第1章

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火星人の地球侵略という大惨事に続いて起こった、あの驚嘆すべき出来事を記録に残さずにおくことは不可能である。後代の人々のために、また地球外の残忍な敵に対する報復行に参加した人々のためにも、事実をまとまった形に書き留めておくことは事情に通じた者の義務であると考える。

地球に来た火星人はほぼ全滅した。我々の取るに足らぬ抵抗によってではなく、疾病によって。ごく少数の生き残りは命からがらシリンダーに乗って逃亡して行った。

火星人の不可思議な爆発物

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彼らは未知の爆発物を有しており、その想像を絶する爆発力を利用して宇宙船をニュージャージーのバーゲン郡から火星へと飛ばしたのである。

地球の引力と空気抵抗を克服するために彼らが必要とした速度が7マイル毎秒であることから、爆発の物凄さは想像が付くであろう。

まだ破壊され切ってはいなかったニューヨークの全土を衝撃波が襲った。近隣の町のまだ壊れていなかった建物は、同心円状になぎ倒された。

「パリセード」[1]は滝のように崩れ落ち、ハドソン川の対岸は津波に襲われた。

万単位の犠牲者

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この猛烈な爆発による犠牲者は数万の単位となった。衝撃は地球の屋台骨を伝わりブリテン島やヨーロッパ本土の地震計を揺らした。

侵略者によるこの恐ろしい成り行きは、いたる所に狼狽と絶望の入り混じった感覚を送り出した。荒廃が広く行き渡った。火星人が持ち込んだ殺人機械は無敵であり地球の住人は何ら対抗手段を持たないことが証明されていた。大都市も、地方も防衛手段を持たなかった。かつては繁栄した町や村を荒廃が覆い尽くした。壁に穴が開いて空が見えるようになった大都市は、さながらポンペイから発掘された骸骨であった。爆発の恐ろしい作用は牧場を焼け野原にし、豊かな泉を涸らした。所によっては疫病や飢餓が発生した。

全てが破壊されたわけではない

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だが全てが破壊されたわけではないかった。なぜなら、火星人の徐々に弱りながらの破壊の手はアメリカ全土にまでは届かなかったからである。疾病が火星人たちを襲い、束の間の勝利を味わう暇も無く彼らをどん底に叩き落したからである。彼らは侵略をやり遂げる余裕を持たなかった。

幸いにも侵略を免れた国からは、被災国へと救援物資が送り出された。同情と慈善の意識が古今東西に類を見ないほど高まった。人種や宗教の違いは、邪悪な火星人の被害者を哀れむ全世界的なシンパシーの前では無に等しかった。

しかし最悪の事態が訪れたのはその後であった。被災地を覆いつくした実際の労苦、死の情景、荒廃よりも忌むべきことはそれらに続いて起きた精神的・道徳的荒廃であった。その傾向は火星人を見ず、彼らが地球征服のために持ち込んだ恐るべき機械を目撃しなかった人々にまで広がった。この世界的な絶望の流れは全人類を飲み込む勢いであった。天文台が「軍神の星」の赤い表面に奇妙な光点を見出し、それらが動き、きらめいていることを公表すると絶望感は十倍にも深まった。この謎めいた現象は過去の例からするに、火星人が再び地球侵略を目論んでいるとしか解釈のしようが無かった。火星人の無敵の科学力を持ってすれば次回の侵略が完璧なものであり最後のものとなることを、誰が疑おうか?

驚くべき発表

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この驚くべき発表は心の弱い人々から気力と勇気を奪ったが、その一方で焼け跡から立ち上がろうとしている人々にはむしろ気概を与えた。ニューヨークでは希望と自信の風潮――災厄に立ち向かい、できる限り早く恐怖の形跡をぬぐい去ろうという決意――が現れた。イースト・リバーの橋を再建する計画がすでに着々と進んでいた。建築家は新しいホテルやアパート、そして以前より大きい教会の設計で大忙しであった。

火星人再来

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新生活の混乱の中、火星が我々に死をもたらす準備をしていることが確実だという情報がもたらされた。まるで日蝕でも起きたかのように、地球全土が暗い感情で多い尽くされた。それに続いて起こった騒動は筆舌に尽くしがたい。男たちは理性を失った。臆病者は不安から逃れるため自らの命を絶ち、豪胆なものは気を強く保ったが希望はなくこれから何をすべきかの展望も持たなかった。

しかしながら、一般大衆が何も知らない間にかすかな希望の光が輝き始めていたのである。それは一握りの、不撓不屈な科学界の男たちの働きによるものであった。代表的人物としてはイギリスの大科学者ケルヴィン卿、X線で有名なドイツ人レントゲン氏、そしてアメリカが産んだ科学の天才トーマス・A・エジソンの名が挙げられる。この面子を初めとした数人の男たちが細心の注意の下、火星人が遺した戦闘機械・飛行機械・謎の破壊力線発生装置を調査し、彼らの動力の根源を追求したのである。

オレンジにあるエジソン氏の研究所から、驚嘆すべき急報が出された。エジソンは、侵略者たちが(あの侵略行為で見せたような)強力なエネルギーを得ていた方法を発見しただけではなく、さらに進んで彼らを上回る方法をも発見したのである。

この吉報は即座に全ての文明国に伝わった。大西洋ケーブルは火星人による破壊を幸運にも免れていたため、東西大陸間の通信は妨げられることがなかったのである。これはアメリカにとって誇るべき日となった。火星人がまだ地球上にいた頃――すなわち彼らが無敵状態を誇り我々には歯向かう術が無いかのように思えていた頃――に、ある希望がフランスで囁かれ始め、イギリスとロシアにも一部が伝わっていた。それはアメリカが侵略者を退治する方法を見つけてくれるだろうという希望である。

今や、この希望と期待が現実のものとなりつつあった。ある意味では遅過ぎたのは確かだが、天文学者たちが予測する次回の侵略に際しては遅過ぎるということはない。

この情報の効果はまさしく覿面で、ほんの少し前まで世界中に蔓延していた落胆は即座に消散した。まるで全人類の安堵の吐息が聞こえてくるかのようであった。緊迫から解放された人々の精神は、バネのような弾力性をもってすばやく回復していった。

「準備はできている!」

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「来るなら来い!」ほとんど楽しげとも言える声が世論を満たした。「今や地球側は準備が整っている。あのアメリカ人たちが問題を解決した。エジソンは我々の戦力を奴らに勝てるくらいに引き上げてくれたのだ」

今にして振り返ってみると、地球の住人が火星の恐ろしい連中と対等になったという思いが掻き立てた自尊心の高まりが、わくわく感と共に思い出される。何しろ火星人は文明にしろ科学にしろ我々より何百万年も先行しているのだ。

幸運が得てしてそうであるように――不幸も同様だが――エジソン氏の発見に関するニュースは単独でもたらされたのではなかった。すぐにオレンジ山麓の素晴らしい研究所から歓喜の満ち潮が続々と押し寄せた。

地球侵略をしていた間、火星人たちは(おそらく自分たちの惑星上でもそうやっていたように)地球の大気内を飛行機械で易々と飛び回った。このことは他の殺人兵器の威力よりも寧ろ地球の住人を驚かした。

これらの飛行機械は極めて大きな利点を火星人にもたらした。彼らは自分たちが荒廃させた地上から離れて、つまり我々の火器の射程外に留まって、安全な雲の彼方から地上に死を投げ下ろしたのである。

エジソンの飛行機械

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巷の噂がまことしやかに伝える所によれば、エジソン氏は火星人のものより遙かに洗練され扱いやすい飛行機械を考案し完成させた。エジソン氏が試作の電気式空中船で何を成し遂げたかについて、胸躍る話が早くも新聞上に現れ始めた。エジソンの研究所は世間の好奇心から慎重に守られていた。研究はまだ始まったばかりであり、この非常時に時期尚早な情報を公開して人々に過大な期待を与えた末に絶望の淵に再び叩き込むような真似を避けたい…とエジソンは感じていたからである。

にも関わらず、事実の一旦は漏れ出していた。問題の飛行機械がオレンジ・ヒルズ[2]上空を夜間に遊弋し、かすかな星明りの中で空の高みへと消えて行った様子、そして夜明け前に東方へと高速飛行していた様子は多くの人に目撃されたし、大発明家の研究所の塀の中に降りてゆく様子も目撃されていた。噂は具体性を増してゆき、遂には「エジソン自身が数人の科学者仲間と共に空中船を駆り、すでに月への試験飛行を成功させた」との言説が流布するようになった。平常であればそのような突拍子も無い話は一笑に付されたところだろうが、地球を勇気づける新たな希望の翼に乗って、この噂は民衆にとっての真実となった。

 
エジソンのすばらしい発明品が姿を現わす:問題の飛行機械がオレンジ・ヒルズ上空を夜間に遊弋し、かすかな星明りの中で空の高みへと消えて行った様子は多くの人に目撃された。

月への飛行

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そして噂は事実であった。私自身が宇宙船に乗っていた一人なのである。あの夜、宇宙船は静かに大地を離れ、地球の作る大いなる影から抜け出して月に向かった。我々は地球の衛星の傷だらけで荒れ果てた地表に着陸した。そこで我々は重要かつ興味深い事象の数々を体験した。それを語るのは後回しにすべきではないだろう。私は人類初の別世界訪問の概要を書き記す責任を果たさねばならない。しかしすでに述べたとおりこれはあくまで試験飛行であった。この、宇宙の大海に浮かぶ隣の小島への訪問により、エジソン氏は単に自分の発明品の実用性を試してみたかったのであり、また何より、死すべき人間風情がその意志によって地上を離れそして戻ってくることが可能だと自分自身と同僚科学者たちに納得させたかったのだ。その目的は試験飛行の大成功により果たされた。

 
月への試験飛行:私自身が宇宙船に乗っていた一人なのである。あの夜、宇宙船は静かに大地を離れ、地球の作る大いなる影から抜け出して月に向かった。

エジソン氏の飛行機械のメカニズムについてあまり技術的なことを細々と述べても読者は興味をそそられないだろう。電気的な引力と斥力の原理を利用しているとだけ言っておこう。天才的な発明の才と複雑極まる機構によって、彼は限定空間内の電気のポテンシャルと極性とを何らの危険性もなく自由自在に操る方法を完成したのである。誰もが知っている通り、人類を地表に束縛しているのは重力の仕業である。もし重力に打ち勝てれば、またはそれを中和できれば、物体を宇宙空間へと解き放つことが可能となる。エジソン氏は電気力をもって重力に対抗したのであった。自然は実際に昔から同じことをやっている。全ての天文学者がそれを知っている。が、今まで自然の奇跡を模倣できた者はいなかった。彗星が太陽に接近する時、太陽の重力の影響を受けて軌道が描かれる。放物線ないし楕円曲線が大宇宙に描かれるわけだが、これは実際には落下している曲線なのである。しかし太陽に近づいている間、彗星は数百万マイル(または場合よってはその何百倍)もの長さの輝く尾を噴き出す。この尾は彗星が動くにつれ一部が後に取り残されてゆく。太陽は彗星を引き寄せると同時に、彗星の尾の微小な粒子(または原子)を重力とは反対の方向に無理やり押しやっている。太陽が自らの重力に抗して粒子を押しやるエネルギーが、電気的な性質のものであることは誰にとっても疑いようがない。彗星の核は固形であり比較的重いため電気的な斥力があるにも関わらず太陽の方へと落下してゆく。だが尾を構成する原子はほとんど重さが無いため、重力よりも静電気力の影響が強く働き、太陽とは反対側に吹き飛ばされるのである。

重力の克服

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さて、エジソン氏の実現したことが何かと言えば、彼は彗星の尾を構成する原子に類比される荷電粒子を創り出したのである。ただし彗星の核とは違い、宇宙船の機体は金属製で、何百ポンドもの重さがあり、さらに数千ポンドの物品を積んで飛ぶ能力がある。機内に備えた発電機から莫大な電荷を得ることで、エジソン氏は地球の引力を相殺あるいはわずかに上回る力を操ることが可能となった。つまり宇宙船は帯電体に触れた埃のように地球から飛び出すことが可能となったのである。

煌々と証明された船室で我々が席に着いたとき――なお、化学的な装置が酸素と窒素を供給し、人間が消費した分の空気を補う仕掛けになっていた――エジソン氏は光沢のあるボタンに触れた。すると機体の外面に然るべき荷電粒子が発生し、我々はすぐさま上昇を始めたのであった。

飛行の時期や方向は事前に完璧に計算しつくされていたので、我々の世界初の宇宙船は月へとまっすぐに飛んで行った。

実験大成功

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宇宙船が天体の重力に引かれて落下する軌道にあるとき、必要となるほぼ唯一のことは電荷の操作である。ただし厳密にはそれだけでは不完全であり、月の重力による効果を考慮して平衡を保たねばならない。そうして我々は月に接近し、簡単な操縦で、衝撃もなくその表面に着陸した。

我々は多くの興味深い事物を観測する能力がなかったわけではないが、月世界の驚異を調査せずに放置してきた。地球を離れるのみならず宇宙を渡って別の天体に軟着陸することが可能だと実地に証明するだけで、エジソン氏の当座の目的は成就したし、我々は早く地球に帰りたかったからである。月からの離陸と我らの母星への着陸は先ほど述べたと同様の手順、すなわち問題の天体である愛すべき地球と機体の間の静電引力・斥力を操ることで行なわれた。

ニュースを電送

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実験により飛行機械の実用性が示されたとき、もはやエジソン氏にとって自分の仕事を全世界から隠す理由はなくなった。電信網を、そして海底ケーブルを絶え間なく情報が走り、詳細を貪欲に求める返信が走り、世界中に情報が伝わった。全世界が最大限に熱狂した。

「火星人め、来るなら来い」人々は叫んだ。「必要ならば、ペルシアの大群来襲に際してアテネ人がアテネから立ち退いたたように、我々も地球から疎開ができる。アメリカ人の発明の才があれば人類は宇宙でもやっていけるだろう」

そして、閃光のように、ある天才たちが世界を燃やし尽くす計画を案出した。

「なぜ待つ必要があるのか?なぜ我々の都市が再び破壊され、土地が再び荒される危険を犯すのか?こちらから火星に乗り込めばいいのだ。虎穴に入らずんば孤児を得ず。征服者となって憎っくき惑星に乗り込もうではないか。必要とあらば、ダモクレスの剣のような脅威から地球を永久に解放するために、火星を壊滅させようではないか」


 
魔術師と天文学者、協議する:魔術師エジソンとサービス教授、エジソンの研究所にて、火星に報復する最適の方法について協議する。

訳注

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  1. ハドソン川上流にある有名な断崖
  2. カリフォルニア州オレンジの地名