ちりめん労働歌
機屋の唄
編集織手唄
編集- 織手娘が唄ったもの(八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』三省堂、1970年、7頁)
一夜ござれや 二夜さまござれ 七夜ざくらに 八夜ござれ
一夜ござれや 二夜、三夜ござれ、七夜じゃ言うて八夜ござれ
- 機屋勤めを唄ったもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、89-93頁)
機を織りたい縮緬機を、いつもチャンチャン面白い。
赤いたすきをちどりにかけて、つまが機織る品の良さ。
糸の繰りよか緯仕のわざか、管はばらつく手はとまる。
織手しましょや機先やめて、織手じゃと云や名もよいし。
織手じゃといや名はよいけれど、ちゃつぎ織手でらちあかん。
織手おりてと名はよいけれど、機に居りてであきはせん。(後半「茨ボタンで気(木)がこわい」とも唄う。)
織手さん達ゃ神さんじゃから、いつも鳥居の中に住む。
へ入れおさ入れ、たてまくつなぐ、知らにゃ織手と言われまい。
織手さんたちゃけんつよかけて、足の踏みきりようなされ。
機が織りよて糸さよ切れにゃ、織手いやとは思うあせぬ。
うちの織りてはずんべんだらり、いつが昼やら晩げやら。
さとく落いたは織手の如才、落ちたさとくに罪はない。
苦なし苦ない坊で苦はないけれど、機の織れんのが苦じゃわいな。
さとく落すも糸つき切るも、習いこみなら直りゃせん。
落ちてくれるな日の暮れさとく、どこに居るやら見えやせん。
あぜのつきまや織手の心、身をば薬研でおろすよな。(後半「猫がネズミをねらうよな」とも唄う。)
節季のせり機せき縮緬は、どこの織手も身をやつる。
織手妻にもちゃようまもならん、いかな晩げもひごけずり。
織手かかにもちゃ吹雪の晩に、綜(あぜ)のつくまで門に立つ。
織手さいしょまいわが連りょ妻に、おさのうちかど身の毒よ。
うちの殿御はかわいい殿御、織ってやりたや兵児帯を。
織手おさんと唐津屋さんと、一生伴りょと茶碗酒。
織手まさりの機先さんで、御遠慮のなる何事も。
織手精出せ機先はげめ、車廻しを追うてやろ。
当家の管巻きゃよう管巻いて、管に追われる空管に。
これの管巻きゃそろばんくだを、巻いて織らせて困らかす。
なさけないわな間人(たいざ)のおなご、コロンチャッコロシで日を暮す。
コロンチャッコロスで行灯の灯が消えた、もはや仕舞えのことかいな。
さとく落ちたら行灯の灯が消えた、もはやしまえとのことかいな。
綜がついたかと覗いて見たら、まんだ鳥居の外にある。
綜は鳥居のまだ下なれど、着いているのはよすみ綜。
綜が着こうがのうつくまいが、太鼓さえ出りゃ仕舞われる。
綜は着いたし廻りは来たし、まんだ来んわな機先が。
綜はケンチョ場に殿御さんは門に、心早鐘つくがよな。
ケンチョ場にある三本小竹、いつかわが前来るじゃやら。
管を巻くなら麦粒なりに、山の高いは わなが出る。
しまいたいけど本機先の、しまえ口上が出んわいな。
太鼓夜番が早よ出りゃよいに、あまりおそいで待ちかねる。
太鼓夜番の音聞くまでは、わしが身じゃないお主(しゅ)の身じゃ。
日の暮れになりゃ行灯にあかり、太鼓出るのを待つわいな。
太鼓たたきの〇〇さんな、あまり遅いで待ちかねる。
織手商売さらりとやめて、今は殿御のひざのそば。(後半「ぬしのおそばで針仕事」とも唄う。)
殿御さんなよ窓までおいで、窓で合図がなるわいな。
殿御さんえな窓には来ても、人の目にどまかかるなよ。
綜はついたに殿御はおそい、つまや案じな窓の下。
仕舞えしまえと窓へ来て言いなる、いかにお前がひまなとて。
仕舞えしまえと窓から覗く、しとる仕事も手につかん。
昨夜窓までお出たげなが、思いがけのて知らなんだ。
ひやかし止めなれ夜露は毒じゃ、お前風ひきゃ共なんぎ。
とろりとろりと眠たい時は、様が窓まで来りゃさめる。
心がわりがしたやら様の、来てもおくれよ窓の下。
逢いたさに来た見たさに顔が、話とて来た思わくに。
三味が鳴るなる向うの部屋に、仕舞うて来いとのことかいな。
- 機屋勤めを唄ったもの (『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、21頁)
今年来年、上機先で、再来年から織手する。
車廻しが利口げに言うても、上にゃ居られん庭に居る。
織手さん達ゃ神さんじゃから、いつも鳥居の中に住む。
ほんに憂世じゃ機屋の女子、機屋女子に誰がした。
- 与謝野町岩滝に伝わるもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、88頁)
おりて きんかん はたさき みかん くるま まわしは ゆずのかわ
- 京丹後市大宮に伝わるもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、87頁)
おまえみたよな ぼたんのはなが さいておるわな くるみちに
機先唄
編集- 機先がよく唄ったもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、93-94頁)
今年来年、上機先で、さ来年から織手する。
織手さんより機先さんへ、機の調子がよいわいな。
爪も立たんほど、やり詰めた綜を、憎くや織手が又くずす。
ランプ片手に、綜竹片手、親に見せたいこの姿。
糸や切れきれ、千本なりと、切れてつなぐはわしの役。
織手さんたちゃ早よ綜つけて、仕舞て行く気はないかいな。(機先のこの唄に対し、織手は「仕舞て行く気はやまやまあれど、綜が着かんで仕舞われん」と唄い返す。)
管を巻いて巻いて、巻き詰めおいて、織手さんより早仕舞。
綜がついたらもし織手さん、かばち叩かれうらからに。
巻いて巻き詰めて、このぶしょあけて、織手さんより早よ仕舞う。
管を巻き詰め、綜やりつめて、織手ご免と飛んで出る。
管巻唄
編集- 機先がよく唄ったもの(井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、95頁)
わしは管巻く 姉さん織手、巻いて織らしょや思わくに。
わしは管巻く 管さえ巻けば、ご遠慮はいらない どなたにも。
車廻し唄
編集- 車廻しがよく唄ったもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、95-97頁)
織手どさわかいて泣かそじゃないか、 織手機織りゃぬきがいる。
車廻いて下管巻いて、宵の雑仕がつろござる。(後半「晩の夜なべがつろござる。」あるいは「緯に追われぬよにしたい。」とも唄う。)
糸が悪いか緯仕のわざか、嫌やかたおがまたはしる。
糸や切れなよ、輪金や落ちな、車軽かれぶしょ廻れ。
くるりくるりと廻れや車、わしの願いの御所車。
わしの願いの御所車、仕事せいでも時間は廻る。(後半「様と寝いでも夜は明ける」とも唄う。)
車廻しの御先生さんに、管が立たんと、投げられた。
車廻しが利巧げに言ても、上にゃ居られん庭に居る。
こらや機きゃ、早よ飯食わせ、車廻しは腹がへる。
車廻しは大旦那さんよ、織手ゃ機屋の定使。
車廻しの道楽仕事、誰が先生で教(お)せたやら。
車廻しがようよるげなが、それで下管追われずめ。
車廻して下管巻と、仲のよいのがもとめたい。
車廻しの横着者が、緯に追われて暇もろた。
車廻しも糸さよ切れにゃ、緯に追われはしょまいもの。
三十二本の管さし揃え、妻と寝たより面白い。
養蚕の唄
編集桑つみ唄(桑こき唄)
編集- 丹後地方の各地に伝わるものの一例 (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、187-188頁)
わしは桑こき桑さえこけば、ご遠慮はない何方にも。
がぜの桑でもこき居りゃたまる、こかにゃたまらぬ芭蕉葉でも。
親のない子の草刈る見やれ、草に涙を刈りかてて。
向い小山の木の葉が赤い、あれが落ちたら雪が降る。
糸引唄
編集- 丹後地方の各地に伝わるもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、189-190頁)
糸を引きゃこそ他国の人と、肩をならべて連れ節で。
妻は可愛いや糸引習ろて、晩にゃ秤の目にかかる。
妻じゃなけれど糸引可愛い、晩にゃ秤の目にかかる。
娘糸引け桑こき習え、ここは小原だ糸どころ。
わしは糸引、糸さえ引けば、ご遠慮はない何方にも。
糸屋旦那さんの昼寝の間には、大きな声して寝さしょまい。
糸屋旦那さんが盲ならよいが、おかた聾なら尚よかろ。
糸屋旦那さんが節とれ目とれ、糸も目もいるままよいな。
糸屋旦那さん糸掛けなさりゃ、どうめどうめと掛けなされ。
どうめどうめと掛けたいけれど、糸に目が無て掛けられぬ。
糸屋旦那さんはそろばん枕、糸が売れたら金枕。
糸は上斤ななつぶだてに、引いてあります糸屋さん。
丹後但馬の糸買野郎が、糸に批難を入れくさる。
わしは鍋の中、宮津の祭、おうでおうでと詰めかける。
ほんに私は節糸引いて、申しわけなや旦那さま。
三度三度に菜っ葉を食って、何で糸目が出るものか。
今年ゃうれしい帳場の私、糸目切れても苦にならぬ。
切れてよいもの切れてはくれず、憎い糸目が又切れた。
ながい夏中お世話になって、何でご恩を送ろやら。
何もご恩の送りようのうて、またも来年糸の時。
置いておくれや又来年も、奉公する身はいつまでも。
水は掛け水旦那さんは若い、おかみさんは外で勤めよい。
啼けよかっこ鳥、〇〇(地名)の藪で、糸が下がると言うて啼け。
板になりたい帳場の板に、なって手紙の中見たい。
荒い気色じゃ叢雲さんじゃ、あれで他人が使わりょか。
男持つなら巡査か医者か、百姓男は泥くさい。
男持つなら兵隊さん持ちゃれ、大和魂があるものに。
女女とけいべつするな、五尺男は誰が生む。
女ながらもみ国のために、掛けたたすきが赤十字。
丹波綾部の郡是の製糸、娘やるなよ繭を売れ。
製糸女工は可愛いてならん、どこも見られん篭の鳥。
女工女工と見下げてくれな、国へ帰れば箱入娘。
製糸女工は御殿の桜、御殿桜や見るばかり。
- 与謝野町・旧野田川町地区に伝わるもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、188頁)
さまは今頃起きてか寝てか、思い出してか忘れてか、おおそうじゃそうじゃさぞ今頃は思い出さずに忘れずに。
おらが娘は吉野の桜、花(鼻)は低くても人が好く。おおそうじゃそうじゃさぞ今頃は、思い出してか忘れてか。
思い出すよじゃ惚れよが薄い、思い出さずに忘れずに。
- 京丹後市久美浜町佐野に伝わるもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、188頁)
私ゃ糸引殿御は川釣人、引いてあげましょ釣糸を。
私ゃ糸引旦那さんは糸屋、矢立腰にさいて繭買いに。
なんぼようても糸引するな、死んで湯箸を杖につく。
七つ八つから糸引習ろて、今じゃ糸屋の嫁となる。
こんな腐繭持てきたやつに、酒も飲ますな銭やるな。
酒を飲ますも銭やりどこか、堅木丸太でどぞき出せ。
糸繰唄
編集- 与謝野町・旧野田川町地区に伝わるもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、191頁)
宮津糸くり二匁五分コラショッ 加悦や三河内はただの五分
加悦や三河内は五分でもよいが、山田糸くりゃ稗三合
三味の丸木橋すべってころんで危ないけれども、蛇の目の傘相寄ってさし合うて、手を引き渡るコラショウ 共に落ちても二人連れ
落ちていねいね なんきんひよ鳥、羽ひきずりのチャボが啼く。ててが越えなきゃ夜が明ける。
- 京丹後市網野町郷に伝わるもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、191頁)
宮津糸くり笹の葉の露で、一つゆすれば皆落ちる。
- 宮津市に伝わるもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、191頁)
宮津芸妓は尾のない狐、人を化いて金を取る。
殿御さんがよ一反おくれ、はじで織れた糸縞を。
織手しょういな機先やめて、織手じゃとゆや名もよいし。
糸紡ぎ唄
編集- 京丹後市久美浜に伝わるもの (井上正一編『丹後の民謡』1969年8月15日、191-192頁)
とろりとろりと出た声なれど、今は出もせぬ声までも。
お前1人か連れ衆はないか、連れは後から駕篭でくる。
駕篭でくるよなお連れはいらぬ、お手てつないで来るがよい。
糸よ細でよ細でてくれよ、かわいい殿御のしまの糸。
亥子餅食てうれしはあれど、後の二十めがつろござる。
姑小姑両手にのせて、花を咲かせて暮したい。
姑しぶ柿 小姑はこねり、様は御所柿甘もござる。
いやな男が千度来ても、猿の木登り落ちはせん。
親と親との約束なれど、親父行ってそへ わしゃ嫌じゃ。
思い思うて添ってこそ縁じゃ、親が添わすは無理な縁。