元農水事務次官長男殺害事件第一審判決

東京地方裁判所令和元年合(わ)第168号 令和元年12月16日刑事第6部判決

       判   決

職業 無職 A 昭和18年○月○○日生  上記の者に対する殺人被告事件について,当裁判所は,検察官桑田裕将,同砂山博之及び同小野翔太郎並びに主任弁護人(私選)シャハブ咲季,弁護人(私選)柴田勝之,同小田輝,同野村修也,同安部慶彦,同岡田宏樹,同齋藤慎也,同村田陽祐及び同高木賢各出席の上,裁判員の参加する合議体により審理し,次のとおり判決する。


       主   文

被告人を懲役6年に処する。 未決勾留日数中110日をその刑に算入する。 東京地方検察庁で保管中の包丁1本(令和元年東地領第1976号符号1)を没収する。 訴訟費用は被告人の負担とする。


       理   由

(罪となるべき事実)  被告人は,令和元年6月1日午後3時15分頃,■被告人方において,長男■(当時44歳)に対し,殺意をもって,その頸部等を包丁(刃体の長さ約17.5センチメートル。令和元年東地領第1976号符号1)で多数回突き刺し,よって,同日午後4時47分頃,東京都板橋区α××番×号B病院において,同人を頸部の刺切創による右総頸動脈離断及び右内頸静脈損傷による失血により死亡させて殺害した。 (証拠の標目)《略》 (法令の適用) 罰条 刑法199条 刑種の選択 有期懲役刑を選択 未決勾留日数の算入 刑法21条 没収 刑法19条1項2号,2項本文(犯行供用物件) 訴訟費用 刑事訴訟法181条1項本文 (量刑の理由)  被告人は,当公判廷において,本件犯行の6日前に初めて被害者から暴行を受けて恐怖を感じていたところ,本件当日,被害者が,和室とリビングの間付近で,前記暴行の際と同様の表情で「殺すぞ。」と言ってきたため,本当に殺されると直感し,恐怖のため,反射的に台所に行って包丁を取り,元の場所に戻り,立ったまま被害者ともみ合いになる中で何度も刺した,その後,倒れた被害者が動いたので胸,首を刺したら動かなくなった旨供述する。これについて,被害者の何らかの言動が本件犯行のきっかけになった可能性は否定できないが,もっぱら恐怖心で台所まで移動して被害者から距離をとった被告人が,敢えて恐怖の対象である被害者の元に戻る理由がない上,被害者及び被告人の負傷状況や両者の体格差等に鑑みれば,被告人が,被害者に前から向かって行き,もみ合いになる中で,被害者の抵抗を押し切った上で本件犯行を遂げるのは相当困難であると考えられる。そうすると,被告人の前記供述は信用性に乏しいというほかなく,客観的な事実関係に照らすと,被告人は,被害者の抵抗を受ける前に,ほぼ一方的に攻撃を加えたものと認められる。また,弁護人は,心中をほのめかす手紙については,服用していた抗不安薬の影響下で作成した可能性があり,インターネットの検索履歴については,被害者が,本件犯行の数日前に発生した川崎の殺傷事件のような事件を起こした場合を想定して検索した可能性がある旨主張する。しかし,手紙の内容からして抗不安薬の影響を受けているとは考え難い上,被告人自身が,川崎の殺傷事件から被害者が同様の事件を起こす場面を想像することはなかった旨供述していることからすれば,かかる主張は採用できない。  そこで,本件態様を見ると,被害者の負傷箇所が30か所以上に上り,深さ10センチメートルを超える傷も複数存在することからすれば,本件犯行は強固な殺意に基づく危険な行為であったと認められる。被害者の死亡という結果が重大であることは言うまでもない。そして,被告人は,本件犯行の約1週間前から被害者と同居を開始したものの,その翌日に被害者から暴行を受けたことにより,今後被害者を殺すこともあり得るなどと考えるようになり,心中をほのめかす手紙を書いて妻に渡し,インターネットで殺人罪の量刑を検索する一方,被害者宅のごみを片付け再び別居する準備もしつつ生活する中で,被害者の言動など何らかのきっかけで被害者の殺害を決意している。このように,被告人は,主治医や警察に相談することが可能で,現実的な対処方法があったのに,これらをすることなく,同居してわずか1週間ほどで,被害者の殺害を決意してこれを実行しており,本件犯行に至る経緯には短絡的な面があると言わざるを得ない。  しかし,被告人が,長年にわたり,被害者と別居しながらも,月に1回程度,主治医に被害者の状況を伝え,被害者宅に処方薬を届け,溜まったごみを片付けるなど,適度な距離感を保ちつつ,安定した関係を築く努力をしてきた中で,意図せず被害者と同居を始めることになった上,その翌日には初めて被害者から暴行を受けて恐怖を感じ,被害者への対応に不安を感じる状況になるといった事情が本件犯行の意思決定の背景にあることは否定できず、この点は,被告人の意思決定に対する非難の程度を考えるに当たり,相応にしん酌すべきである。  そうすると,本件犯行は,同種事案(殺人,単独犯,処断罪と同一又は同種の罪1件,被告人から見た被害者の立場が子,前科等すべてなし)の量刑傾向の中では,執行猶予を付すべき事案ではないが,実刑の重い部類に属するものとは言えない。   その上で,被告人が自首したこと等を踏まえると,被告人を主文の刑に処するのが相当である。 (求刑 懲役8年,主文同旨の没収) 令和元年12月17日 東京地方裁判所刑事第6部 裁判長裁判官 中山大行 裁判官 日野浩一郎 裁判官 名取桂

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