利用者:Akaniji/西遊記 ドン・キホ−テ グリム童話/勤勉な小鬼


大昔、仙女が月の下で踊り、小鬼が山の中で仕事をする時のことでありました。或小さな村に、貧しい靴屋の夫婦が住んでゐました。靴屋は正直でもあり、仕事好きでもありましたけれども、一日一日と貧乏になつて行つて、たうたう、一足の靴の皮を買ふだけのお金しかなくなりました。そして、この一足の靴を造れば後はどうして暮して行くか、あてがありませんでした。靴屋は皮を買ふと、それを切つて、次の朝早く起きて、縫ふつもりで、お祈をしてから、寝床に入りました。

次の日、朝早く起きて、靴屋は窓の戸を開けました。と、不思議なことが起つてゐたのです。前の晩、切つて置いた皮が、立派な靴になつてゐたのです。靴屋は夢ではないかと思つて眼をこすつて見直しました。が、矢張り靴が窓から入つて來る朝の光の中に、ちやんと置いてあるのです。靴屋は手に取り上げてその靴を見ますと、針の縫目も、釘の打方も 申分なく出來てゐて、今までこんなに旨く出來た靴を見たことがないと思ひました。靴屋はその靴を店の窓の中に置きましたが、間もなく客が來て、靴屋が思つてゐたよりも、二倍の代金を拂つて、その靴を買つて行きました。

靴屋は外へ行つて、二足ぶりの皮を買つて來ると、それを切つて、次の朝早く起きて仕事をするつもりで床に着きました。併し、次の朝早く靴屋が起きて、仕事をする腰掛の所へ行くと、前の朝のやうに、靴が二足、ちやんと出來上つてゐました。そして、この靴も直ぐに賣れました。といふのは、この靴位履心地のよい靴が今までになかつたからです。靴屋は二足の靴を賣つたお金で、今度は四足分の皮を買ひましたが、次の日の朝になると、また四足の靴がひとりでに出來上つてゐました。かうして、靴屋はだんだん店が繁昌して、お金持になりました。そして、不思議な靴の話が遠い所までも擴がりました。で、この靴屋の毎日の仕事といつたら、たゞ晝の内に皮を切つて置けばよかつたのです。朝になると、その皮が立派な靴になつて、十二足もぞろりと並んでゐるといふ譯でしたから。

さて、クリスマスも近く、地には雪が降り積る時でありました。或夜、靴屋はその妻に向つて、
『私達は起きてゐて、誰が靴を造つてくれるのか、見ることにしよう。』といひますと、妻も、
『ほんとに、さうしませう。そしてお禮をいひませう。』と答へました。

そこで夫婦は、蠟燭をつけて、仕事場の隅の大きな箱の後に隱れました。時計が十二時を打つと、戸が廣く開いて、二匹の小鬼が踊りながら入つて來ました。鬼といつてもこの小鬼は、普通の小鬼のやうに醜くはなく、その踊つてゐるのを見ると、盥の中で嬰兒が足を蹴り廻はしてゐるやうで、可愛くて、可笑しくありました。小鬼は寒いのに、衣物を着てゐませんでしたから身體を温めるために、足を絶えず動かして踊らねばなりませんでした。暫時たつと、小鬼は靴屋の腰掛に飛び上つて、その小さい足で、胡坐をかいて、針に糸を通すと、忙しさうに縫ひはじめました。その小さな手は手際よくそして、飛ぶやうに動くので、見てゐる靴屋夫婦が、眩暈する程でありました。そして小鬼は、夜の明けぬ間に、すつかり靴を縫ひ上げて、ちやんと並べてから、戸の外へ出て行きました。
『呆れたネ! あの小鬼達は困つてゐる人間を助けるよい小鬼なのだ。どうかして、あの小鬼達にお禮をしたいものだ。』と靴屋がいひました。すると、妻も、
『ではかうしたら、どうですか。あの小鬼達はこの寒いのに、衣物を着てゐませんから、私は小さな温い衣物と、毛糸の靴下と、小さな靴を拵へて上げませう。』といひました。

親切なこの靴屋の妻は、赤い反物と、柔かい毛糸を買つて來て、子鬼の體に合ふやうな衣物と靴下を拵へました。亭主も、今までに見たこともないやうな、小さな綺麗な靴を造りました。

クリスマスの夜になると靴屋夫婦は、今度は皮を用意しないで、拵へた品物を腰掛の上に並べて、樣子を見るために箱の後に身を隱しました。時計が十二時を打つと、二匹の小鬼は前のやうに、踊りながら入つて來て、腰掛の上に飛び上りましたが、赤い衣物やその外の物が並んでゐるのを見ると、喜んで高聲で叫んで、急いで衣物を着はじめました。そして、衣物を着てしまつて靴下を履き、小さな靴に小さな足を入れると、喜んで今一度高い聲で叫んで、椅子やテーブルの周圍を廻りながら踊りました。

利口さうな小さな紳士になつた
上等の衣物を着た紳士になつた
二度と靴屋にならないぞ

小鬼は靴を踏み鳴して、帽子を横に被りながら、月が光つてゐる戸の外へ踊りながら出て行きました。

小鬼はもう、二度と靴を縫ひにやつて來ませんでした。靴屋はもう、お金持になりましたから、小鬼に助けて貰ふ必要がなかつたのです。併し毎年、クリスマスの夜、小鬼は山から下りて來て、靴屋の店から、自分達のために造られた、新しい小さな衣物や、靴や、靴下を貰つて歸るのでありました。