ルカ聖福音書叙言 (ラゲ訳)
『公敎宣敎師ラゲ譯 我主イエズスキリストの新約聖書』公敎會、
1910年発行
〔ローマ・カトリック訳〕
路加聖福音書敍言
編集(一)記者。第三福音書の記者ルカは、原異敎人にして、聖パウロの書簡によれば、初は醫を業とせしも、遂にパウロに屬きて布敎の事業に從ひ、或は其旅行に、或は其前後二回の入獄に、常に、相伴ひたりと見ゆ。其後の事跡は不明なれども、彼がギリシヤ或はアジアに布敎せし事は、屡々古傳に散見する所にして、最後には殉敎せし者と信ぜらる。
(二)宛名目的及特色。本書は、他の福音書と異なりて、本書の中に尊きテオフィロと書ける、一個人に宛てられたるものなるが、是神に愛せらるる者の意義ある名なれば、假の名を以て一般の信者を斥せるものなりとの說は、昔より一部の人々の說く所なれども、又實際ルカの一友人なりしやも知るべからず。何れにせよ、異敎より歸して信者となりし人に宛てられしものなる事は疑なし。蓋記者は、ラビの如き解し易きヘブレオ語をすらも殊更に避けて、之をギリシヤ語に譯し、ユデア人の通曉せる地理的事實を解釋し、ユデア敎の風俗などを揭げず、異敎より歸したる信者に不快を感ぜしむべき事柄を載せざるなと、是總て彼等の爲にしたる事を證するものなり。其目的は、類本の既に少からざるキリストの傳記あるを、更に詳しく又順序的に敍述して、一向讀者の信仰を固めんとするに在り。本書の特色は其世界的なる所に在り。卽如何なる人も如何なる罪人も、イエズス、キリストに於る信仰を以て救を得べき事を示し、殊に姦婦の事件、慈善なるサマリア人及放蕩息子の喩、改心せし强盜の譚など專ら人をして希望あらしむるに效驗あるもの多し。尙又イエズスの身に於る人情をも描き、マリア、ザカリア、天使及老人シメオンの贊美歌を揭ぐるなど、特殊の趣味を帶びたる所多し。
(三)區分。本書は凡年代の順序に隨ひて認められ、分ちて四篇とすべし、第一イエズスの幼年及私生活(一章二章)、第二ガリレアに於る布敎(三章一節乃至九章五十節)、第三イエズスエルザレムへの最後の旅行(九章五十一節乃至十九章廿一節)、第四イエズスの受難及復活(十九章廿九節乃至廿四章)、是なり。尙詳細は目錄に就きて見るべし。
(四)思想及語法。古傳には、ルカが專パウロに就きて學びし由を載せたれども、尙キリストの事を目擊せし人に就きて學びし事は一章二節三節によりて明なり、然れど兎に角本書の思想及語法はパウロのと似たる所多く、文章は最も巧妙にして、文法も正しく、且趣味に富める節多し。
(五)記述の年代。は凡紀元六十三年以前なるべし。