テモテへの後の書 (文語訳)

<文語訳新約聖書

w:舊新約聖書 [文語]』w:日本聖書協会、1950年

w:大正改訳聖書

テモテへの後の書

第1章

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神の御意により、キリスト・イエスにある生命の約束に循ひて、キリスト・イエスの使徒になれるパウロ、

書を我が愛する子テモテに贈る。願はくは父なる神および我らの主キリスト・イエスより賜ふ、恩惠と憐憫と平安と汝に在らんことを。

われ夜も晝も祈の中に絶えず汝を思ひて、わが先祖に效ひ清き良心をもて事ふる神に感謝す。

我なんぢの涙を憶え、わが歡喜の滿ちん爲に汝を見んことを欲す。

是なんぢに在る虚僞なき信仰をおもひ出すに因りてなり。その信仰の曩に汝の祖母ロイス及び母ユニケに宿りしごとく、汝にも然るを確信す。

この故に、わが按手に因りて汝の内に得たる神の賜物をますます熾にせんことを勸む。

そは神の我らに賜ひたるは、臆する靈にあらず、能力と愛と謹愼との靈なればなり。

されば汝われらの主の證をなす事と、主の囚人たる我とを恥とすな、ただ神の能力に隨ひて福音のために我とともに苦難を忍べ。

神は我らを救ひ聖なる召をもて召し給へり。是われらの行爲に由るにあらず、神の御旨にて創世の前にキリスト・イエスをもて我らに賜ひし恩惠に由るなり。

この恩惠は今われらの救主キリスト・イエスの現れ給ふに因りて顯れたり。彼は死をほろぼし、福音をもて生命と朽ちざる事とを明かにし給へり。

我はこの福音のために立てられて宣傳者・使徒・教師となれり。

之がために我これらの苦難に遭ふ。されど之を恥とせず、我わが依頼む者を知り、且わが委ねたる者を、かの日に至るまで守り得給ふことを確信すればなり。

汝キリスト・イエスにある信仰と愛とをもて我より聽きし健全なる言の模範を保ち、

かつ委ねられたる善きものを我等のうちに宿りたまふ聖靈に頼りて守るべし。

アジヤに居る者みな我を棄てしは汝の知る所なり、その中にフゲロとヘルモゲネとあり。

願はくは主オネシポロの家に憐憫を賜はんことを。彼はしばしば我を慰め、又わが鎖を恥とせず。

そのロマに居りし時には懇ろに尋ね來りて、遂に逢ひたり。

願はくは主かの日にいたり主の憐憫を彼に賜はんことを、彼がエペソにて我に事へしことの如何ばかりなりしかは、汝の能く知るところなり。

第2章

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わが子よ、汝キリスト・イエスにある恩惠によりて強かれ。

且おほくの證人の前にて、我より聽きし所のことを他の者に教へ得る忠實なる人々に委ねよ。

汝キリスト・イエスのよき兵卒として我とともに苦難を忍べ。

兵卒を務むる者は生活のために纏はるる事なし、これ募れる者を喜ばせんとすればなり。

技を競ふ者、もし法に隨ひて競はずば冠冕を得ず。

勞する農夫まづ實の分配を得べきなり。

汝わが言ふ所をおもへ、主なんぢに凡ての事に就きて悟を賜はん。

わが福音に云へる如く、ダビデの裔にして死人の中より甦へり給へるイエス・キリストを憶えよ。

我はこの福音のために苦難を受けて惡人のごとく繋がるるに至れり、されど神の言は繋がれたるにあらず。

この故に我えらばれたる者のために凡ての事を忍ぶ。これ彼等をして永遠の光榮と共にキリスト・イエスによる救を得しめんとてなり。

ここに信ずべき言あり『我等もし彼と共に死にたる者ならば、彼と共に生くべし。

もし耐へ忍ばば、彼と共に王となるべし。若し彼を否まば、彼も我らを否み給はん。

我らは眞實ならずとも、彼は絶えず眞實にましませり、彼は己を否み給ふこと能はざればなり』

汝かれらに此等のことを思ひ出さしめ、かつ言爭する事なきやう神の前にて嚴かに命ぜよ、言爭は益なくして聞く者を滅亡に至らしむ。

なんぢ眞理の言を正しく教へ、恥づる所なき勞動人となりて、神の前に錬達せる者とならんことを勵め。

また妄なる虚しき物語を避けよ。かかる者はますます不敬虔に進み、

その言は脱疽のごとく腐れひろがるべし、ヒメナオとピレトとは斯くのごとき者の中にあり。

彼らは眞理より外れ、復活ははや過ぎたりと云ひて、或人々の信仰を覆へすなり。

されど神の据ゑ給へる堅き基は立てり、之に印あり、記して曰ふ『主おのれの者を知り給ふ』また『凡て主の名を稱ふる者は不義を離るべし』と。

大なる家の中には金銀の器あるのみならず、木また土の器もあり、貴きに用ふるものあり、また賤しきに用ふるものあり。

人もし賤しきものを離れて自己を潔よくせば貴きに用ひらるる器となり、淨められて主の用に適ひ、凡ての善き業に備へらるべし。

汝わかき時の慾を避け、主を清き心にて呼び求むる者とともに、義と信仰と愛と平和とを追ひ求めよ。

愚なる無學の議論を棄てよ、これより分爭の起るを知ればなり。

主の僕は爭ふべからず、凡ての人に優しく能く教へ忍ぶことをなし、

逆ふ者をば柔和をもて戒むべし、神あるひは彼らに悔改むる心を賜ひて眞理を悟らせ給はん。

彼ら一度は惡魔に囚はれたれど、醒めてその羂をのがれ、神の御心を行ふに至らん。

第3章

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されど汝これを知れ、末の世に苦しき時きたらん。

人々おのれを愛する者・金を愛する者・誇るもの・高ぶる者・罵るもの・父母に逆ふもの・恩を忘るる者・潔からぬ者、

無情なる者・怨を解かぬ者・譏る者・節制なき者・殘刻なる者・善を好まぬ者、

友を賣る者・放縱なる者・傲慢なる者・神よりも快樂を愛する者、

敬虔の貌をとりてその徳を捨つる者とならん、斯かる類の者を避けよ。

彼らの中には人の家に潜り入りて愚なる女を虜にする者あり、斯くせらるる女は罪を積み重ねて各樣の慾に引かれ、

常に學べども眞理を知る知識に至ること能はず。

彼の者らはヤンネとヤンブレとがモーセに逆ひし如く、眞理に逆ふもの、心の腐れたる者、また信仰につきて棄てられたる者なり。

されど此の上になほ進むこと能はじ、そはかの二人のごとく彼らの愚なる事も亦すべての人に顯るべければなり。

汝は我が教誨・品行・志望・信仰・寛容・愛・忍耐・迫害、および苦難を知り、

またアンテオケ、イコニオム、ルステラにて起りし事、わが如何なる迫害を忍びしかを知る。主は凡てこれらの中より我を救ひ出したまへり。

凡そキリスト・イエスに在りて敬虔をもて一生を過さんと欲する者は迫害を受くべし。

惡しき人と人を欺く者とは、ますます惡にすすみ、人を惑し、また人に惑されん。

されど汝は學びて確信したる所に常に居れ。なんぢ誰より之を學びしかを知り、

また幼き時より聖なる書を識りし事を知ればなり。この書はキリスト・イエスを信ずる信仰によりて救に至らしむる知慧を汝に與へ得るなり。

聖書はみな神の感動によるものにして、教誨と譴責と矯正と義を薫陶するとに益あり。

これ神の人の全くなりて諸般の善き業に備を全うせん爲なり。

第4章

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われ神の前また生ける者と死にたる者とを審かんとし給ふキリスト・イエスの前にて、その顯現と御國とをおもひて嚴かに汝に命ず。

なんぢ御言を宣傳へよ、機を得るも機を得ざるも常に勵め、寛容と教誨とを盡して責め、戒め、勸めよ。

人々健全なる教に堪へず、耳痒くして私慾のまにまに己がために教師を増し加へ、

耳を眞理より背けて昔話に移る時來らん。

されど汝は何事にも愼み、苦難を忍び、傳道者の業をなし、なんぢの職を全うせよ。

我は今供物として血を灑がんとす、わが去るべき時は近づけり。

われ善き戰鬪をたたかひ、走るべき道程を果し、信仰を守れり。

今よりのち義の冠冕わが爲に備はれり。かの日に至りて正しき審判主なる主、これを我に賜はん、啻に我のみならず、凡てその顯現を慕ふ者にも賜ふべし。

なんぢ勉めて速かに我に來れ。

デマスは此の世を愛し、我を棄ててテサロニケに往き、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに往きて、

唯ルカのみ我とともに居るなり。汝マルコを連れて共に來れ、彼は職のために我に益あればなり。

我テキコをエペソに遣せり。

汝きたる時わがトロアスにてカルポの許に遺し置きたる外衣を携へきたれ、また書物、殊に羊皮紙のものを携へきたれ。

金細工人アレキサンデル大に我を惱せり。主はその行爲に隨ひて彼に報いたまふべし。

汝もまた彼に心せよ、かれは甚だしく我らの言に逆ひたり。

わが始の辯明のとき誰も我を助けず、みな我を棄てたり、願はくはこの罪の彼らに歸せざらんことを。

されど主われと偕に在して我を強めたまへり。これ我によりて宣教の全うせられ、凡ての異邦人のこれを聞かん爲なり。而して我は獅子の口より救ひ出されたり。

また主は我を凡ての惡しき業より救ひ出し、その天の國に救ひ入れたまはん。願はくは榮光世々限りなく彼にあらん事を、アァメン。

汝プリスカ及びアクラ、またオネシポロの家に安否を問へ。

エラストはコリントに留れり。トロピモは病ある故に我かれをミレトに遺せり。

なんぢ勉めて冬のまへに我に來れ、ユブロ、プデス、リノス、クラウデヤ、及び凡ての兄弟、なんぢに安否を問ふ。

願はくは主なんぢの靈と偕に在し、御惠なんぢらと偕に在らんことを。