『東京名勝日曜遊び 公園唱歌』(1909年) 編集

〔東京名勝日曜遊び〕公園唱歌
大和田建樹 作歌
小山作之助 作曲

六日(むいか)つとめて樂(たの)しくも  一日(いちにち)あそぶ日曜日(にちえうび)
幸(さいはひ)散步(さんぽ)によき天氣(てんき)  電車(でんしゃ)に乘(の)らんか步(ある)かんか

春(はる)は木每(きごと)に咲(さ)く花(はな)の  雲(くも)の上野(うへの)の公園地(こうゑんち)
森(もり)おくぶかく園(その)ひろく  聲(こゑ)さへかをる時(とき)の鐘(かね)

犬(いぬ)を連(つ)れたる西鄕(さいがう)の  銅像(どうざう)近(ちか)く祭(まつ)らるゝ
墓(はか)は上野(うへの)の戰爭(せんさう)に  戰死(せんし)遂(と)げたる彰義隊(しゃうぎたい)

象(ざう)あり熊(くま)あり獅子(しし)ありて  熱帶(ねったい)北海(ほくかい)さまざまの
生物(いきもの)あつめし動物園(どうぶつゑん)  籠(かご)には種種(しゅじゅ)の鳥(とり)うたふ

神樂(かぐら)きこゆる東照宮(とうせうぐう)  鰐口(わにぐち)ひびく辨財天(べんざいてん)
水鳥(みづとり)うかぶ不忍(しのばず)の  池(いけ)には懸(か)かる觀月橋(くゎんげつけう)

凌雲閣(りよううんかく)を目(め)あてにて  行(ゆ)けば淺草(あさくさ)公園地(こうゑんち)
觀音(くゎんのん)參(まゐ)りの人人(ひとびと)を  集(あつ)めて賑(にぎは)ふ池(いけ)のそば

子供(こども)の好(この)む見(み)せ物(もの)は  玉乘(たまのり)輕業(かるわざ)鳥(とり)の藝(げい)
魚(うを)の波間(なみま)に游(およ)ぎ居(を)る  姿(すがた)を見(み)るは水族館(すゐぞくくゎん)

電車(でんしゃ)に乘(の)りて走(はし)らせば  東京(とうきゃう)市內(しない)もいと狹(せば)く
上野(うへの)淺草(あさくさ)朝(あさ)に見て  晝後(ひるご)は遊(あそ)ぶ芝公園(しばこうゑん)

先(ま)づ駈(か)けのぼる丸山(まるやま)の  上(うへ)より見渡(みわた)す景色(けしき)よさ
近(ちか)くは海苔(のり)取(と)る芝(しば)の海(うみ)  遠(とほ)くは霞(かす)む安房(あは)上總(かずさ)

沖(おき)に帆(ほ)かけて行(ゆ)く舟(ふね)も  陸(りく)に走(はし)りて來(く)る汽車(きしゃ)も
呼(よ)ばば答(こた)へんばかりにて  人(ひと)まで見(み)ゆる遠眼鏡(とほめがね)

山(やま)を下(くだ)れば東照宮(とうせうぐう)  山門(さんもん)そばだつ增上寺(ぞうじゃうじ)
うしろの岡(をか)には西向(にしむき)の  觀音(くゎんのん)ありて夏(なつ)凉(すず)し

少(すこ)し離(はな)れていと高(たか)き  石段(いしだん)登(のぼ)れば愛宕山(あたごやま)
眺望(てうばう)さらに大(おほ)きくて  隈(くま)なく見渡(みわた)す東京灣(とうきゃうわん)

初日(はつひ)拜(をが)みに一月(いちぐゎつ)は  のぼる人人(ひとびと)賑(にぎ)はしく
二十六夜(にじふろくや)の月(つき)の出(で)も  ここにて見(み)ればただ一目(ひとめ)

日比谷(ひびや)公園(こうゑん)日日(ひび)に來(き)て  見(み)れども盡(つ)きぬ花(はな)の色(いろ)
春(はる)は躑躅(つつじ)に夏(なつ)牡丹(ぼたん)  秋(あき)白菊(しらぎく)に冬(ふゆ)水仙(すゐせん)

鶴(つる)の口(くち)より吹(ふ)き出(い)だす  水(みづ)は時雨(しぐれ)か夕立(ゆふだち)か
池(いけ)の鯉(こひ)見(み)る乙女子(をとめこ)の  袖(そで)に掛(か)かるも憎(にく)からず

玉投(たまなげ)ブランコさまざまの  遊(あそ)び賑(にぎは)ふ運動場(うんどうば)
日曜(にちえう)每(ごと)に喝采(かっさい)の  聲(こほ)もとどろく音樂堂(おんがくだう)

日枝(ひえ)の神社(じんじゃ)の境內(けいだい)に  位置(ゐち)を占(し)めたる公園(こうゑん)は
櫻(さくら)の莟(つぼみ)透(す)かし見(み)る  雲(くも)なき空(そら)の星(ほし)が岡(をか)

石段(いしだん)しろく花(はな)散(ち)りて  こずゑ若葉(わかば)となる頃(ころ)は
靜(しづ)けき陰(かげ)に鶯(うぐひす)の  唱歌(しゃうか)を聞(き)くも面白(おもしろ)や

九段(くだん)の上(うへ)には國(くに)の爲(た)め  命(いのち)捨(す)てたる大丈夫(ますらを)の
英魂(えいこん)不朽(ふきう)に世(よ)を守(まも)る  靖國神社(やすくにじんじゃ)の神(かみ)の庭(には)

泉水(せんすゐ)淸(きよ)く鯉(こひ)すみて  芝生(しばふ)綠(みどり)に石(いし)白(しろ)し
雪(ゆき)を凌(しの)ぎて咲(さ)く梅(うめ)の  盛(さかり)は暗夜(やみよ)も暗(くら)からず

あれ見(み)よ馬場(ばば)の空(そら)高(たか)く  立(た)ちて夕日(ゆふひ)に輝(かがや)くは
維新(ゐしん)の功(いさを)留(とど)めたる  大村氏(おほむらうぢ)の像(ざう)と聞(き)く


 

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。