刑事訴訟法改正案の要旨/序論
茲に述べますることは草案の要旨に過ぎませぬ。私は法律取調委員の末席を汚しまして、花井、豊島、両博士と倶に起草委員を命ぜられまして此草案の立案に従事致しましたのでございます。起草委員の末席を汚しましたる理由より致しまして此重要なる法案の御話を致すことに相成りました次第でございまするが、固より浅学菲才のことでございまするから、申上げますることも寔に拙うございまして或は各位の御満足を得ることはむずかしいということを心配を致して居ります今日申上げますることは両起草委員と大体に於きまして協議を遂げました結果でございます。尤も自分一己の説を少しも言うことは出来ぬということになりましても寔に不自由でありますから、或は時に脱線致しますることもあるかも知れませぬ。併し其際は必ず是は自分一己の説であるということは御断りを致しまする積りでございます。尚お自分の申上げますることに就きましては足らざる点が多かろうと考えます。是等の点に付きましては幸い今日は花井博士も此席に居らるることでございますから、充分補正せらるることを願うのでございます。又豊島博士は今日此席に居られませぬが、同博士にも足りませぬ所を補われるように自分より依頼を致す積りでございます。
此刑事訴訟法草案の要旨に就きまして御話を致しまする順序は、草案の編並に章を逐いまして、順次に申上げるのが最も適当であろうと考えて居りまするが併ながら序論と致しまして此草案の編纂せられまするに至りました来歴、それから此草案に於きまして採りましたる所の主義の大体、それから此草案の編別即ち現今の刑事訴訟法の編別を変更致しましたる点、是等のことを各編各章の説明を致しまする前に申上げて置きたいと考えて居ります、尚お之に加えまして本編に入りまする前に御注意を乞いたい点もございますから、此点も序論の中に加えて御話を致して置きたいと考えるのでございます。
- 序論
第一 刑事訴訟法草案の来歴
編集先ず第一刑事訴訟法案の来歴のことを大体御話を致したいと考えます。今日実施せられて居りまする所の刑事訴訟法は、御承知の如く明治二十三年に制定せられたるものでございまして、司法当局者は実施以後数年にして既に之を改正致さなければならぬという考を起したのであります。是が為に委員を設けまして其調査に従事せしめたのでございます。各委員に於きまして調査に尽力をせられましたる結果、明治三十一年に一応の草案を得るに至ったのでございます、是が即ち司法省案と称えましょうか、司法省で出来ました草案であります。然るに明治三十二年に至りまして刑事法の改正事業も他の法律改正事業と同じく、法典調査会の調査に移されまして、それで此刑事訴訟法も刑法と共に法典調査会の調査に附せらるることに相成りましたのでございます。法典調査会に於きまして審議を重ねました結果、明治三十四年の三月に至り改正案の稿を脱しまして同年の五月之を公表するに至りました刑事法の審査は法典調査会廃止後司法省に於いて継続して居りましたが数年を経て、明治四十年の四月に至り刑法改正の事業が完成致しまして現行刑法の成立を見るに至ったのでございます。此現行刑法の制定と同時に法律取調委員会というものを新に司法大臣監督の下に置かれまして、其法律取調委員会に於きまして刑事訴訟法改正の審議を開始するに至りました、それで四十年審議を開始致しましてから本年に至りまするまで其審査を継続致しまして十二月の六日起草委員の手に成りましたる所の刑事訴訟法改正案というものを公表せらるるに至ったのでございます。光陰矢の如しで指折数えますれば、刑事訴訟法改正の事業に着手致しましてから本年に至りますまで二十有余年の星霜を経て居ります。其間改正の事業というものは幾多の変遷を経て居りまして、此改正事業に従事せらられて非常に御尽力になりました人々というものも頗る多いのでございます。其中には既に故人と為られましたる人もございます。又今日尚継続致しまして此改正事業に従事して居らるる人もございます。是等の人々は此事業の為めに尽瘁せられましたることは実に非常なものでございまして、今日此成案を得るに至りましたことは、是等の人々の御尽力に依るものでございまして、我々は深く感謝の意を表さなければならぬことと考えて居ります。
偖て本案の法律取調委員会に於て調査をせられ、此草案を成立せしむるに至りましたるまでの順序を概略御話を致しますれば、最初法律取調委員会に於て審査の順序を定めまして曩に申上げました法典調査会の草案を基礎と致して審査することになりましたのでございます。而して刑事訴訟法改正の主査委員会というものが出来まして、即ち穂積先生の委員長の下に組織をせられましたる所の主査会でございます。此審査が主査委員の手に移されたのでございますそうして総会の決議に依りまして此主査委員会の決議を基本として起草をする。即ち主査委員会で決議致しましたる事項を起草委員に於て立案するということに大体極っていたのでございます然るに主査委員会の審議に於きましては具体的に決せられましたる事項もございまするし、又概括的に範囲を定めまして其範囲内に於て起草委員に一任せられましたる事項もございます。それから又事柄に依りましては全く主査委員会に於て決議をせられて居らない事項もありまして、要するに起草委員に於て立案を致しまして、更に審議をする斯う定まりました事項もあるのでございます。要するに主査委員会に於て決議致しました事項というものは右申す通り三様あるのでありますそうして主査委員会に於きまして決議致しました事項の中に特に重要と認めまして総会の決議を経て居るものもございます、併ながら大部分は未だ総会の議には上ぼらぬのでございます。 偖て主査委員会に於きまして決議しましたる事柄が右申しましたる通りになって居るのでございまして、先ず第一具体的に決議しました事項、是は主査委員会の決議と視て宜しいのでございます。併ながら主査委員会は前の決議に必ず拘束せらるるということにはなって居りませぬから、後の主査委員会に於きまして再び審査を致しまして、之を変更するということは勿論出来ることになって居るのでございます。それから第二、第三の概括的に決しました事項でありますとか、或は全く事柄を決定せずして起草委員に一任して然る後に再び審査をする。斯く極めてした事柄とかは、未だ主査委員会の案として確定して居るものと視ることは出来ない。之に加えまして起草委員の見込に依りまして、未だ全く主査委員会の決議に上って居らぬ事項を其上に附加致しましたることもあるのでございます。斯の次第でございまするから我々起草委員に於きまして立案致しましたる草案というものは主査委員会の決議に大体は基いて居りまするけれども、主査委員会の案であるということを申すには余程遠いのでございます。唯今は再度の主査委員会を開始せられまして此草案は再度の主査委員会の審議に附せられつつあるのでございます。主査委員会の審議が結了致しますれば之を総会の議に附する斯様な順序に相成りますのでございます。即ち主査委員会の審議を経、之を総会の議に附し、総会の決議を経た上で始めて法律取調委員会の案となるのでございます。斯様な次第でございまするからして、此草案は真の未定稿であるのでございます。
今回司法省に於きまして此未定稿を公表せられましたる理由は各方面に於きまして各法曹諸君の御意見を承りまして、有益なる材料を得まして将来開かれまする所の主査委員会並に総会の参考に致したいと、斯ういう考であろうと自分は考えて居ります。各位に於かれましては此案に対しまして御遠慮なく御批評を下されまして、当局者の希望に副われるように致したいことを自分共に於ても切に希望致しまする次第でございます。
此来歴のことを詳しく御話を致しますれば非常に長いことにも相成りまするから、極めて大略丈けを申して置いたのでございますが、或は他日此経過を公にせらるることとなりますれば、其際今少補うて置く方が宜かろうかと考えます。
刑事訴訟法改正の理由はどうであるかという質問が必ず生じなければなりませぬ。此理由は固より一言を以て尽すことは出来ませぬ。種々の理由があろうと考えまするが、併ながら其理由の最も解り易く、且又最も大切なことは刑法の改正に伴うて、どうしても刑事訴訟法は改正を致さなければならぬということである。
詰り実体法が既に変りましたのでございますから、之に伴う所の手続法たる刑事訴訟法はどうしても之に随伴して往かなければならぬということは睹易いことであろうと考えます斯様な次第でございますからして、司法省に於きまして審査を致しまする時でありましても、法典調査会に於て審議致して居りまする時でありましても、刑事訴訟法の改正というものは始終刑法の改正と対照して審査せられて居ったのでございます。而して先に申上げまする如く、明治四十年に刑法は改正せられて仕舞ったのでございます。旧刑法廃せられて現行の刑法が成立致しましたる以上は。新法の運用を完全ならしむる為めに手続法たる刑事訴訟法改正の必要に迫りましたることは是は争うべからざることでございます。でございまするが大法典のことでございますから、此改正事業を完成するということはなかなか一朝一夕の業ではございませぬ。刑法が改正せられたから、直ぐ刑事訴訟法を不都合のないように改めようと申しました所が、なかなか是は容易に出来ない話でございます。でございまするから新刑法の実施せらるるに至りましては、暫く刑法施行法を以て急に応ずることと致しまして、先ず刑法施行法を以て刑法を運用する為めに欠くべからざる事柄だけを規定致したのでございます。即ち現行刑事訴訟法の条項の中で、どうしても新刑法に照し合せて運用の附かぬという点丈けを変更致したのでございます。此の如く刑法施行法を以て急に応ずるの手段を講じまして、一面に於て此刑事訴訟法改正の事業を進行致しまして、今日に至りました次第でございます。
それならば刑法の改正に伴うて刑事訴訟法の改正を必要とする点は何処に在るかということを極くかい摘んで申しますれば、旧刑法と新刑法は基本観念に於て大分違って居る所がある。現行刑事訴訟法は旧刑法の根本観念に基いて規定せられたるのでございますから、新しい刑法の基本観念と背馳する所は多々あるのでございます。それでありますからどうしても是は変えませぬというと運用の附きませぬ箇所の多いということは明瞭であろうと思う。誰しも直ぐ分ることでございますが、旧刑法に於ては重罪、軽罪、違警罪の区別が存在を致しておりましたが、新刑法に於ては之れを全く廃して仕舞った現行の刑事訴訟法は重罪、軽罪、違警罪の区別を本にして編纂せられた所の条項に富んで居るのでございます。此区別を基本として定められましたる条規というものは当然変更せねばならぬということは是は明瞭なことであろうと考えます。それから殊に注意すべき点は新刑法は御承知の如く裁判官の裁量に重きを置いて居る。各場合に臨んで裁判官の裁量によって適当な処分をさせるということに重きを置いて居ります総ての罰条というものは極めて概括的になって居る。それから刑罰の範囲はどうであるかというと、此範囲も非常に拡張せられまして、其間に於て裁判官の自由裁量に充分なる余地を与えて居る。殊に旧刑法に比して著しく改正を致しました点は、刑の執行猶予の制を認めたる点、即ち罪あれば必ず刑ありということに一つの重要なる例外を認めたのでございます言換えて見ますれば、新刑法は旧刑法に比しますれば、法を運用する人に重きを置いて居る。勿論法夫れ自身に重きを置いて居ることは言うを俟たぬ話でございまするが、法自体に重きを置くと共に、之を運用すべき人に重きを置いて居る。旧刑法と雖も決して人に重きを置かぬというのではございませぬけれども、新刑法は旧刑法に比しますれば、重きを置く所の程度というものが遥に進んで居ると云わなければならぬ。即ち運用する人の自由裁量の範囲を拡めまして、刑政の実を挙げようという趣旨が余計に含まれて居ると申さなければなりませぬ。此の如き観念に基いて制定せられて居りまする所の刑法でございまするから、此立法精神というものは矢張り刑事訴訟法に移して来なければならぬ。即ち運用の任に当る所の裁判官、検察官の権能、並に裁判官、検察官が其権能を行使するに当って遵守致します所の手続に就ても、之に応ずる所の規定をせなければならぬのでございます。例を以て申しますれば、実体法たる刑法に於て刑の執行猶予の制度を認めた、そう致しますれば執行猶予に関する手続も当然規定してなければならぬが、現行の刑事訴訟法には全くない。
それから又刑の執行猶予の制度を認めまして所謂罪あれば必ず刑ありという原則に例外を認めましたる以上は同じ精神を以て検察官にも犯罪のありました場合に之を訴追するや否やに就きまして、選択取捨するの権を与えなければならぬということは当然のことであろうと思う、此の如き原則を認めようと致しますれば、どうしても現行の刑事訴訟法の手続では不完全でございますから、斯ういう点に就いても刑事訴訟法の改正を致さなければならぬということも明瞭な次第であろうかと考える。此の如きことは刑法改正に伴いまして刑事訴訟法をどうしても変えなければならぬということの事例の一端でございます。其他探究を致しますれば種々の点があろうと考えますが此の如きことは寧ろ改正案の各編各章のことを説明致すに当って申上げたる方が適当であろうと考えますから其方に譲りまして爰では詳細なことは申上げぬことに致します。
刑法、刑事訴訟法の草案の来歴に就て申上げますることは是れ位の所に止めて置きまして、次に本案に於ける刑事訴訟法上の原則、此事項に就きまして大体のことを申上げたいと考えます。
第二 本案に於ける刑事訴訟の原則
編集固より原則と申しますれば総ての規定を綜合致しまして始めて之を会得すべきものでございまするからして此法律に於てどういう原則を採用して居るとかいうようなことは、是は寧ろ学者の研究に属すべきことでございまして、立法者は此法律は斯ういう主義の下に起草したのであるというようなことは申さぬでも宜いことであろうと考えまする。けれども改正案の趣旨を明かに致しまするには各編各章の説明を致しまする前に本案の基本と致して居る所の観念は大体申上げて置く必要があろうかと考えるのでございます。でございますから其必要の範囲内に於きまして此草案に於て採用した原則の大要を述べて置きたいと考えます。是は大体二つに分けまして、訴追に関する原則と、それから審判に関する原則と此二つに分けて申上げました方が便利であろうと考えますから、其順序に依りたいと考えます。
一 訴追に関する原則
編集訴追に関する原則に就て先ず申上げます。
甲 職権訴追主義 是は申上げるまでもなく、犯罪訴追は国家の代表者たる検事の全権に属するという主義である。此職権訴追主義は現行犯に於きまして例外なく採用して居る所の主義でございます。御承知の如く外国に於きましては犯罪訴追の権を個人に属せしめて居る所がありますそれから又範囲を限定致しまして個人の訴追権を認めて居る所もある。即ち被害者に訴追の権利を法律上与えて居る国もあるのでございます。我邦に於きましても御承知の通り、現行刑事訴訟法の前に行われて居りました治罪法の下に於きましては矢張り個人の申立に依って公訴が成立する。即ち検事が介在せすに刑事訴訟法の成立する場合が認めてあったのでございます。然るに刑事訴訟法の制定と共に公訴の提起権は検事に専属することに相成ったのでございます。此草案に於きましても矢張り現行刑事訴訟法の原則を維持致しまして、職権訴追の主義を例外なく認めたのでございます。個人の損害に対する救済というものは総て私訴の方法に依ることに致しまして、個人には全く訴追の権利というものは認めなかったのでございます、此主義を例外なく採用したいということに就きましては蓋し議論のあること又議論のあるべきことと自分は考えて居ります現に今日外国に於きまして個人の訴追権を認めて居る。或は個人の損害を救済するに就ては之を必要とするのではないかという議論は必ずある。併し此個人を救済するに就て個人の訴追権を認めるということが適当であるか、或は此救済を充分に致しまする為めに今日被害者の有して居りまする所の告訴の権利此の告訴の権利に関して或規定を設けまして、其欠点を補うことに致すのが却って良い方法ではないか、斯ういう論もあると思う。是等の点は余程研究をせなければならぬことであろうと考えますが、兎に角此草案に於きましては職権訴追主義を絶対に認めまして、之に対しては少しも例外が無い。どうぞ是は充分御研究を願いたいと思います。
乙 弾劾式主義 次に認めました原則は所謂弾劾式主義即ち犯罪訴追は総て弾劾の方式に依らなければならぬということでございます。所謂不告不理の原則を徹底致しまして、国家の代表者たる検事が原告の地位に立って訴追を致しませんければ、絶対に刑事の審判というものを為すことは出来ぬ。言換えて見ますれば、職権訴追主義を弾劾の形式に依って遂行するということである。此主義に対しましては先ず現行法に於ても大体は認めて居るのでございまするけれども、現行法には例外があります。即ち現行法に於ては附帯犯というものを認めて居る。附帯犯に就ては検事の起訴がなくても、裁判所が自ら追及して之を審判することが出来るそれから又予審の章を見ますれば、予審判事が検事に先って重罪、軽罪の現行犯あることを知りましたとき、検事の訴を侍たずに追及が出来る。それから訟廷で偽証罪を犯しました場合には、裁判官は検事の公訴提起を待たずして之に追及することが出来る。斯ういう規定になって居る。是等は現行法に於て認めて居る所の梗概でございます。此草案に於きましては斯の如き例外というものは全く必要の無いものと認めまして之を廃止致したのでございます。此草案に於きまして所謂不告不理の原則を認めて居りますから、此原則を完全に貫徹致しまする為めに公訴の提起には必ず被告人を指定せなければならぬ。斯ういう法則を置きました。即ち是は三百条に規定してございます。即ち三百条に「公訴を提起するには被告人を指定し犯罪の事実及び罪名を示す可し」即ち被告人の指定というものが公訴の欠くべからざる要件になって居るのでございます。現行法では此点に例外がございまして被告人を確定せずして公訴を成立せしむることの出来る場合がある。本案は少しもそういう例外を認めない。
弾劾の形式に依らなければならぬという主義を認めましたる結果、一面に於て被告人の訴訟当事者たる地位を明かに致すことが必要である。即ち弾劾訴訟に於きましては被告人というものは所謂防禦の主体であって糾問の客体でないということは明かであろうと思う。本案に於きまして此事を明かに致しまする為めに現行法規に改正を加えました点は少くないのでございます。其最も注意せねばならぬことは被告人の訊問に関する規定でございます。即ち百三十一条の眼目とする所はどういう点であるか、被告人の訊問は之を糾問の客体として自白を求むるというのではない。之を防禦の主体として応答弁解を為さしむるということが本旨である。是は即ち百三十一条の要旨であろうと思う。従って後段に書いてありますることは被告人に陳述を強要するというのが趣意ではない。弁解の機会を与えなければいかない、要するに弁解の機会を与えないということは被告人の訴訟当事者たる地位に牴触する。斯ういうことを示した条文である、是は即ち弾劾訴訟に於て極めて重要なる法規であるのでございます。是は後にも申上げたいと思いまするが、現行の刑事訴訟法でありますると、被告人の訊問というものは予審の章に規定して、証拠調べの一つの方法であるように見える、併し此草案は被告人の防禦権というものに重きを置きまして、防禦権行使という見地から規定を致して居る。即ち此条文の如きは弾劾式訴訟を認めましたる結果、被告人の当事者たる地位を確保致す趣意に出て居るものでございます。其他条文を彼方此方見ますれば直きに分ることでありまするが、被告人の抗告権も現行法より拡張せられて居る。被告人の上訴権抛棄の権利も草案に於て認めました。是等は被告人の訴訟当事者たる地位を明かに致しました点で、現行法を補正致しました主要の部分でございます。
先ず刑事訴訟に就きまして弾劾式を法則と致して居りますることは前申した通りでございまするが予審に付ては然らばどう規定を致したか是は後で予審の所で少しく詳細に御話を致したいと思って居りますが、爰では概略丈け申上げて置きたいと思います現行法は予審に就ても矢張り弾劾の形式を大体取って居ると考えまするが、併し本案では予審に就ては全く弾劾の形式を捨てたのでございます。即ち予審は其実質捜査である、其目的というものは此事件は起訴して良いか悪いか、之を決する為め必要な資料を彙集するということである。此の如き目的を以て予審を致すのでありますから本案に於きましては之を全く弾劾式訴訟という部類から引離しまして起訴前の手続にした現行法の言葉を以て申しますれば、公判に附して良いか悪いかということを調べる。本案の言葉を以て申しますれば起訴すべきであるや否やということを決するのでございます。そういう次第でございまするから、本案に於きましては被告人のまだ定まらぬ中にも予審の請求が出来る。即ち事実に依って予審の請求が出来る。被告人の誰たるは確定せぬでも宜しい、斯ういう主義を取った。例えば先達て起りました有名な事件でございまするが軽井沢で強盗が入って宣教師夫婦を殺害して金を奪って逃げた。検事は其犯罪の有ったことは明瞭に存じて居りまするけれども、何人が犯したということは分らない。男であるか、女であるか、日本人であるか、外国人であるか分らない。若し被告人を指定せなければ請求が出来ぬというならば斯ういう場合には予審の請求は出来ぬことになる。けれども予審は事実に基いて請求の出来ることに致しましたからそういう場合には被告人を指定せぬでも宜しい。詰り被告人を定めるのが予審の一つの機会になる。斯様なことに極めまして、此草案に於ては予審には全く弾劾の方式を取らぬことに致したのでございます。是は予審の所で尚おもう少し詳しく申上げたいと思います。唯一言御断りを致して置きませぬければならぬことは、予審は実質捜査であって、弾劾の形式に依らぬ。斯う言えば検事、司法警察官の職務に属する事項と違わないではないか。斯う言う疑問が起るかも知れない。併し之に付ては此草案に於きまして最も注意を加えまして、検事、司法警察官の職務とは分界を立って居る。それはどういうことであるかと言えば、成程予審は弾劾の形式に依って起るものではありませぬが、併ながら兎に角裁判官の為す所の司法手続、裁判官の職権に属する所の一つの司法手続である。斯ういうことは決して動かないそれでありまするから検事が請求を致さなければ決して予審は起らない。検事の請求の手続が違法であれば予審判事は其請求を却下することも出来る。斯様な次第でございまして、決して検事、司法警察官の職務と混同すべきものでない。二者の間には、明確なる分界のあるということは御注意を願って置きたいと考えます。
丙 任意主義 第三に本案で採用致しました主義は所謂任意主義である或は便宜主義とも申して居ります。現行法では一体どういう主義を取って居るかということは今日学者の間には議論のあることであろうと考えます。現行刑事訴訟法の六十二条に「重罪と思料したる事件に付ては予審を求む可し」「軒罪と思料したる事件に付ては其軽重難易に従い予審を求め又は直ちに其裁判所に訴を為す可し」それから六十四条の二項には「被告事件罪と為らず又は公訴受理す可からざるものと思料したるときは起訴の手続を為す可からず」斯ういう風に書いてある。是等の条文から推しまするというと、犯罪があれば必ず起訴をせい、斯ういう解釈に帰着するように明文上見えるのでございまするから、現行刑事訴訟法は所謂合法主義を取って居る。斯う論ずる人が多いのでございます。けれども実際は合法主義に依って居らない。実際のことを申上げますれば今日捜査に依りまして犯罪の嫌疑が充分である。或は検事が直接に之を認知する。或は司法警察官の取調に依って之を認定する。斯の如き場合に於て犯罪ありと思料しながら、之を不起訴にする事件というものが非常に多い。殆ど検事の半分の仕事は起訴しない方の取調に費して居る。久しく斯様に致し来って居るのでございまして、議論としては或は現行刑事訴訟法は合法主義を取って居るということも言えるか知れませぬが、実際の取扱に於ては便宜主義に依って居るということは明瞭である。実際の結果はどうであったかと言えば、極めて良好の結果を生じて居ると思う。実際今日世の中に行わるる所の犯罪というものを悉く起訴致しましたるときには決して今日の監獄で囚徒を収容し切れるものでない。又今日の裁判官が悉く之を審理するということは出来ない。法律の正条から言えば、犯罪になりまする事件で之を処罰するの必要が無いと認めましたものは総て之を不起訴にして居る。即ち今日起訴猶予と之を云って居る数という者は夥しい者で一は実際の必要に基くのである。此草案に於きましても矢張り便宜主義を至当と認めまして、其主義を二百八十九条に示して居ります。即ち「犯罪の情状に因り訴追を必要とせざるときは公訴を提起せざることを得」即ち明白に合法主義に依らぬものであるということを表示致したのでございます。
斯の如く犯罪訴追の基礎を便宜主義に取りましたのでございますから、此主義を一貫致しまする為めに検事に公訴の取消を認めました。それから又上訴の抛棄権、又取下権を検事に認めた。現行法に於ては一旦起した公訴を取消すことは許さない又一旦提起致しましたる所の上訴を取下げるということも許さない。予め上訴権を抛棄するということも許してない。本案は便宜主義を取りました其趣意を貫徹する為めに此の如く公訴の取消権、上訴の抛棄、取下権を検事に認めたのでございます。(二九一条、三五七条)是は草案に於きまして規定致しました理由でございまするが、併し公訴の取消、上訴の抛棄、取下を無制限に検事に認めるということは立法上当れりや否や。此問題は余程研究を要さなければならぬと思う。是は余程其草案に於ける重要な問題であろうかと考えて居ります。 訴追に関しまする原則の方は是で終ることに致しまして、今度は審判に関して、どういう原則を取ったか、此事を申上げたいと思います。
二 審判に関する原則
編集甲 職権主義 是は現行法も同様でございます。本案に於きましては審判に就て職権主義を取る点は現行法と差異はないのでございます。即ち裁判官には事実の真相を発見致しまして刑罰権を確定するの職権もあるし職務もある。此職権及び職務を完う致しまする為めには裁判官に於て自ら訴訟の進行を図ることが出来なければならぬ。又自ら訴訟材料を蒐集するの権利を有さなければならぬ。是は審判に付て職権主義を貫く為めには最も必要なことでございますから、此原則を貫きまする為めに現行法の不備を補正致しましたる点が此草案に於ては多いのでございます。即ち此草案に於きましても現行法と同じく訴訟関係人を裁判所が呼出すことが出来る(三〇四条)被告の訊問、証拠調も出来る。是等の点は現行法と変りはございませぬが公判期日前に取調準備の為めに種々の手続を規定致しましたる点が現行法と異って居る。即ち公判の章、二百十一条三百十二条あたりに規定して置きましたが、期日前に証拠書類の提出を命ずることが出来る。急速を要する場合には期日前に鑑定を為さしむることも出来る。検証、押収捜索をすることも出来る。現行法では期日前の取調ということに付ては規定がない。唯僅に検証が出来るという規定丈けはございます。詰り此点に於きまして現行法の規定というものは実は不完全であるそれで本案に於きましては補正の必要を認めまして右の如く公判準備に関する規定を設けたのでございます。それで現行の刑事訴訟法を見ますると、区裁判所では被告人が自白をした場合には他の証拠を取調べるには及ばぬという規定がある。斯ういう規定は此草案では全く除いて仕舞った。是は申上げるまでもなく、裁判官は所謂職権主義に依って実体的真実を発見せねばならぬのでございますから、自白に羈束せらるるということは勿論ない。現行法の区裁判所の公判に関する規定でも、自白に羈束せらるるという意味はありますまいけれども、自白をすれば他の証拠を調べぬでも宜いということは実体的真実を発見せねばならぬという主義とは牴触する嫌がある。少なくとも牴触する疑を生ずる嫌はあろうと思いますから、斯ういう規定は全く省きました。
それから今一つ職権主義を本案に於て余程大胆に貫いて居る規定があるそれはどういうことであるかと申しますると、現行法では控訴裁判所に於きましては被告人若くは弁護人の控訴をした場合に、又は検事が被告の利益の為めに控訴をした場合には現判決を被告の不利益に変更することが出来ずという規定がございます。此草案に於きましては此規定を除いたのでございます。即ち控訴裁判所に於きましても当事者の申立には羈束せられない。検事の申立にも被告人の申立にも羈束せられぬ、此原則を貫いたのでございます。是は現行法に対しまして非常な改正であろうと思います。そんなら所謂不変更主義というのか、全く草案に於ては無制限であるかと尋ねますると、全く無制限ではない。それはどういう点に於て制限せらるるかと申しますると第一検事に控訴の取消権を認めて居る。検事並に被告人に上訴の抛棄、取下権を認めて居るのでございます。是は所謂不変更主義即ち原被告に於て任意に訴訟の目的物を増減、変更若くは消滅せしめることは出来ぬ。という主義に対する一つの重要な制限であると考えます。併し是は他の主義を貫きまする為めに当然生ずる所の制限でございまして大体には影響なきものであります。
乙 直接審理主義 直接審理のことに付て一言申して置きたいと思います。判決裁判所は裁判の材料を直接に認識しなければならぬ。此原則は本案に於て之を認めないというのではございませぬが、併ながら其程度は現行法と変りはない。若し直接審理主義を極端に貫きましたならば、一切の証人は公判廷で調べなければならぬ。現場は公判判事自ら調べなければならぬ。証拠物は公判判事が自ら之を調査せねばならぬ。斯ういう極端な直接審理主義というものはどうしても我法制の下に於て実際行うということは困難である。それでありまするから矢張り現行法と同様に予審調書でありますとか、其他の証拠書類は之を朗読し、又は要旨を法廷で告げまして裁判の資料とすることが出来る。無論取調べざるものを資料とすることは出来ぬ。矢張り口頭弁論に於て法廷に現われたものでなければならぬということは勿論でありますけれども、所謂直接審理主義を極端に貫徹するということは致さなかったのでございます。直接審理主義を極端に遂行するのが良いか悪いかということは是は一つの問題であろうと思うのでございますが、併し我邦に於きましては先刻申上げる通り、今日の状態に於ては余程困難であるということは御注意を願わなければならぬ、裁判所の管轄区域というものは極めて大きい。それから一切の事件に付て控訴を許すということになって居る、若し裁判所の数でも余計にしまするとか、或は控訴に付て制限でもするとかいうようなことになりますれば実際行うことが出来るかも知れませぬが、事実上今日の状態では極めて困難であるということは御注意を願って置きたいと思います。
丙 控訴の審判に関する原則 次は控訴の審判に付ての原則でございます。是に付ては学問上から申しましたらば種々な議論が出るであろうと思います。或は覆審とすべきであるとか。或は続審とすべきであるとか。第一審と同じように更に其事件を審判するのであるか、或は又第一審裁判の当否を審判するのであるか。斯ういうことに付ては議論のあることと考えまするが。此草案に於きましては覆審主義を取りました。第三百七十六条に「控訴裁判所は被告事件に付き更に判決を為す可し」期ういう規定を致しました。現行法では御承知の如く「控訴裁判所控訴を理由なしとするときは控訴を棄却す可し」控訴を理由ありとするときは第一審裁判を取消して更に裁判する斯ういう規定になって居る。此草案は総ての場合に更に裁判をすることに致しました。現行法の下に於ては控訴審に於て取消した場合は控訴の裁判が確定することは明かであるが、控訴を棄却したときには一審の裁判が確定するのか、二審の裁判が確定するのかということの疑いがある。今の取扱は第二審の裁判が確定して之を執行することに致して居りますが、実は疑問であろうと思う。今度の草案では総ての場合に第二審の判決が確定する、第二審の判決を執行するという結果になるのでございます。
草案で認めました主義に付ての説明は大体之に止めて置きたいと思います。勿論此主義主義と申しました所で、必ず一つの法典に於て一つの主義を一貫せぬければならぬということはない。大体に於て一つの主義を認めましても、之に対する例外というものは必要に応じて認めなければならぬということは明白なことであろうと考えます。以上申上げました主義に付ては或は斯ういう例外を設くることが、実際上必要である。斯ういう制限を置かぬければならぬというような議論は多々あることと自分は信ずるのでございます。是等の点に付きましては各位の御考慮を煩わしたいと思います。(末完)
第三 本案の組織
編集一 先ず編別の事から申したいと思います。草案は是を九編に大別しました。第一編は総則でありまして十六章に為って居ります。第二編は第一審の規定でありまして是を四章に別けてあります。第三編は上訴に関する規定でありまして是も四章に為って居ります。第四編は大審院の特別権限に関する訴訟手続第五編は再審第六編は非常上告第七編は略式手続第八編は執行に関する規定であります。是等の数編には何れも章を置てありません。第九編は私訴に関する規定でありまして是を別けて三章としてあります。尚各章の表題に付きましては目次を一読すれば明かでありますから爰に述べる事を省略致します。
二 次に申述ぶべき事は草案の組織と現行法の組織との比較であります。
- (一)現行法は裁判所と題しまする一編を設けまして其中に管轄、除斥及び忌避、回避の規定を置いてありますけれども草案は総て是を総則の中に収めました。
- (二)現行法は犯罪の捜査、起訴及び予審を併せまして独立の一編と為しましたけれども草案は是を第二編の規定中に網羅する事に致しました。
- (三)草案の現行法と非常に異って居りまする点は現行法に於きましては予審を基礎として被告人の召喚、勾引、勾留に関する規定、被告人の訊問に関する規定、証拠集取に関する規定即草案に於ける所の被告人の召喚、勾引、勾留、被告人の訊問、押収、捜索、検証、証人訊問並鑑定に該りまする規定を網羅して居りますけれども是等の規定は固と固と予審手続に固有なものではありませんから、是を予審の章に置くは不条理の次第でありまする故草案は現行法の此組織を改めまして総則中に裁判所を本位として其規定を設けまして予審及び各審級に共通すべきものと致しました。其結果予審の章には予審に特別固有なるもの丈けを置く事に致しました。
- (四)此草案に於きましては総則中の一章として訴訟能力に関する規定を新に設けました。此規定は現行法には全く実質を存じないのであります。
- (五)草案の総則中に弁護及保佐、裁判、書類、送達、期間、通訳、訴訟費用の章があります。現行法には斯様の表題はありませんので、各所に散在して規定を致して居ります。それを草案は独立の章に集めまして補正を加えました。
- (六)現行法に於きましては公判の規定を独立の一編と致しまして是を通則、区裁判所の公判、地方裁判所の公判の三章に別けてありますけれども、草案は是を捜査、予審及起訴と共に第二編中の一章としまして其中に総ての規定を包容致しました。爰に注意の為め申述べて置きたい事は草案には現行法中にありません所の公判の準備に関する規定を設けた事であります。外国の立法例には公判の準備手続を公判の手続と区別して居りますが草案は之に傚いませんで公判の表題中に総て包括致しました。
- (七)現行法に於きましては非常上告の規定を上告の規定に附加して居りますけれども草案は之を分離しまして各独立の一編と致しました。
- (八)刑事略式手続は簡易な刑事手続でありますからして草案に置きましては之を刑事訴訟法中に編入致しました。
- (九)最後に私訴に関しまする規定は現行法に置きましては公訴の手続に関する規定と錯綜してありますが草案は独立の一編を設けまして悉く此中に集めました。
補遺
編集本論に入りまする前に注意迄に尚申述べて置きたい事があります。申す迄もなく刑事訴訟は公益に関係があると同時に個人の利害休戚に直接の関係があります。夫故に立案に付きましては此点は公益の維持と個人の保護と此の両方面に渉りて充分なる注意を致し各場合を想像して審議を遂げまして遺漏なからん事に力めました。今爰に其事例を挙げまする事は無用の事でなかろうと存じます。
- (一)前申述べました如く被告人の当事者たる地位を確かに致しまして訴訟主体としての防禦権を完全に行わしめまする為め大に現行法の規定に改善を加えました。
- (二)刑事手続に於きまする所の人と物とに対しまする強制処分に付きましては現行法よりも遥に精密にして厳格なる規定を設けまして公益と私益との保護に付きまして偏軽偏重無き様に注意を致しました。其例を申して見ますれば(甲)勾留の条件を限定しますると同時に其条件が消滅しました時には勾留を取消すべきものと致しました。尚現行法に於て認めました保釈責付の外に被告人の居所を制限しまして、勾留の執行を停止する事が出来まする規定を設けました。又勾留保釈の決定に対しましては抗告を為す事が出来る事に規定してあります。殊に注意を致すべき事は勾留したる被告人の接見禁止其他外部との交通禁止に付きましては罪証を湮滅し又は逃亡を図るの虞ありまする時に限り是を為す事が出来る事と致した点であります。現行法は何時にても必要を認めました時には此処分が出来ます有様になって居りますが、草案は右の如く制限を設けまして必要を超えて人の自由を奪う事の弊害無からしめん様に致しました。(乙)被告人以外の者に対しまする押収捜索に関しまして制限を致し其他総ての押収物に付き留置の必要がありませんときは事件の終結を待たずして還付することの出来る様に致しました。是等は住居権及所有権の保護に注意を致した点であります。
- (三)予審に弁護人を付する事に致しまして予審の起きた後は被告人に於て弁護人を用いる事が出来まする様になって居ります。予審の弁護人は検事の立会う事の出来まする証拠調に立会い又必要と認めます予審処分を請求する事が出来るのであります。又公訴提起後に於きましては弁護人と被告人との接見信書の往復を禁ずる事は出来ません様に規定しまして弁護権の行使に支障なき様に定めました。
- (四)右の外(甲)証言拒絶の権利を現行法よりも拡張致しまして被告人の親族又は被告人と後見人、後見監督人、保佐人たる関係のあります者に証言拒絶の権利を与えました。尚証言が証人及其親族若は証人と後見人後見監督人、保佐人たる関係ある者の恥辱となり又は財産上に重大な損害を生じ若は刑事の訴追を受くる原因と為すべき虞のありまする時は証言を拒絶する事を得る事となって居ります。(乙)罰金以下の事件其他別段の定のありまする以外に於きましては被告人の出頭なくして開廷する事は出来ませんものと致しまして闕席判決の制度を廃止致しました。(丙)非常上告及再審の条件を拡張致しまして無辜を救済する事に力めました。其他個人の保護に留意して規定した点が少くありませんけれども本論に於て説明する事に致しまして爰には是丈けに止めて置きます。
以上述べました処は本案に対しまする大体の観察であります。爰に尚一言致したき事は各章各条の規定を見ますれば或は文字の修正に止って居りまする部分もあり或は其実質に変更を加えた部分もあります。其中実質に最も多く変更を加えました例は管轄であります。管轄に付きましては無用の限界を除きまして事件の併合、分離及移送、移付を自在に致しまして実際の便益に適応せしめました。又予審を起訴前の手続と致しまして実質に一大変更を加えました公訴に付きまして任意主義を採用致した事を明瞭に規定しまして現行法の曖昧なる所を明に致しました。而して検事の公訴取消及上訴の取下並抛棄を認めまして任意主義を一貫致しました。其他公判の準備に関しまする規定を新設しまして公判の審理を便宜にしまして職権主義の貫徹を計り又再審の原因並に手続に付き詳密なる規定を置きまして現行法の欠点を補い私訴の手続に改善を加えまして各場合に順応して公私の便を計るに力めました。是等が現行法の実質に大なる変更を加えた部分であります。斯る点に付きまして学理上の研究を必要とする事は勿論でありまするが実務上の見地より致しましても仔細に考究を遂げまして当否を甄別しまする事も亦大に必要と信じまする。各位に於かれましても充分御研究の上最も公平なる批判を加えられまして立法の資料を供せられん事を望む次第で御座ります。此事は私のみならず司法当局者並に草案の審査に従事致しましたる各員の切に希望致す所であります。
この著作物は、1952年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)70年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。
この著作物は、1929年1月1日より前に発行された(もしくはアメリカ合衆国著作権局に登録された)ため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。