中岡慎太郎全集/論策二 窃ニ示知己論
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予草莽無頼ノ者也。言ヲ王公貴人ニ献ゼント欲シテ其道ナシ。故ニ虚心黙座、一点之私念ヲ交エズ、既往之
石川清之助
一、尊王開国、攘夷ノ両説有リ。輔幕攘夷ノ空論有リ。
輔幕開港ノ私論紛々、実功イヅレモナシ。之ヲ要スルニ皆其僻スル所ニ偏泥 シ、其ノ空論ニ帰スルニ一ツ也。予ノ論ズル所ハ其ノ僻ヲ去リ私ヲ去リ、平素実地ニ立チ、其ノ得失ヲ聊カ知リ覚テノ論ナリ。聞人虚心ヲ以テ弁ズベシ。
一、予ガ説ハ尊攘ナリ。或曰、尊王ハ即チ善シ、攘夷ハ不可也。近来西洋諸国ニ公法ト云フモノ日ニ盛ニ、遂ニ各国同盟、政事甚ダ美ニシテ、先年所謂 外夷ト異ナリ、礼ヲ以テ交リ、信ヲ以テ盟エバ、何ゾ彼ヲ悪 ミ恐ルヽ事アラン。某曰、然リ。君見込ナレバ早ク実功ヲ立ツベシ。実功アラバ又我朝ノー益ナリ。
然ルニ自レ古天下有レ乱、其之政事人心、一張一弛、一盛一衰是皆有レ機テ変ズ。英人ノ説ニ曰ク、万古不易ノ法ナシ。人才国ニ不レ絶バ、時々変革シ之ヲ制ス。然ラバ当今英仏諸国ノ同盟モ、互ニ乱ニ飽キ力相敵スルニ依テ起レリ。今西洋諸国治世ノ極ニシテ、此処エ若 一大強国起リ、我兵力ヲ挟ンデ盟ヲ破リ、公法ヲ不レ問、無理ニ諸国ノ小弱ヲ侵掠シ、同盟ノ国ヨリ之ヲ助クルト雖モ不レ勝、終ニ強国ノ意ノ如クスレバ於レ是始テ西洋モ乱ト成リ、公法モ自然廃シ、忽チ小弱ノ憂トナル可シ。
一、今時可レ恐者ハ魯 也。今虎狼ノ心ヲ包蔵シ、数年来大兵ヲ養ヒ、国用ヲ儲蓄シ、石炭ヲ用意シ、諸国ニ交易ヲ意トセズ、彼ノ策ヲシテ若起タシメバ、必ズ突然侵掠、其恐アルハ我朝ヲ以テ甚トス。清 之ニ次。近日長崎新聞ニ、魯兵突然崎陽ニ来リ、頻ニ練兵シテ威ヲ張ル由。某、初テ之ヲ聞キシヨリ、忽 寒心、胆将レ裂。然ルニ此説ノ通リニテ、之ヨリ彼乱暴ヲ起ストモ、我ニ於テ固ヨリ術ナキニ非ズ。英仏等モ亦傍観スルニ非ズ。一時ノ難ハ防グベシ。サレバ今日ノ急ハ、尊王攘夷ノ大本ヲ立ルニ在リ。其策ハ他ナシ。国体ヲ立テ、皇基ヲ定メ、兵ヲ充実スルニ在リ。之ヲ行フハ人才也。主トスル処ハ 王室ヲ尊ビ、万民ヲ恤 ムヲ以テ経世ノ人トス。才アリ略アリト雖モ、此ノ二条ヲ本 トスル人ニアラザレバ、政務ヲ任ズルヲ得ズ。只才ノ長ズル処ヲ量 テ、一事ニ任ジテ可也。此ノ大本ヲ立ントスルニハ、是非第一等ノ公論ヲ以テ幕府ノ私政ヲ去リ、王朝ノ御基業ヲ回復スルニ在リ。若是迄ノ如ク、姑息之情ニテ徳川家ノ暴威ヲ助ケントスレバ、皇国ハ徳川ノ為ニ衰ヘ、徳川モ又千歳ノ罪名ヲ重ネ、家跡却 而滅却ニ至ランハ必然ナリ。
一、今ヨリ後、此上一年ノ苟且 過レバ、外夷ノ処置ハ遂ニ出来ヌ様ニ可二相成一ト、実ニ不レ堪二恐懼 一。右之形勢故、某之攘夷ノ策ハ、今日深ク外夷ト結ブニ有リ。已ニ結ブト云カラハ、涕垂テ呉ニ妻 スルノ訳ニテ、其懇親ノ道尤深厚シ、呉ニ妻スノ二字ヲ能ク玩味スベシ。而テ海外諸国ヱ書生ヲ出シ、或ハ外国人ヲ雇ヒ、国産ヲ開、断然ト大ニ国ヲ開クベシ。如レ此シテ忽チ武備ヲ設ケ、兵ヲ練リ、名分条理ヲ乱リ来ル強悪ノ夷賊ヲ討ツベシ。此事亦々必不レ遠。
只魯而已ナラズ、米利堅 亦可レ恐処有。某、今春英ノ士官ト宇内ノ事ヲ談ジ、頗ル卓識ヲ聞コトヲ得タリ。其説長シ。故ニ某、攘夷ハ呉ニ妻ハスノ心得ニテ頗ル寸張 (陰)ヲ惜ム。中々世間ノ攘夷家、開港家ノ空論ニテ国ノ興ルコトハ、ユメヽヽナシ。長州高杉晋作ハ、方今洛西第一ノ卓識家ノ名有リ。此説ニ日ク、英仏方今大強ノ勢ヲ以テ、支那ノ衰政ヲ目ガケ、正々堂々ヲ以テ勝ント欲スルヲ、日本現今ニ取リ手本トセバ大間違ナリ。今日我手本トスベキハ英仏等ノ未盛ノ時、国ヲ起セシ節、戦争度々有レ之、是ヲ学バズンバ何ノ益カアラント云々。此亦名論トス。此某ノ攘夷説也。
一、古人曰ラク、使 功不レ如二使過一、真ナル哉此言。林則徐、断然煙艸ヲ焼事ヲ聞ケバ即是ヲ貶ス。而支那遂ニ今日ノ衰ニ至レリ。長州ノ名士事ヲ京師ニ過 リ、即チ之ノ徒ヲ貶シ、国家殆滅セントス。其ノ士ヲ用ルニ及ンデ、能是ヲ存シ、敵ヲ破リ、国威ヲ海外迄モ張ルノ本ヲナス。薩人、英人ヲ生麦ニ切リ遂ニ戦争ニ及ビシ処、其徒大ニ能戦ヒ、此ヨリシテ遂ニ大島一流(西郷隆盛)ノ人材被レ用、大ニ国体ヲ一致シ、国体一新ノ本ヲ成セリ。故ニ今、両藩ノ論ニハ薩ヲ興スモノハ生麦ナリ。長ヲ強クスルモノハ、度々長ノ敗軍失策ノ功、又無キニ非ズ。
一、世人或ハ徳川ヲ助ケント云。或ハ徳川ヲ不レ助ト云。議論紛々未レ決。某曰、尊二王室一ハ則徳川ヲ助ル也。助二徳川一ハ則尊 王也。故ニ某ハ、助徳川論也。今日助徳川ノ策ハ無レ他、政権ヲ 朝廷ニ返上シ、自ラ退テ道ヲ治メ、臣子ノ分ヲ尽スニアリ。強テ自ラ威ヲ張ラントセバ、則チ必滅無レ疑、諸侯若シ信アラバ、今日暴威ヲ助ケテ自滅ニ至ラシメンヨリハ、早ク忠告シ一大諸侯トナリ、永久ノ基ヲ立サシムベシ。左スレバ六百年来衰ヘシ 朝威ヲ徳川ノ世ニ及ンデ明侯アリ、之ヲ太古ニ復シ、名分ヲ明ニセリト、後世迄モ米利堅ワシントンノ如キ名誉ヲ宇内ニアグベキニ、何ゾ一人是ヲ為サヾルヤ。此説英医馬関ニ来リ、戦疵 ヲ療ス。足ヲ破リ悪血ノ為メニ痛ニ不レ絶。医是ヲ見テ云、此儘存セバ害アラント、鋸ニテモトヨリ切タリ。是等姑息ヲ脱セシナルベシ。
助徳川ノ論ト同一也。
右数論ハ某自ラ考ルニ頗ル私心ナキ説ト思ヘド、他ヨリ見レバ亦私論モ有ルベケレ共、事実ヲ挙ゲタルコトハ虚ナシ。
御疑ノ諸君ハ実地ニツキテ見玉フベシ。
十月廿六日夜燈下匇々書キ