信濃の国
『信濃唱歌』(1901年)
編集信濃の國は
しかのみならず
くる
しるき
旭
道ひとすぢに
- 底本: 『信濃唱歌』
- 底本中の旧字を可能な範囲で再現した。
- 註: 以下のリストに掲載される漢字はJIS X 0208外の異体字であり、Unicode表のBMP(基本多言語面、0面)が正しく表示できない環境によっては正しく記されない可能性がある。尚U+FA30からU+FA60の文字は、JIS X 0213対応のフォント(IPAフォント等)による記述を行っている。
- 振り仮名は括弧を用いて表記した。
『長野県報』(1968年)
編集1信濃の国は十州に 境連ぬる国にして
聳ゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し
松本伊那佐久善光寺 四つの平は肥沃の地
海こそなけれ物さわに 万ず足らわぬ事ぞなき
2四方に聳ゆる山々は 御嶽乗鞍駒ヶ岳
浅間は殊に活火山 いずれも国の鎮めなり
流れ淀まずゆく水は 北に犀川千曲川
南に木曽川天竜川 これまた国の固めなり
3木曽の谷には真木茂り 諏訪の湖には魚多し
民のかせぎも豊かにて 五穀の実らぬ里やある
しかのみならず桑とりて 蚕飼いの業の打ちひらけ
細きよすがも軽からぬ 国の命を繋ぐなり
4尋ねまほしき園原や 旅のやどりの寝覚の床
木曽の棧かけし世も 心してゆけ久米路橋
くる人多き筑摩の湯 月の名に立つ姨捨山
しるき名所と風雅士が 詩歌に詠てぞ伝えたる
5旭将軍義仲も 仁科の五郎信盛も
春代太宰先生も 象山佐久間先生も
皆此国の人にして 文武の誉たぐいなく
山と聳えて世に仰ぎ 川と流れて名は尽ず
6吾妻はやとし日本武 嘆き給いし碓氷山
穿つ隧道二十六 夢にもこゆる汽車の道
みち一筋に学びなば 昔の人にや劣るべき
古来山河の秀でたる 国は偉人のある習い
- 底本: 『長野県法規集』(長野県法令検索システム)
- 振り仮名は括弧を用いて表記した。
外部リンク
編集- 信濃国 明治三十二年(青空文庫)
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