セメント樽の中の手紙
松戸与三はセメントあけをやっていた。外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に
彼は鼻の穴を気にしながら
彼が
「何だろう?」と彼はちょっと不審に思ったが、そんなものに構って居られなかった。彼はシャヴルで、セメン
「だが待てよ。セメント樽から箱が出るって法はねえぞ」
彼は小箱を拾って、腹かけの
「軽い処を見ると、金も入っていねえようだな」
彼は、考える間もなく次の樽を空け、次の桝を量らねばならなかった。
ミキサーはやがて
彼は、ミキサーに引いてあるゴムホースの水で、
「チェッ! やり切れねえなあ、
「一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、九十銭で着たり、住んだり、
が、フト彼は丼の中にある小箱の事を思い出した。彼は箱についてるセメントを、ズボンの尻でこすった。
箱には何にも書いてなかった。そのくせ、
「思わせ振りしやがらあ、釘づけなんぞにしやがって」
彼は石の上へ箱を
彼が拾った小箱の中からは、ボロに包んだ紙切れが出た。それにはこう書いてあった。
――私はNセメント会社の、セメント袋を縫う女工です。私の恋人は
仲間の人たちは、助け出そうとしましたけれど、水の中へ
骨も、肉も、魂も、粉々になりました。私の恋人の一切はセメントになってしまいました。残ったものはこの仕事着のボロ
私の恋人はセメントになりました。私はその次の日、この手紙を書いて此樽の中へ、そうと仕舞い込みました。
あなたは労働者ですか、あなたが労働者だったら、私を
此樽の中のセメントは何に使われましたでしょうか、私はそれが知りとう御座います。
私の恋人は幾樽のセメントになったでしょうか、そしてどんなに方々へ使われるのでしょうか。あなたは左官屋さんですか、それとも建築屋さんですか。
私は私の恋人が、劇場の廊下になったり、大きな邸宅の
いいえ、ようございます、どんな処にでも使って下さい。私の恋人は、どんな処に埋められても、その処々によってきっといい事をします。構いませんわ、あの人は
あの人は
私はどうして、あの人を送って行きましょう。あの人は西へも東へも、遠くにも近くにも
あなたが、
お願いですからね。此セメントを使った月日と、それから
松戸与三は、
彼は手紙の終りにある住所と名前を見ながら、茶碗に注いであった酒をぐっと一息に
「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも
「へべれけになって
細君がそう云った。
彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。
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