1神の御子イエズス、キリストの福音の始。
2預言者イザヤ[の書]に錄して、「看よ我わが使を汝の面前に遣はさん、彼汝の前に汝の道を備ふべし。
3荒野に呼はる人の聲ありて、曰く、汝等主の道を備へよ、其徑を直くせよ」とあるが如く、
4ヨハネ荒野に在りて洗し、且罪を赦されん爲に、改心の洗禮を受けん事を宣敎へしが、
5ユデアの全地方及エルザレムの人、皆彼の許に出來り、己が罪を告白して、ヨルダン[河]にて彼に洗せられ居たりき。
6ヨハネは駱駝の毛織を着、腰に皮帶を締め、蝗と野蜜とを食し居りしが、宣敎して云ひけるは、
7我よりも力ある者我後に來り給ふ。我は屈みて、其履の紐を解くにも堪へず、
8我は水にて汝等を洗したれども、彼は聖靈にて汝等を洗し給ふべし、と。
9斯て當時イエズス、ガリレアのナザレトより來り、ヨルダン[河]にてヨハネに洗せられ給ひしが、
10軈て水より上り給ふや、天開け、[聖]靈鳩の如く降りて、我上に止り給ふを見給へり。
11又天より聲して[曰く]、汝は我愛子なり、我汝に因りて心を安んぜり、と。
12[聖]靈直に彼を荒野に往かしめ給ひしが、
13四十日四十夜荒野に在りて、サタンに試みられ、野獸と共に居給ひ、天使等彼に事へ居たり。
14ヨハネの囚はれし後、イエズス、ガリレアに至り、神の國の福音を宣傳へて、
15曰ひけるは、期は滿ちて神の國は近づけり、汝等改心して福音を信ぜよ、と。
16斯てガリレアの湖邊を過ぎ給ふに、シモンと其兄弟アンデレアとが湖に網打てるを見て、――卽ち漁師なりき――
17イエズス彼等に向ひ、我に從へ、我汝等を人を漁る者と成らしめん、と曰ひしかば、
18彼等直に網を舍きて從へり。
19尙少しく進み給ひて、ゼベデオの子ヤコボと其兄弟ヨハネとが、亦船の中に網を補ひつつ居るを見て、
20直に彼等を召し給ひしに、彼等其父ゼベデオを、雇人と共に船に舍きて從へり。
21[一同]カファルナウムに入りしが、イエズス軈て安息日每に會堂に入りて敎へ給ひければ、
22人其敎に驚き居たり。其は律法學士等の如くせずして、權威ある者の如くに敎へ給へばなり。
23然るに惡鬼に憑かれたる人、其會堂に在りしが、呼はりて、
24云ひけるは、ナザレトのイエズスよ、我等汝と何の關係かあらん、我等を亡ぼさんとて來り給へるか、我汝の誰なるかを知れり、卽ち神の聖なる者なり、と。
25イエズス之を責めて、汝默して其人より出でよ、と曰ひしに、
26汚鬼其人を抅攣けさせ、聲高く叫びつつ出去れり。
27斯て人皆恐入りて、是は何事ぞ、何等の新しき敎ぞ。彼は權威を以て汚鬼等にすら命じ給へば、彼等之に從ふよ、と互に僉議するに至りければ、
28イエズスの名聲、忽ガリレアの全地方に播がれり。
29彼等軈て會堂を出で、ヤコボヨハネと共に、シモンとアンデレアとの家に至りしが、
30シモンの姑、熱を患ひて臥し居ければ、直に其事をイエズスに白したるに、
31近づきて其手を取り、之を起し給ひしかば、熱立所に去りて彼婦彼等に給仕したり。
32夕暮に至り日没りて後、人々病める者及惡魔に憑かれたる者を、悉くイエズスの許に齎し、
33街の人擧りて門に集り居たりしが、
34イエズス樣々の病を患へる人を多く醫し、又惡魔を多く逐出して、言ふことを許し給はざりき、其は彼等イエズスを知ればなり。
35イエズス未明に起出で、寂しき處に至りて祈り居給へるを、
36シモン及共に居りし人々後を慕ひ行きて、
37是に遇ひしかば、人皆汝を尋ぬ、と云ひしに、
38イエズス彼等に曰ひけるは、我等比鄰の村落市街へ往かん、彼處にも亦宣敎すべし、我は是が爲に來りたればなり、と。
39斯て處々の會堂及ガリレア一般に宣敎し、且惡魔を逐拂ひ居給へり。
40時に一個の癩病者イエズスの許に來り、跪きて願ひ云ひけるは、思召ならば我を潔くする事を得給ふ、と。
41イエズス之を憫み給ひ、手を伸べ、是に觸れて曰ひけるは、我意なり、潔くなれ、と。
42之を曰ふや、癩病直に彼を去りて彼潔くなれり。
43イエズス之を戒め給ひ、
44汝愼みて人に語ること勿れ、但往きて己を司祭に見せ、潔くなりたる爲に、彼等への證據として、モイゼの命ぜしものを獻げよ、と曰ひて、直に彼を去らしめ給へり。
45然れども彼出でて其事を語り、言弘め始めしかば、イエズス最早顯然に町に入り難く成りて、外の寂しき處に居給ひしが、人々八方より其許に集ひ來り居たり。
1數日の後、イエズス復カファルナウムに入り給ひしが、
2家に居給ふ事聞えしかば、人々夥しく集り來り、門口すら隙間もなき程なるに、イエズス彼等に敎を宣べ居給へり。
3茲に人々、四人に舁かれたる一個の癱瘋者を齎ししが、
4群衆の爲に之をイエズスに差出だすこと能はざれば、居給ふ處の屋根を剥ぎて之を開き、癱瘋者の臥せる床を吊下せり。
5イエズス彼等の信仰を觀て、癱瘋者に向ひ、子よ、汝の罪赦さる、と曰ひしかば、
6或律法學士等其處に坐し居て、心に思ひけるは、
7彼何ぞ斯の如く云ふや、是冒涜するなり、神獨の外、誰か罪を赦すことを得んや、と。
8イエズス彼等の斯く思へるを直に其心に知りて曰ひけるは、何爲ぞ然る思ひを心に懷ける。
9癱瘋者に汝の罪赦さると云ふと、起きて床を取りて步めと云ふと、孰か易き。
10然て汝等をして、人の子地に於て罪を赦すの權あることを知らしめん、とて癱瘋者に向ひ、
11我汝に命ず、起きよ、床を取りて己が家に往け、と曰ひしに、
12彼忽ち起きて床を取り、衆人見る目前を過行きしかば、皆感嘆に堪へず、神に光榮を歸し、我等曾て斯の如き事を見ざりき、と云ふに至れり。
13イエズス又湖邊に出で給ひしに、群衆擧りて來りければ、彼等を敎へ居給ひしが、
14通りがけに、アルフェオの子レヴィが收稅署に坐せるを見て、我に從へ、と曰ひしかば、彼起ちて從へり。
15斯て彼の家にて食に就き給ひければ、多くの稅吏と罪人とは、イエズス及其弟子等と共に列席したり、蓋イエズスに從へる者既に多かりき。
16律法學士ファリザイ人等、イエズスが稅吏及罪人と共に食し給ふを見て、其弟子等に曰ひけるは、汝等の師は何故稅吏罪人と共に飲食するぞ、と。
17イエズス之を聞きて彼等に曰ひけるは、壯健なる者は醫者を要せず、病ある者こそ[之を要するなれ]、卽我が來りしは義人を召ぶ爲に非ずして、罪人を[召ぶ爲なり]、と。
18ヨハネの弟子等とファリザイ人とは斷食したりければ、來りてイエズスに云ひけるは、ヨハネとファリザイ人との弟子は斷食するに、汝の弟子は何故に斷食せざるぞ、と。
19イエズス彼等に曰ひけるは、新郞の己等と共に在る間、介添爭でか斷食することを得ん。新郞の共に在る間は彼等斷食することを得ず。
20然れど新郞の彼等の中より取去らるる日來らん、其日には斷食せん。
21新布の片を古き衣服に補ぐ人はあらず、然せば其新しき補は却て古き物を引裂きて、破綻は大いなるべし。
22又新しき酒を古き皮嚢に盛る人はあらず、若然せば酒は皮嚢を裂きて流れ、皮嚢も亦廢らん、新しき酒は新しき皮嚢にこそ盛るべけれ、と。
23主又、安息日に當りて、麥畑を過り給へるに、弟子等步みつつ穗を摘始めしかば、
24ファリザイ人イエズスに向ひ、看よ、彼等が安息日に爲すべからざる事を爲せるは何ぞや、と云ひければ、
25イエズス曰ひけるは、ダヴィドが急に迫りて、己も伴へる人々飢ゑし時に爲しし事を、汝等讀まざりしか、
26卽如何にして、大司祭アビアタルの時、神に家に入りて、司祭等の外は食すべからざる供の麪を食し、伴へる人々にも與へしかを。
27又曰ひけるは、安息日は人の爲に設けられて、人は安息日の爲に造られず、
28然れば人の子は亦安息日の主たるなり、と。
1イエズス又會堂に入り給ひしに、隻手痿えたる人其處に居りければ、
2ファリザイ人イエズスを訟へんとて、彼が安息日に醫すや否やを窺ひ居りしが、
3イエズス手痿えたる人に向ひて、眞中に立て、と曰ひ、
4又彼等に向ひて、安息日に善を爲すは可きか、惡を爲すは可きか、人を救ふは可きか、之を亡ぼすは可きか、と曰ひしに、彼等默然たりき。
5イエズス彼等が心の頑固なるを憂ひ、怒を含みて視廻しつつ彼人に、手を伸べよ、と曰ひければ、彼伸べて、其手痊えたり。
6然るにファリザイ人は、出でて直に、如何にしてかイエズスを亡ぼさんと、ヘロデの徒と共に協議したり。
7イエズス、弟子等と共に湖の方に避け給ひしに、群衆夥しくガリレア及びユデアより、
8又エルザレム、イデュメア、ヨルダン[河]の彼方より[來りて]從ひ、且チロとシドンとの地方よりも、イエズスの行ひ給へる事を聞きて、人々夥しく其許に來りしかば、
9イエズス群衆に擠迫られざらん爲に、小舟を我用に備へ置かん事を弟子等に命じ給へり。
10蓋許多の人を醫し給ふに因り、病ある者は皆彼に觸れんとて跳付く程なりき。
11汚鬼等もイエズスを見る時は、其前に平伏し、叫びて、
12汝は神の子なり、と云ひ居ければ、イエズス己を顯すなと、嚴しく戒め居給へり。
13斯てイエズス山に登り、好み給へる人々を召し給ひしに、彼等來りしかば、
14十二人を立てて己と共に居らしめ、且宣敎に遣はさんとて、
15是に與ふるに、病を醫し、惡魔を逐拂ふ權能を以てし給へり。
16卽シモン、之をペトロと名け、
17ゼベデオの子ヤコボと、ヤコボの兄弟ヨハネ、是等をボアゲルネス卽雷の子と名け給へり。
18またアンデレア、フィリッポ、バルトロメオ、マテオ、トマ、アルフェオの子ヤコボ、タデオ、カナアンのシモン、
19及イエズスを賣りしイスカリオテのユダなりき。
20彼等家に至りしに、群衆再集りしかば、麪を食する事だに得ざりしが、
21イエズスの親族之を聞き、彼狂せりと云ひて、之を捕へん爲に出來れり。
22又エルザレムより下りし律法學士等も、彼ベエルゼブブに憑かれたり、其惡魔を逐拂ふは惡魔の長に籍るなり、と云ひ居たり。
23イエズス彼等を呼集めて、喩を以て曰ひけるは、サタン爭でかサタンを逐拂ふを得んや。
24國自ら分れ爭ふ時は、其國立つ能はず、
25家自ら分れ爭ふ時は、其家立つ能はず、
26サタン若己に起ち逆らはば、是自ら分れ爭ふもの、立つ能はずして、却て亡ぶべし。
27如何なる人も、剛き者の家に入りて其家具を掠めんには、先剛き者を縛らざれば能はず、[縛りて後]其家を掠むべし。
28我誠に汝等に告ぐ、人の子等が一切の罪、及冒涜せし其冒涜は赦されん、
29然れども聖靈を冒涜せし者は永遠に赦を得ず、永遠の罪に服すべし、と。
30斯く曰ひしは人々、彼汚鬼に憑かれたり、と云ひ居ればなり。
31時にイエズスの母と兄弟等と、來りて外に立ち、人を遣はして彼を呼ばしめしに、
32群衆彼を環りて坐し居たりけるが、人々彼に告げて、看よ、汝の母と兄弟等と外に在りて汝を尋ぬ、と云ひしかば、
33イエズス彼等に答へて曰ひけるは、誰か我が母、我が兄弟なるぞ、と。
34又己が周圍に坐せる人々を視廻しつつ曰ひけるは、是ぞ我母、我兄弟なる、
35其は神の御旨を行ふ人は、是我兄弟、我姉妹、我母なればなり、と。
1然て再び湖邊にて敎へ始め給ひしが、群衆夥しく其許に集りしかば、イエズスは湖に泛べる船に乘りて座し給ひ、群衆は、皆岸に沿ひて陸に居れり。
2斯て喩を以て多くの事を敎へ給ひしが、其敎の中に曰ひけるは、
3汝等聽け。種播く者播かんとて出でしが、
4播く時、或種は路傍に落ちしかば、空の鳥來りて之を啄めり。
5或種は土少き磽地に落ちしに、土の深からざるによりて直に萌出でたれども、
6日出づるや灼けて、根なきが故に枯れたり。
7或種は茨の中に落ちしに、茨長ちて之を蔽塞ぎたれば、果を結ばざりき。
8或種は沃壤に落ちしかば、穗出でて實り立ち、一は三十倍、一は六十倍、一は百倍を生じたり。
9又曰ひけるは、聞く耳を有てる人は聞け、と。
10イエズス獨居給ふ時、共に在りし十二人、此喩を問ひしかば、
11彼等に曰ひけるは、汝等は神の國の奧義を知る事を賜はりたれど、外の人は何事も喩を以てせらる、
12彼等は見て見ゆれども認らず、聞きて聞ゆれども曉らず、是立還りて其罪を赦さるる事なからん爲なり。
13又彼等に曰ひけるは、汝等此喩を知らざるか、然らば如何にしてか、諸の喩を曉らん。
14種捲く者は言を捲くなり、
15言捲かるる時路傍に落ちたるものは、人之を聞きたるにサタン忽來りて其心に捲かれたる言を奪ふものなり。
16磽地に捲かれたるものは、同じく言を聞き、直に喜びて之を受くれども、
17己に根なく、暫時のみにして、軈て言の爲に、困難と迫害と起れば、忽躓くものなり。
18又茨の中に撒かれたるものあり、是等は言を聞くと雖、
19此世の心勞、富の惑、其他の諸欲入來りて、言を蔽塞ぎ、遂に實らざるに至る。
20沃壤に撒かれたるものは、言を聞きて之を受け、或いは三十倍或は六十倍或は百倍の果を結ぶものなり。
21又彼等に曰ひけるは、燈を持來るは、枡の下或は寢臺の下に置かん爲なるか、燭臺の上に載せん爲に非ずや、
22卽何事も隱されて顯れざるはなく、密にせられて遂に公に出でざるはなし。
23聞く耳を有てる人は聞け。
24又彼等に曰ひけるは、汝等聞く所を愼め。汝等の量りたる量にて自らも量られ、而も更に加へられん、
25其は有てる人は尙與へられ、有たざる人は其有てる所をも奪はるべければなり。
26又曰ひけるは、神の國は、恰人が地に種を蒔くが如し。
27夜晝寢起して知らざる間に、其種萌出でて生長す、
28卽地は自然に果を生じ、先苗、次に穗、次に穗に充てる麥を生じ、
29既に實りて收穫の時至れば、直に鎌を入るるなり。
30又曰ひけるは、我等神の國を何に擬へ、如何なる譬を以て喩へんか。
31是一粒の芥種の如し。地に播かるる時は地上の有ゆる種よりも小けれども、
32播かれたる後は育ちて、長ちて萬の野菜より大きく、大いなる枝を生じて、空の鳥其蔭に栖むを得るに至る、と。
33イエズスは、人々の聞き得るに應じて、斯る多くの喩を以て敎を語り給ひ、
34喩なくして人に語り給ふ事あらざりしが、弟子等には何事をも、別に解釋し居給へり。
35其日、暮に及びて、イエズス弟子等に、我等彼方の岸に渡らん、と曰ひしかば、
36彼等は群衆を去らしめ、イエズスを船に居給へる儘に乘せ往き、他の船等も是に伴ひたりき。
37時に大風起りて、浪は船に打入り、船中に滿つるに至りしが、
38イエズスは艫の方に枕して寢ね給へるを、弟子等呼起して云ひけるは、師よ、我等の亡ぶるを顧み給はざるか、と。
39イエズス起きて風を戒め、又海に向ひて、默せよ、靜まれ、と曰ひしかば、風息みて大凪となれり。
40又彼等に曰ひけるは、汝等何故に怖るるぞ、未信仰を有たざるか、と。
41彼等怖るる事甚しく、是は何人ぞや、風も湖もこれに從ふよ、と語合ひ居たり。
1然て湖を渡りてゲラサ人の地に至りしが、
2イエズス船より出で給ふや、汚鬼に憑かれたる人、墓より出でて來り迎ふ。
3此人墓を住處とし、鎖を以てすら、誰も之を繫ぎ得ず、
4卽數次桎と鎖とを以て繫がれたりしも、鎖を斷り桎を摧きて、誰も之を制し得る者なかりき。
5斯て絕えず叫び、且自ら石もて傷けつつ、夜晝墓と山の中に居りしが、
6遥にイエズスを見て、走り寄りて禮拜し、
7聲高く呼はり云ひけるは、最高き神の御子イエズスよ、我と汝と何の關係かあらん。我神によりて希ふ、我を苦しむること勿れ、と。
8其はイエズス是に向ひて、汚鬼、斯人より出よ、と曰へばなり。
9イエズス、汝の名は何ぞ、と問ひ給ひしに、彼、我名は軍團なり、我等は數多ければなり、と云ひて、
10己を此地より逐拂ひ給はざらん事を、切に願ひ居たり。
11然て此處に豚の大いなる群、山邊に在りて草を食み居りしが、
12[惡]鬼等希ひて、我等を遣りて豚の中に入ることを得させ給へ、と云ひければ、
13イエズス直に之を允し給ひしに、汚鬼等出でて、豚の中に入り、凡二千頭計の群、勢凄じく湖に飛入りて、湖の中に溺死せり。
14此豚を牧ひ居りし者等、遁げて、町に田舎に吹聽したれば、人々事の顛末を見んとて出でしが、
15イエズスの許に來りて、彼惡魔に惱まされし人の、既に衣服を着、心確にして坐せるを見て、怖れたり。
16又見たりし者、彼惡魔に憑かれたりし人に成されたる次第と、豚の事とを告げしかば、
17彼等イエズスに其境を去り給はん事を願出でたり。
18イエズス、船に乘り給ふ時、彼惡魔に惱まされし人、伴はん事を願出でたれど、
19イエズス之を容れずして曰ひけるは、汝の家汝の親戚に至りて、主が汝の身に如何ばかり大いなる事をなし、[如何に]汝を憐み給ひしかを彼等に告げよ、と。
20彼卽去りて、イエズスの己に爲し給ひし事の如何ばかり大いなるかを、デカポリに言弘め始めしかば、人皆感嘆したり。
21イエズス復船にて湖を渡り給ひしかば、群衆夥しく其許に集りしが、湖邊に居給ふ折しも、
22會堂の司の一人なる、ヤイロと云へる者出來り、イエズスを見るや、足下に平伏して、
23我女死に垂とす、助かりて活くる樣、來りて是に按手し給へ、と切に希ひければ、
24イエズス彼と共に往き給ふに、群衆夥しく從ひて擠迫り居たり。
25茲に十二年血漏を患へる婦ありて、
26曾て數多の醫師に係りて樣々に苦しめられ、有てる物を悉く費したれど、何の效もなく、却て益惡しかりしに、
27イエズスの事を聞きしかば、雜沓の中を後より來りて、其衣服に觸れたり。
28是は其衣服にだに觸れなば癒ゆべし、と謂ひ居たればなり。
29斯て出血忽ちに歇みて、婦は病の癒えたるを身に感じたり。
30イエズス直に己より靈能の出でしを覺り給ひ、群衆を顧みて、誰か我衣服に觸れしぞ、と曰ふや、と。
31弟子等云ひけるは、群衆の汝に擠迫るを見ながら猶誰か我に觸りしぞ、と曰ふや、と。
32イエズス之を爲しし人を見んとて視廻し給へば、
33婦は我が身に成りたる事を知りて、恐れ慄きつつ來り、御前に平伏して、具に實を告げたり。
34イエズス是に曰ひけるは、女よ、汝の信仰、汝を救へり、安んじて往け、汝の病癒えてあれかし、と。
35尙語り給ふ中に、會堂の司の家より人來りて云ひけるは、汝の女死せり。何ぞ尙師を煩はすや、と。
36イエズス其告ぐる所を聞きて、會堂の司に曰ひけるは、恐るること勿れ、唯信ぜよ、と。
37而してペトロとヤコボとヤコボの兄弟ヨハネとの外、誰にも隨行を許さずして、
38會堂の司の家に至り給ひしが、其騷甚しく、人々泣き、且太く嘆きつつ居るを見て、
39イエズス内に入り給ひ、汝等何ぞ騷ぎ且泣くや、女は死にたるに非ず、寢たるなり、と曰へば、
40人々之を哂ひ居たり。然れど人を皆外に出し、女の父母と己が從者とを連れて、女の臥せる處に入り、
41女の手を取りて、タリタクミ、と曰へり、譯して、女よ、我汝に命ず、起きよ、の義なり。
42女直に起きて步めり、年は十二歲なりき。人々愕然として甚く驚きしが、
43イエズス此事を誰にも知らすべからずと嚴しく戒め、食物を女に與へん事を命じ給へり。
1イエズス、此處を去りて我故鄕に至り給ひ、弟子等是に從ひいたりしが、
2安息日に當り會堂にて敎を說始め給ひしかば、聞く人多く其敎に驚きて云ひけるは、彼は是等の事を何處より得たるぞ、其授けられたる智惠と、其手に行はるる斯ばかりの奇蹟とは、如何なるものぞ。
3彼はマリアの子にして、ヤコボ、ヨゼフ、ユダ及びシモンの兄弟たる職工にあらずや、其姉妹等も我等と共に此處に在るに非ずや、と。斯て遂に彼に躓き居たり。
4イエズス彼等に曰ひけるは、預言者の敬はれざるは唯其故鄕、其家、其親戚の中に於てのみ、と。
5然れば此處にては、少數の病者を按手して醫し給ひし外、何等の奇蹟をも爲し得給はず、
6彼等の不信仰に驚き、其邊の邑々を巡りて敎へ居給へり。
7イエズス十二人を呼びて、之を二人づつ遣はすに臨み、汚鬼等[に對する]の權能を授け、
8且途中杖の外に何物をも携へざる事、旅嚢、麪又は帶に錢を持つまじき事、
9普通の履物を穿くも、二枚の下着を着まじき事を命じ、
10然て彼等に曰ひけるは、何處にても、或家に入らば、其地を去るまで其處に留れ。
11又總て汝等を承けず、汝等に聽かざる者あらば、其處を立去りて、彼等への證據として足の塵を拂え、と。
12斯て弟子等出でて改心すべきことを人々に說敎し、
13許多の惡魔を逐拂ひ、注油して多くの病者を醫し居たり。
14斯てイエズスの名顯れしかば、ヘロデ王聞きて、洗者ヨハネは死者の中より蘇りたり、故に奇蹟彼に行はるるなり、と云へるに、
15或人々は、是エリアなりと云ひ、又或人々は、預言者なり、預言者の一人の如し、と云へば、
16ヘロデ之を聞きて我が馘りし彼ヨハネは、死者の中より蘇りたり、と云へり。
17蓋ヘロデ曾て其兄弟フィリッポの妻ヘロヂアデを娶りたれば、彼が爲に人を遣はしてヨハネを捕へ、監獄に繫ぎたりき。
18其はヨハネヘロデに向ひ、汝兄弟の妻を納るるは可からず、と云ひ居たればなり。
19然ればヘロヂアデ彼を恨みて殺さんと欲すれども、能はざりき、
20是ヘロデはヨハネの義人たり聖人たるを知りて、之を畏れ且護り、是に聽きて多くの事を行ひ、好みて彼に聽き居たるを以てなり。
21斯て便宜好き日來り、ヘロデ、大官、千夫長及ガリレアの貴族等を招待して誕生日の饗宴を開きしが、
22彼ヘロヂアデの女入來りて踊を爲し、ヘロデ及列席の人々の意に適ひしかば、王女に云ひけるは、欲しきものを我に求めよ、我必之を與へん、と。
23又誓ひて曰く、何事を求むるも、例へば我國の半にても、我之を汝に與へん、と。
24其時女出でて、我何を求むべきか、と母に云ひしに、彼、洗者ヨハネの頭を、と云ひければ、
25女直に王の許に急ぎ行き、洗者ヨハネの頭を盆に載せて、速に我に賜はん事を欲す、と云へり。
26王憂ひしかど、誓に對し且は列席の人々に對して女に否む事を欲せず、
27刑吏を遣はし、ヨハネの頭を盆に載せて持來る事を命ぜり。刑吏監獄にヨハネを馘り、
28其頭を盆に載せ齎して、女に與へしかば、女は之を母に與へたり。
29ヨハネの弟子等聞きて來り、其屍を取りて墓に葬れり。
30然て使徒等イエズスの許に集り、總ての爲しし事、敎へし事を告げしかば、
31イエズス彼等に向ひ、別に寂しき處に來りて暫し休め、と曰へり。其は往來する人多くして、食する暇だにあらざればなり。
32斯て船に乘りて、別に寂しき處に往けり。
33彼等の往くを見て、多くの人之を知り、凡ての町より徒步にて彼等に先ちて、彼處に馳集りしが、
34イエズス出でて群衆の夥しきを見給ひ、其牧者なき羊の如くなるを憫み、多くの事を敎へ始め給へり。
35日既に暮れかかりしかば、弟子等近づきて云ひけるは、處は寂しく時は既に遲し。
36人々を還し、四邊の田家及邑に往きて面々に食物を買ふことを得しめ給へ、と。
37イエズス答へて、汝等是に食物を與へよ、と曰ひしかば、彼等云ひけるは、我等往きて二百デナリオにて麪を沽ひ、彼等に食せしめんか、と。
38イエズス、汝等幾個の麪をか有てる、往きて見よ、と曰ひしに、彼等尋ね知りて、五個と二尾の魚とあり、と云へり。
39斯て命じて、人々を皆青草の上に組々に坐せしめ給ひ、
40人々百人五十人づつ坐したるに、
41イエズス五個の麪と二尾の魚とを取り、天を仰ぎて祝し、麪を擘きて弟子等に與へ、之を人々の前に置かしめ、又二尾の魚を一同に分ち給ひしかば、
42皆食して飽足れり。
43殘れる屑を拾ひしに、魚を倂せて十二の筐に滿ちしが、
44食せし男子は五千人なりき。
45イエズス直に弟子等を强て船に乘らしめ、己が人民を去らしむる間に湖を渡り、先ちてベッサイダへ赴かしめ給ひ、
46人を去らしめて後、祈らんとて山に往き給へり。
47夜更けて船は湖の中央に在り、イエズスは獨陸に居給ひしが、
48イエズス弟子等の逆風の爲に漕ぎ惱めるを見給ひ、朝の三時頃湖の上を步みて彼等に至り、行過ぎんとし給ひしに、
49弟子等其湖の上を步み給ふを見るや、怪物ならんと思ひて叫出せり。
50其は皆彼を見て心擾ぎたればなり。イエズス直に言を出して、賴もしかれ、我なるぞ、懼るること勿れ、と曰ひ、
51船に乘りて彼等に至り給ひしに、風止みたれば、彼等愈益心の中に驚きたり。
52其は彼等の心頑固にして、彼の麪の事を曉らざりければなり。
53航りて、ゲネザレトの地に至り、岸に船を着けしが、
54船より出づるや、人々忽イエズスを認めて、
55其全地方を馳廻り、イエズスの居給ふと聞く處に、病る者を床の儘に舁きて、何處までも廻り始めたり。
56斯て至る處、或は邑、或は街、或は田家に、人々病者を衢に置き、彼の衣服の總にだも觸れん事を願ひ居りしが、觸るる人は悉く醫されつつありき。
1ファリザイ人及數人の律法學士エルザレムより來りて、イエズスの許に集まりしが、
2弟子の中なる數人の、常の手卽ち洗はざる手にて麪を食するを見て、之を咎めたり。
3是ファリザイ人及凡てのユデア人は、古人の傳を守りて、屡手を洗はざれば食せず、
4又市より來る時は、身を洗はざれば食せず、其外杯、土器、銅器、牀の洗清め等、守るべき事多く傳へられたればなり。
5ファリザイ人、律法學士等イエズスに問ひけるは、汝の弟子等は何ぞ古人の傳に從ひて步まず、常の手にて麪を食するや。
6答へて曰ひけるは、善哉イザヤが僞善なる汝等に就きて預言したる事、錄して「此民は唇にて我を尊べども、其心は我に遠ざかれり。
7人の訓戒を敎へて、空しく我を尊ぶなり」とあるに違はず。
8卽汝等は神の掟を棄てて人の傳を守り、土器、杯等の洗清め、又然る類の事を多く行ふなり、と。
9又彼等に曰ひけるは、汝等は己が傳を守らんとて、能くも神の掟を廢せるよ。
10卽モイゼ曰く、「汝の父母を敬へ」と、又曰く「父若くは母を詛う人は死すべし」と。
11然るを汝等は云ふ、人もし父若くは母に向ひて、總て我よりするコルバン、卽獻物は、汝に益とならんと云はば足れり、と。
12而して其外は何事をも父若くは母に爲すを容さず。
13斯く己の傳へし傳によりて神の言を廢し、又然る類の事を多く行ふなり、と。
14イエズス再群衆を呼集めて、曰ひけるは、皆我に聞きて曉れ。
15外より人に入る物は、何物も人を汚す能はず、人より出づる物こそ人を汚すなれ。
16聞く耳を有てる人は聞け、と。
17然てイエズス、群衆を離れて家に入り給ひしに、弟子等此喩の事を問ひければ、
18彼等に曰ひけるは、汝等も然までに無智なるか。總て外より人に入る物は、之を汚す能はざることを曉らざるか。
19是其心に入るに非ずして、腹に下り、總て食物を淨めて厠に出づればなり、と。
20又曰ひけるは、人より出づる物こそ人を汚すなれ。
21卽人の心の内より出づるは、惡念 姦淫 私通 殺人
22偸盜 貪婪 狡猾 詐僞 猥褻 惡視 冒涜 傲慢 愚癡にして、
23是等一切の惡事は、内より出でて人を汚すなり、と。
24イエズス此處を去りて、チロとシドンとの地方に往き、家に入りて、誰をも見ざらん事を欲し給ひたれど、得隱れ給はざりき。
25卽ち汚鬼に憑かれたる女を持てる一人の婦、イエズスの事を聞くと等しく入來りて、足下に平伏せり。
26此婦はシロフェニシアに生まれたる異邦人にして、我女より惡魔を逐拂ひ給はん事を願ひ出でけるに、
27イエズス曰ひけるは、先兒等をして飽足らしめよ。兒等の麪を取りて犬に投與ふるは善き事に非ず、と。
28婦答へて、主よ、然り、然れど狗兒も、食卓の下に、兒等の遺片を食ふなり、と云ひしに、
29イエズス曰ひけるは、此言によりて往け、惡魔汝の女より出でたり、と。
30婦家に歸りて見れば、女は牀に橫はりて、惡魔は既に立去りたりき。
31イエズス又チロの地方を出で、シドンを經てデカポリ地方の中央を過り、ガリレアの湖に至り給ひしに、
32人々唖にして聾なる者をイエズスに連れ來り、是に按手し給はん事を願ひければ、
33イエズス之を群衆の中より呼取りて、指を其耳に入れ、唾して其舌に觸れ、
34天を仰ぎて歎じ、エフフェタ、と曰へり、卽開けよの義なり。
35忽にして其耳開け、舌の縺解けて言ふこと正しかりき。
36イエズス之を人に語る事を彼等に戒め給ひしかど、戒め給ふほど、人は益言弘め、
37益感嘆して、善くこそ何事をも爲し給ひつれ、聾を聞えしめ、唖を言はしめ給へり、と云ひ居たり。
1其時復群衆夥しくして、食すべきものあらざりしかば、イエズス弟子等を呼集めて曰ひけるは、
2我此群衆を憫む。夫既に三日を我と共に過して今や食すべき物なし。
3彼等を空腹にして家に歸らしめば、中には遠方より來れる人々あり、途にて倒るべし、と。
4弟子等答へけるは、此荒野にて、誰か何處より麪を得て彼等を飽かしめ得べき、と。
5イエズス、汝等幾個の麪をか有てる、と問ひ給ふに、七個と云ひしかば、
6イエズス命じて群衆を地に坐らせ、七個の麪を取り、謝して之を擘き、人々の前に供へしめんとて弟子等に與へ給ひしかば、彼等之を群衆の前に供へたり。
7又少しの小魚ありけるを、イエズス之をも祝し給ひ、命じて人々の前に供へしめ給ひしかば、
8人々食して飽足り、殘の屑七筐を拾へり。
9食せし者は凡四千人なりしが、イエズスさて彼等を去らしめ給へり。
10斯て直に弟子等と共に船に乘りて、ダルマヌタ地方に至り給ひしに、
11ファリザイ人等出でて論じかかり、イエズスを試みて天よりの徵を求めければ、
12イエズス心の中に歎じて曰ひけるは、現代の人は何ぞ徵を求むるや、我誠に汝等に告ぐ、現代の人豈徵を與へられんや、と。
13軈て彼等を去らしめ、復船に乘りて湖の彼方に至り給へり。
14時に弟子等麪を携ふる事を忘れて、船中唯一個の麪あるのみなりしが、
15イエズス彼等に命じて、汝等愼みて、ファリザイ人の麪酵と、ヘロデの麪酵とに用心せよ、と曰ひしかば、
16彼等、是我等が麪を有たざる故ならん、とて案じ合ひけるを、
17イエズス知りて曰ひけるは、汝等何ぞ麪を有たざる事を案ずるや、未知らず曉らざるか、汝等の心猶盲なるか、
18目ありて見えず、耳ありて聞こえざるか、又記憶せざるか。
19卽我五個の麪を五千人に擘與へし時、汝等屑の滿ちたる筐幾許を取收めしぞ、と。彼等十二と云ひしに、
20又[曰ひけるは、]七個の麪を四千人に擘與へし時、幾筐の屑を取收めしぞと、彼等、七と云ひしかば、
21イエズス何ぞ未だ曉らざる、と曰へり。
22一行ベッサイダに至りしに、人々一個の瞽者をイエズスに連來りて、是に觸れ給はん事を願ひければ、
23イエズス、瞽者の手を執りて之を邑外に導き、其目に唾して是に按手し、見ゆる物ありや、と問ひ給ひしに、
24彼瞠りて、我人々の步むを見るに、樹の如くなり、と云へり。
25軈て復其目に按手し給ひしに、目漸く開け、遂に回復して、凡ての物明に見ゆるに至れり。
26イエズス彼を其家に歸らしめて曰ひけるは、己が家に往け、邑に入る事なく、誰にも告ぐること勿れ、と。
27イエズス弟子等と共にフィリッポのカイザリアの邑々に出行き給ひしが、途中弟子等に問ひて、人々我を誰とか云へる、と曰ひしに、
28彼等答へて、[或人々は]洗者ヨハネ、或人々はエリア、或人々は預言者の一人の如しと云ふ、と云ひしかば、
29イエズス彼等に曰ひけるは、然て汝等は我を誰なりと云ふか、と。ペトロ答へて、汝はキリストなりと云ひけるを、
30イエズス我事を誰にも告ぐること勿れ、と嚴しく戒め給へり。
31又人の子が多くの苦を受け、長老、司祭長、律法學士等に排斥せられ、終に殺されて、三日の後復活すべき事を彼等に敎へ始め給ひしが、
32其事を公に語り給ひければ、ペトロ彼を拔きて諌出でけるを、
33イエズス顧みて弟子等を見廻し給ひ、ペトロを譴責して曰ひけるは、サタンよ、退け、汝の味へるは神の事に非ずして人の事なればなり、と。
34イエズス群衆と弟子等とを呼集めて、是に曰ひけるは、人若我に從はんと欲せば、己を棄て、己が十字架を取りて、我に從ふべし。
35其は己が生命を救はんと欲する人は之を失ひ、我及福音の爲に生命を失ふ人は、之を救ふべければなり。
36人全世界を贏くとも、若其生命を損せば、何の益かあらん。
37又人何を以てか其生命に易へんや。
38蓋奸惡なる現代に於て、我及我言を愧ぢたる人をば、人の子も己が父の光榮を以て、聖なる天使等を從へて來らん時之を愧づべし、と。
39又彼等に曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、神の國が權威を以て來るを見るまで、死を味はざるべき人々、此處に立てる者の中に在り、と。
1六日の後イエズス、ペトロヤコボヨハネのみを別に從へて、高き山に導き給ひしに、彼等の前にて御容變り、
2衣服は輝きて純白なる事雪の如く、地上の布晒人の爲し得ざる程なりき。
3時にエリアモイゼと共に彼等に現れて、イエズスと語り居りしが、
4ペトロ答へて、イエズスに云ひけるは、ラビ、善哉我等が此處に居る事。我等三個の廬を作り、一は汝の爲、一はモイゼの爲、一はエリアの爲にせん、と。
5蓋彼は其云ふ所を知らざりき、其は皆甚く懼れ居たればなり。
6斯て一叢の雲彼等を立覆ひ、聲雲の中より來りて曰はく、是ぞ我最愛の子なる、是に聽け、と。
7彼等は直に見廻しけるに、イエズスと己等との外、復誰をも見ざりき。
8イエズス彼等が山を下る時、人の子死者の中より復活するまでは、其見しことを人に語るな、と戒め給ひしかば、
9彼等之を守りしが、死者の中より復活する迄とは何事ぞ、と論じ合ひたり。
10斯てイエズスに問ひて、然らばエリア先に來るべしとファリザイ人律法學士等の云へるは何ぞや、と云ひければ、
11答へて曰ひけるは、エリア先に來りて萬事を回復すべし、又人の子に就きては、多くの苦難を受け且蔑にせらるべし、と錄されたる如く、
12我汝等に告ぐ、エリアも既に來れり、且人々縱に彼を遇ひし事、彼に就きて錄されたるに違はず、と。
13イエズス弟子等の許に來り見給ひしに、夥しき群衆彼等を圍み、律法學士等彼等と論じ居りしが、
14人民は直にイエズスを見て、皆驚き恐れ、馳寄りて敬禮せり。
15イエズス律法學士等に向ひ、何を論じ合へるぞ、と曰ひしに、
16群衆の中より一人答へて云ひけるは、師よ、我唖なる惡鬼に憑かれたる我子を汝に齎したるが、
17惡鬼に憑かるれば、何處にもあれ、投げ倒されて泡を噴き、齒を切り、五體强る。之を追出さん事を汝の弟子等に請ひたれど能はざりき、と。
18イエズス彼等に答へて曰ひけるは、嗚呼信仰なき時代なる哉、我何時まで汝等と共に居らんや、何時まで汝等を忍ばんや。其を我に携へ來れ、と。
19卽携へ來りしが、彼イエズスを見るや、直に惡鬼の爲に痙攣を起し、地に倒されて泡を噴きつつ臥轉びたり。
20イエズス其父に向ひ、彼に此事の起れるは、何時頃よりぞ、と問ひ給ひしに、
21父云ひけるは、幼少の時よりなり、而して惡鬼之を殺さんと、屡火に水に投げ入れたり。汝若爲べき樣もあらば、我等を憫みて助け給へ、と。
22イエズス是に曰ひけるは、汝若信ずることを得ば、信ずる人には何事も能はざるなし、と。
23子の父、忽淚と共に呼はりて云ひけるは、主よ、我は信ず、我信仰を扶け給へ、と。
24イエズス群衆の馳集るを見て汚鬼を責め、唖にして聾なる惡鬼よ、我汝に命ず、此人より立去りて、再入ること勿れ、と曰ひしに、
25惡鬼叫びつつ彼を痙攣せしめて出去れり。然て彼は死人の如くに成りしかば、死せりと云ふ人多かりしが、
26イエズス其手を執りて起し給ひければ、彼立上れり。
27イエズス家に入り給ひしに、弟子等竊に、我等が之を逐出すこと能はざりしは何故ぞ、と問ひしかば、
28イエズス彼等に曰ひけるは、斯る類は、祈祷と斷食とによらでは、如何にしても逐出すこと能はざるなり、と。
29斯て此處を去りて一行ガリレアを過りしが、イエズス誰にも知られざらん事を欲し給ひ、
30弟子等に敎へて、人の子は人の手に賣れ、是に殺され、殺されて三日目に復活すべし、と曰ひしかども、
31彼等其言を曉らず、又問ふ事をも憚り居たりき。
32彼等カファルナウムに至りて家に居りしに、イエズス問ひて、汝等途々何を論じたりしぞ、と曰へば、
33彼等默然たりき、是は己等の中に最大いなる者は誰ぞ、と道すがら相爭ひたればなり。
34イエズス坐して十二人を呼び、是に曰ひけるは、人若第一の者たらんと欲せば一同の後と成り、一同の召使と成るべし、と。
35然て一人の幼兒を取りて彼等の中に置き、之を抱きて彼等に曰ひけるは、
36誰にもあれ、我名の爲に、斯る幼兒の一人を承くる人は、我を承くる者なり、又誰にもあれ、我を承くる人は、我を承くるには非ずして、我を遣はし給ひし者を承くるなり。
37ヨハネ答へて云ひけるは、師よ、我等に從はざる一人が、汝の名を以て惡魔を逐拂ふを見たれば、我等之を禁じたりき。
38イエズス曰ひけるは、禁ずること勿れ、其は我名を以て奇蹟を行ひながら、直に我を謗り得る者あらざればなり。
39卽汝等に反せざる人は、汝等の爲にする者なり。
40汝等がキリストに屬する者なればとて、我名の爲に一杯の水を飲まする人あらば、我誠に汝等に告ぐ、彼は其報を失はじ。
41又我を信ずる此小き者の一人を躓かする人は、驢馬の挽く磨を頚に懸けられて海に投入れらるる事、寧彼に取りて優れり。
42若汝の手汝を躓かさば之を切れ、不具にて生命に入るは、兩手ありて地獄の滅えざる火に往くより、汝に取りて優れり、
43彼處には其蛆は死なず、火は滅えざるなり。
44若汝の足汝を躓かさば之を切れ、片足にて永遠の生命に入るは、兩足ありて滅えざる火の地獄に投入れらるるより、汝に取りて優れり。
45彼處には其蛆は死なず、火は滅えざるなり。
46若汝の目汝を躓かさば、之を抉去れ、片目にて神の國に入るは、兩目ありて火の地獄に投入れらるるより、汝に取りて優れり、
47彼處には其蛆は死なず、火は滅えざるなり。
48各火を以て醃けられ、犧牲は各鹽を以て醃けられん。
49鹽は善き物なり、然れど鹽若其味を失はば、何を以てか是に醃せんや。汝等の心に鹽あれ、汝等の間に平和あれ、[と曰へり]。
1イエズス此處を立出でて、ヨルダン[河]の彼方なるユデアの境に至り給ひしに、群衆復其許に集りければ、例の如く復彼等を敎へ居給へり。
2時にファリザイ人等近づきて之を試み、人其妻を出すは可か、と問ひしに、
3イエズス答へて、モイゼは汝等に何を命ぜしぞ、と曰ひしかば、
4彼等云ふ、モイゼは離緣狀を書きて妻を出す事を許せり。
5イエズス彼等に答へて曰ひけるは、彼は汝等の心の頑固なるによりてこそ、彼掟を汝等に書與へつれ。
6然れど開闢の初に、神は人を男女に造り給へり、
7此故に人は父母を離れて其妻に合し、
8兩人一體となるべし。然れば既に二人に非ずして一體なり。
9故に神の合せ給ひし所、人之を分つべからず、と。
10弟子等家に於て、復同じ事に就きて問ひしかば、
11彼等に曰ひけるは、誰にても妻を出して他に娶るは、是彼女に對して姦淫を行ふなり。
12又妻其夫を棄てて他に嫁ぐは、是姦淫を行ふなり、と。
13時にイエズスの是に觸れ給はん爲に、人々幼兒等を差出したるに、弟子等其差出す人を叱りければ、
14イエズス之を見て憤り給ひ、彼等に曰ひけるは、幼兒等の我に來るを容せ、之を禁ずること勿れ、神の國は斯の如き人の爲なればなり。
15我誠に汝等に告ぐ、總て幼兒の如くに神の國を承けざる人は、竟にに是に入らじ、と。
16斯て幼兒等を抱き、按手して之を祝し居給へり。
17イエズス途に出で給ひしに、一人馳來り、其前に跪きて、善き師よ、永遠の生命を得んには、我何を爲すべきか、と問ひければ、
18イエズス是に曰ひけるは、何ぞ我を善きと云ふや、神獨の外に善きものなし、
19汝は掟を知れり、姦淫する勿れ、殺す勿れ、盜む勿れ、僞證する勿れ、害する勿れ、汝の父母を敬へ、と是なり、と。
20彼答へて、師よ、我幼年より悉く之を守れり、と云ひしかば、
21イエズス是に目を注ぎ、寵みて曰ひけるは、汝尙一を缼けり、往きて有てる物を悉く賣り之を貧者に施せ、然らば天に於て寳を得ん、而して來りて我に從へ、と。
22彼此言に悲み憂ひつつ去れり。其は多くの財産を有てる者なればなり。
23イエズス見廻しつつ弟子等に、難い哉金を有てる人の神の國に入る事、と曰ひければ、
24弟子等此言に驚きしかば、イエズス又答へて曰ひけるは、小子よ、難い哉金を恃める人の神の國に入る事。
25富者が神の國に入るよりも、駱駝が針の孔を通るは易し、と。
26彼等愈怪しみて語合ひけるは、然らば誰か救はるることを得ん、と。
27イエズス彼等に目を注ぎつつ曰ひけるは、其は人に於て能はざる所なれども、神に於ては然らず、神に於ては何事も能はざる所なし、と。
28ペトロイエズスに向ひて、然て我等は一切を棄てて汝に從ひたり、と云出でたるに、
29イエズス答へて曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、總て我爲また福音の爲に、或は家、或は兄弟、或は姉妹、或は父、或は母、或は子等、或は田畑を離るる人は、
30誰にてもあれ、百倍程を受けざるはなし、卽今此世にては、家、兄弟、姉妹、母、子等、田畑を迫害と共に[受け、]後の世にては、永遠の生命を受けざるはなし。
31但多く先なる人は後になり、後なる人は先になるべし、と。
32エルザレムに上る途中、イエズス弟子等に先ち給ふを、彼等驚き且怖れつつ從ひ居りしに、イエズス再十二人を近づけて、己に起るべき事を語出で給ひけるは、
33看よ、我等エルザレムに上る。斯て人の子は司祭長、律法學士、長老等に賣られ、彼等は之を死罪に處し、異邦人に付し、
34且之を弄り、之に唾し、之を鞭ちて殺さん、而して三日目に復活すべし、と。
35時に、ゼベデオの子ヤコボとヨハネとイエズスに近づきて云ひけるは、師よ、望むらくは、我等の願ふ所を、何事にもあれ我等に爲し給はん事を、と。
36イエズス、我が汝等に何を爲さん事を願ふぞ、と曰ひければ、
37彼等汝の光榮の中に一人は其右、一人は其左に坐することを我等に得させ給へ、と云ひしに、
38イエズス曰ひけるは、汝等は願ふ所を知らず、汝等我が飲む杯を飲み、我が洗せらるる洗禮にて洗せられ得るか、と。
39彼等、我等は得、と云ひしに、イエズス曰ひけるは、汝等實に我が飲む杯を飲まん、又我が洗せらるる洗禮にて洗せられん、
40然れど我が右或は左に坐するは、我が汝等に得さすべき事に非ず、待設けられたる人々に得さすべきなり、と。
41十人の者之を聞きて、大いにヤコボとヨハネとを憤り始めければ、
42イエズス彼等を呼びて曰ひけるは、異邦人を司ると見ゆる人が之に主となり、又其君たる人が權を其上に振ふは、汝等の知れる所なり。
43然れど汝等の中に於ては然らず、却て誰にもあれ、大いならんと欲する者は汝等の召使となり、
44誰にもあれ、汝等の中に第一の者たらんと欲する者は一同の僕となるべし。
45卽人の子の來れるも、仕へらるる爲に非ず、却て仕へん爲、且衆人の贖として生命を與へん爲なり、と。
46斯て皆エリコに至りしが、イエズス弟子等と夥しき群衆を伴ひてエリコを出で給ふ時、チメオの子なる瞽者バルチメオ、路傍に坐して施を乞ひ居りしに、
47是ナザレトのイエズスなりと聞くや、叫び出でてダヴィドの子イエズスよ、我を憫み給へ、と云ひければ、
48多くの人彼を叱りて默せしめんとすれども、彼益激しく、ダヴィドの子よ、我を憫み給へ、と呼はり居たり。
49イエズス立止りて、彼を呼ぶ事を命じ給ひしかば、人々瞽者を呼びて、心安かれ、起て、汝を召し給ふぞ、と云ふや、
50瞽者上着を抛棄て、躍揚りて御許に至りしが、
51イエズス答へて、我に何を爲られん事を欲するぞ、と曰ひしに瞽者は、ラッボニ、我目の見えん事を、と云へり。
52イエズス之に向ひて、往け、汝の信仰汝を救へり、と曰ひしかば、彼忽見る事を得て途中までイエズスに從ひ行けり。