸で夢中だつたことや、俺の勝が不當だつたことを云つて慰めてやりたい。あんなだと知つたら、俺は身體を横にして通すべきだつた。
それにしても俺は何といふ腑甲斐なしだらう。何といふ弱い心臓なんだらう。心臓ががんがん鳴つたあの態(サマ)ったら。」
彼の心は後悔と自己嫌悪が蝕んで、ますます憂鬱に落ちて行つた。
――汽車を降りて彼の擇んだ路はいつもの大通りではなかつた。彼は自分の前に歩いてゆく不當な敗北者の背に無眼(限)の親しみを感じながら、横路へ外れてしまつた。彼のその濕つぽい路をとぼとぼ歩きながら考えてゐた。
「あれは弱小なものと弱少(小)なものゝ團栗の背比べだつたんだ。强く、慧(叡)智な人が見れば丸でとるの度(足)りない蝸牛角上の爭ひに過ぎないんだ。」
彼は前夜昂奮して考へてゐたことや、今朝あは(わ)てヽポストへ投げ込んだ修三郎への手紙の内容はその事件の間ちつとも考へなかつたのだつた。
 

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