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メレンゲ


 暑い夏の⽇にビールをガブガブ飲む⼈がうらやましくてたまらない、⻄洋にいた時、神経衰弱を起してほんとにあじきなく退屈であった時など私の友⼈は酒ばかり飲んでいた。結構な⾝の上だ、あれで不平をいってるのはもっ体ない事だと思ったくらいだ、私などは窓を眺め天井を⾒詰めるより他に⽅法がなかった、本などはイライラしてとても読めるものではない、この残酷な退屈を紛らすために私は初めて排せつの楽しみを発⾒した、即ち⼤⼩便が出る時、出たあとの快感、⿐汁をかんだ爽快等だ、それからノミや南京⾍にかまれた処をかいて快味を味って、しばらくこの世の苦労を忘れようとしたのであった。
 楽しみや嗜好もここまで下落しては⾏つまりで⼈の前へ持出す事も出来ない。
 すると、煙草などは随分体裁がいい、美しくもあるし、全くうまくもあるし、腹はふくれず、かつ談話していても、相⼿と⾃分との間に丁度いい淡い煙幕が張られて、真とに⻑閑な⼼地がする。
 私は以前煙草だけは愛⽤していたが、病気してから医者にやめさされた、やめた最初は談話中など相⼿の顔がはっきり⾒え過ぎて弱った事を覚えている。
 私は最近、神⼾のあるドイツ⼈が経営する、菓⼦とカフェーぐらいを出す家で実にうまい菓⼦を発⾒した、それは、上下⼆つの軽快にして⽩いカルメル様のふたの中に真⽩のクリームが充満しているのだ、かむとハラハラとふたが砕けて、クリームが⾆へ流れ出すのだ、その⽢さが堪らないのだ、そして胃の腑へ達する少し⼿前において煙の如く消滅してしまうような気がするのだ、しかしかなり⽢いので⼆つ以上はたべられない、私の隣へ座った⻄洋⼈は五つたべた、うらやましかった。
 私はこの頃、しばらく浮世を忘れるためにこの家へまで出かけるのである、そしてこの菓⼦をたべるのだ。この菓⼦の名を「メレンゲ」という。
 
 
 

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