初等科國語 六/明治神宮


一 明治神宮

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參拜

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 神宮橋を渡りて、まづ仰ぐ大鳥居に、菊花の御紋章を拜するかしこさ。南參道に入れば、夜來の雨に淸められし玉砂利、さくさくと鳴りて、參拜の人々、あたかもいひ合はせたるごとく、足並みのおのづからそろふも尊く思はる。御造營當時、國民の眞心もてたてまつりたる木々は、參道の左右を始め、到るところすき間もなき木立となりて、神域しんゐきいよいよ嚴かならんとす。

 左折して更に大鳥居を過ぎ、神氣身にせまるをおぼえつつ、靜かに歩みを移せば、參道はまた右折す。この時、正面やや遠く拜する南神門のけだかさ、美しさ。玉垣に連なる鳥居の奥に、すがすがしき赤松の木立を負ひたる樓門ろうもんは、一幅の繪畫に似て、しかも尊嚴のおもむきをそへたり。

 水屋の水に口をすすぎて、この門を入れば、中央の拜殿、左右の廻廊くわいらう、庭上の白砂、すべて淸らかに、嚴なり。

 拜殿に進み、明治天皇・昭憲皇太后御二柱の神の御前に、うやうやしくぬかづく。

 つつしみて、御在世中の大御歌・御歌をしのびまつれば、とこしへに民やすかれといのるなるわがよをまもれ伊勢いせのおほかみ

 神風の伊勢の内外の宮柱ゆるぎなき世をなほ祈るかなと、神かけて祈らせたまへるを、今とこしへに神靈しんれいとしづまりまして、御みづから世を守り、國をしづめ、民草をもみそなはすらん。大御心のかたじけなさ、そぞろに涙のわき出づるをおぼゆ。

寶物殿

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 西神門を出でて行く道は、しばし森林の奥に人をいざなふ。やがて木立遠ざかりてみどりの芝生しばふ遠く廣く續き、道いとはるかなるかなたに、寶物殿を望む。

 殿内に入りて御遺物を拜觀す。日常の御生活のいかに御儉素にわたらせられしか。御机は紫檀したんにも黑檀こくたんにもあらずして、ただ黑きぬり机なり。竹の御硯箱は何のかざりもなく、筆・鉛筆等、國民學校生徒の用ふる物と異なるところなし。昭憲皇太后の御硯箱は、ふたの裏に石盤せきばんをはめ、石筆はちびてわづかに寸餘を殘すのみ。まことにおそれ多き極みといふべし。

舊御殿舊御苑ぎよゑん

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 舊御殿・舊御苑は、もと南豐島としま御料地の内にて、御二柱の神に御由緒ゆゐしよ深きところ。御殿とは申せど、質素なる平屋にして、行幸ありし時の玉座今もそのままに拜せらる。

 舊御苑に入れば、木立深く、道めぐり、池の眺め廣きところに、御茶屋ありて、隔雲亭かくうんていといふ。ほのかに承れば、この御苑は、明治天皇御みづから、森の下道・下草まで何くれと御仰せありて、自然のままに作らせたまひ、昭憲皇太后かぎりなくめでさせたまひて、しばしば行啓あらせられたりとぞ。昔の武蔵野むさしのの面影、そのまま今に殘りて、とこしへに大御心をしのびまつるも、いとかしこしや。