六 結論

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 「いき」の存在を理解しその構󠄃造󠄄を闡明するに當つて、方法論的考察として豫め意味體驗の具體的把握を期した。しかし、すべての思索の必然的制約として、槪念的分󠄃析によるの外はなかつた。しかるに他方において、個人の特殊の體驗と同樣󠄂に民族の特殊の體驗は、たとへ一定の意味として成立してゐる場合にも、槪念的分󠄃析によつては殘餘なきまで完全󠄃に言表されるものではない。具體性に富んだ意味は嚴密には悟得の形で味會されるのである。メーヌ・ドウ・ビランは、生來の盲󠄃人に色彩󠄃の何たるかを說明すべき方法がないと同樣󠄂に、生來の不隨者󠄃として自發的動作をしたことのない者󠄃に努力の何たるかを言語をもつて悟らしむる方法はないと云つてゐる(一七)。我々は趣味としての意味體驗に就ても恐󠄃らく一層󠄃述󠄃語的に同樣󠄂のことを云ひ得る。「趣味」は先づ體驗として「味ふ」ことに始まる。我々は文󠄃字通󠄃りに「味を覺える」。更󠄃に、覺えた味を基礎として價値判󠄄斷を下す。しかし味覺が純粹の味覺である場合はむしろ少ない。「味なもの」とは味覺自身のほかに嗅覺によつて嗅ぎ分けるところの一種の匂を暗󠄃示する。捉へ難󠄇いほのかなかをりを豫想する。のみならず、屢々觸覺も加はつてゐる。味のうちには舌ざはりが含まれてゐる。さうして「さはり」とは心の絲に觸れる、言ふに言へない動きである。この味覺と嗅覺と觸覺とが原本的意味に於ける「體驗」を形成する。いはゆる高等感覺は遠󠄄官として發達󠄃し、物と自己とを分󠄃離して、物を客觀的に自己に對立させる。かくして聽覺は音󠄃の高低を判󠄄然と聽分󠄃ける。しかし部音󠄃は音󠄃色の形を取つて簡明な把握に背かうとする。視󠄃覺にあつても色彩󠄃の系統を立てて色調󠄃の上から色を分󠄃けて行く。しかし如何に色と色とを分󠄃割󠄅してもなほ色と色との間には把握し難󠄇い色合が殘る。さうして聽覺や視󠄃覺にあつて、明瞭な把握に漏れる音󠄃色や色合を體驗として拾得するのが、感覺上の趣味である。一般にいふ趣味も感覺上の趣味と同樣󠄂にものの「色合」に關してゐる。卽ち、道󠄃德的および美的評󠄃價に際して見られる人格的および民族的色合を趣味といふのである。ニイチエは『愛しないものを直ちに呪ふべきであらうか』と問ふて、『それは惡い趣味と思ふ』と答へてゐる。またそれを『下品』(Pöbel-Art)だと云つてゐる(一八)。我々は趣味が道󠄃德の領域において意義をもつことを疑はうとしない。また藝術󠄃の領域にあつても、『色を求むるにはあらず、ただ色合のみ(一九)』と云つたヴエルレエヌと共に我々は趣味としての色合の價値を信ずる。「いき」も畢竟、民族的に規定された趣味であつた。從つて「いき」は勝󠄃義における sens intime によつて味會されなければならない。「いき」を分󠄃析して得られた抽象的槪念契󠄅機は具󠄄體的な「いき」の或る幾つかの方面を指示するに過󠄃ぎない。「いき」は個々の槪念契󠄅機に分󠄃析することは出來るが、逆󠄃に、分󠄃析された個々の槪念契󠄅機をもつて「いき」の存在を構󠄃成することは出來ない。「媚態」といひ、「意氣地」といひ、「諦󠄂め」といひ、これらの槪念は「いき」の部分󠄃ではなくて契󠄅機に過󠄃ぎない。それ故に槪念的契󠄅機の集合としての「いき」と、意味體驗としての「いき」との間には、越えることの出來ない間𨻶がある。換言すれば、「いき」の論理的言表の潛勢性と現勢性との間には截然たる區別がある。我々が分󠄃析によつて得た幾つかの抽象的槪念契󠄅機を結合して「いき」の存在を構󠄃成し得るやうに考へるのは、旣に意味體驗としての「いき」をもつてゐるからである。

 意味體驗としての「いき」と、その槪念的分󠄃析との間にかやうな乖離的關係が存するとすれば、「いき」の槪念的分󠄃析は、意味體驗としての「いき」の構󠄃造󠄄を外部より了得せしむる場合に、「いき」の存在の把握に適󠄃切なる位地と機會とを提供する以外の實際的價値をもち得ないであらう。例へば、日本の文󠄃化󠄃に對して無知な或る外國人に我々が「いき」の存在の何たるかを說明する場合に、我々は「いき」の槪念的分󠄃析によつて、彼を一定の位置に置く。それを機會として彼は彼自身の「內官」によつて「いき」の存在を味得しなければならない。「いき」の存在會得に對して槪念的分󠄃析は、この意味に於ては、單に「機會原因」より外のものではあり得ない。しかしながら槪念的分󠄃析の價値は實際的價値に盡きるであらうか。體驗さるる意味の論理的言表の潛勢性を現勢性に化󠄃せんとする槪念的努力は、實際的價値の有無または多少を規矩とする功利的立場によつて評󠄃價さるべき筈のものであらうか。否。意味體驗を槪念的自覺に導󠄃くところに知的存在者󠄃の全󠄃意義が懸つてゐる。實際的價値の有無多少は何等の問題でもない。さうして、意味體驗と槪念的認󠄃識󠄂との間に不可通󠄃約的な不盡性の存することを明かに意識󠄂しつつ、しかもなほ論理的言表の現勢化󠄃を「課題」として「無窮」に追󠄃跡するところに、まさに學の意義は存するのである。「いき」の構󠄃造󠄄の理解もこの意味において意義をもつことを信ずる。

 しかし、曩にも云つたやうに、「いき」の構󠄃造󠄄の理解をその客觀的表現に基礎附けようとすることは大なる誤󠄄謬である。「いき」はその客觀的表現にあつては必ずしも常に自己の有する一切のニュアンスを表はしてゐるとは限らない。客觀化󠄃は種々の制約の拘束の下に成立する。從つて、客觀化󠄃された「いき」は意識󠄂現象としての「いき」の全󠄃體をその廣さと深さにおいて具󠄄現してゐることは稀である。客觀的表現は「いき」の象徵に過󠄃ぎない。それ故に「いき」の構󠄃造󠄄は、自然形式または藝術󠄃形式のみからは理解出來るものではない。その反對に、これらの客觀的形式は、個人的もしくは社󠄃會的意味體驗としての「いき」の意味移入によつて初めて生かされ、會得されるものである。「いき」の構󠄃造󠄄を理解する可能性は、客觀的表現に接觸して quid を問ふ前󠄃に、意識󠄂現象のうちに沒入して quis を問ふことに存してゐる。およそ藝術󠄃形式は人性的一般または異性的特殊の存在樣󠄂態に基いて理解されなければ眞󠄃の會得ではない(二〇)。體驗としての存在樣󠄂態が模樣󠄂に客觀化󠄃される例としては、ドイツ民族の有する一種の內的不安が不規則的な模樣󠄂の形を取つて、旣に民族移住時代から見られ、更󠄃にゴシツクおよびバロツクの裝飾󠄃にも顯著󠄄な形で現はれてゐる事實がある。建󠄄築においても體驗と藝術󠄃形式との關係を否み得ない。ポール・ヴアレリーの「ユーパリノス或ひは建󠄄築家」のうちで、メガラ生れの建󠄄築家ユーパリノスは次󠄄のやうに云つてゐる。『ヘルメスのために私が建󠄄てた小さい神󠄃殿、直ぐそこの、あの神󠄃殿が私にとつて何であるかを知つてはゐまい。路ゆく者󠄃は優美な御堂を見るだけだ――僅かのものだ、四つの柱、極めて單純な樣󠄂式――だが私は私の一生のうちの明るい一日の思出をそこに込󠄃めた。おお、甘い変身メタモルフオーズよ。誰も知る人は無いが、このきやしやな神󠄃殿は、私が嬉しくも愛した一人のコリントの乙女の數󠄄學的形像だ。この神󠄃殿は彼女獨特の釣合を忠實に現はしてゐるのだ(二一)』。音󠄃樂においても浪漫派󠄄または表現派󠄄の名稱をもつて總括し得る傾向はすべて體驗の形式的客觀化󠄃を目標としてゐる。旣にマシヨオは戀人ペロンヌに向つて『私のものはすべて貴女の感情󠄃で出來た』と吿げてゐる(二二)。またシヨパンは「ヘ」短調󠄃司伴󠄃樂の第二樂章の美しいラルジエツトがコンスタンチア・グラコウスカに對する自分󠄃の感情󠄃を旋律化󠄃したのであることを自ら語つてゐる(二三)。體驗の藝術󠄃的客觀化󠄃は必ずしも意識󠄂的になされることを必要󠄃としない。藝術󠄃的衝動は無意識󠄂的に働く場合も多い。しかしかかる無意識󠄂的創造󠄄も體驗の客觀化󠄃に外ならない。卽ち個人的または社󠄃會的體驗が、無意識󠄂的に、しかし自由に形成原理を選󠄄擇して、自己表現を藝術󠄃として完了したのである。自然形式においても同樣󠄂である。身振その他の自然形式は屢々無意識󠄂のうちに創造󠄄される。いづれにしても、「いき」の客觀的表現は意識󠄂現象としての「いき」に基礎附けて初めて眞󠄃に理解されるものである。

 なほ、客觀的表現を出發點として「いき」の構󠄃造󠄄を闡明しようとする者󠄃の殆んど常に陷る缺點がある。卽ち、「いき」の抽象的、形相的理解に止つて、具󠄄體的、解釋的に「いき」の特異なる存在規定を把握するに至らないことである。例へば、『美感を與へる對象』としての藝術󠄃品の考察に基いて『粹の感』の說明が試みられる(二四)。その結果として、『不快の混入』といふごとき極めて一般的、抽象的な性質より捉へられない。從つて「いき」は漠然たる raffiné のごとき意味となり、一方に「いき」と澁味との區別を立て得ないのみならず、他方に「いき」のうちの民族的色彩󠄃が全󠄃然把握されない。さうして假りにもし「いき」がかくのごとき漠然たる意味よりもつてゐないものとすれば、西洋の藝術󠄃のうちにも多くの「いき」を見出すことが出來る筈である。卽ち「いき」とは『西洋に於ても日本に於ても』『現代人の好む』何ものかに過󠄃ぎないことになる。しかしながら、例へばコンスタンタン・ギイやドガアやフアン・ドンゲンの繪が果して「いき」の有するニユアンスを具󠄄有してゐるであらうか。また、サンサンス、マスネエ、ドウビユツシイママ、リヒアルド・スユトラウスなどの作品中の或る旋律を捉へて嚴密なる意味において「いき」と名附け得るであらうか。これらは恐󠄃らく肯定的に答へることは出來ないであらう。旣に云つたやうに、この種の現象と「いき」との共通點を形式化󠄃的抽象によつて見出すことは必ずしも困難ではない。しかしながら、形相的方法を採󠄃ることはこの種の文󠄃化󠄃存在の把握に適󠄃した方法論的態度ではない。然るに客觀的表現を出發點として「いき」の闡明を計る者󠄃は多くみなかやうな形相的方法に陷るのである。要󠄃するに「いき」の硏究をその客觀的表現としての自然形式または藝術󠄃形式の理解から始めることは徒勞に近い。先づ意識󠄂現象としての「いき」の意味を民族的具󠄄體において解釋的に把握し、然る後その會得に基いて自然形式および藝術󠄃形式に現はれたる客觀的表現を妥󠄃當に理解することが出來るのである。一言にして云へば、「いき」の硏究は民族的存在の解釋學としてのみ成立し得るのである。

 民族的存在の解釋としての「いき」の硏究は、「いき」の民族的特殊性を明かにするに當つて、たまたま西洋藝術󠄃の形式のうちにも「いき」が存在するといふやうな發見によつて惑はされてはならぬ。客觀的表現が「いき」そのものの複雜なる色彩󠄃を必ずしも完全󠄃に表はし得ないとすれば、「いき」の藝術󠄃形式と同一のものをたとへ西洋の藝術󠄃中に見出す場合があつたとしても、それを直ちに體驗としての「いき」の客觀的表現と看做し、西洋文󠄃化󠄃のうちに「いき」の存在を推定することは出來ない。またその藝術󠄃形式によつて我々が事實上「いき」を感じ得る場合が假りにあつたとしても、それは旣󠄁に民族的色彩󠄃を帶びた我々の民族的主觀が豫想されてゐる。その形式そのものが果して「いき」の客觀化󠄃であるか否かは全󠄃くの別問題である。問題は畢竟、意識󠄂現象としての「いき」が西洋文󠄃化󠄃のうちに存在するか否かに歸着する。然らば意識󠄂現象としての「いき」を西洋文󠄃化󠄃のうちに見出すことが出來るであらうか。西洋文󠄃化󠄃の構󠄃成契機を商量するときに、この問は否定的の答を期待するより外はない。また事實として、たとへばダンデイズムと呼ばるる意味は、その具󠄄體的なる意識󠄂層󠄃の全󠄃範圍に亙つて果して「いき」と同樣󠄂の構󠄃造󠄄を示し、同樣󠄂の薰と同樣󠄂の色合とをもつてゐるであらうか。ボオドレエルの「惡の華」一卷は屢々「いき」に近󠄃い感情󠄃を言表はしてゐる。「空󠄃無の味」のうちに『わが心、諦󠄂めよ』とか、『戀ははや味ひをもたず』とか、または『讚むべき春は薰を失ひぬ』などの句がある。これらは諦󠄂めの氣分󠄃を十分󠄃に表はしてゐる。また「秋の歌」のうちで『白く灼くる夏を惜しみつつ、黃に柔かき秋の光を味はしめよ』と云つて人生の秋の黃色い淡い憂愁を描いてゐる。「沈潛󠄄」のうちにも過󠄃去を擁する止揚の感情󠄃が表はされてゐる。さうして、ボオドレエル自身の說明(二五)によれば、『ダンデイズムは頽廢期における英雄主義の最後の光であつて……熱がなく、憂愁にみちて、傾く日のやうに壯美である』。また『élégance の敎說』として『一種の宗敎』である。かやうにダンデイズムは「いき」に類󠄃似した構󠄃造󠄄をもつてゐるには相違󠄄ない。しかしながら、『シーザーとカテイリナとアルキビアデスとが顯著󠄄な典型を提供する』もので、殆んど男性に限り適󠄃用される意味內容である。それに反して、『英雄主義』が、か弱󠄃い女性、しかも「苦界」に身を沈めてゐる女性によつて迄も呼吸されてゐるところに「いき」の特彩󠄃がある。またニイチエのいふ『高貴』とか『距離の熱情󠄃』なども一種の「意氣地」に外ならない。これらは騎士氣質から出たものとして、武士道󠄃から出た「意氣地」と差別し難󠄇い類󠄃似をもつてゐる(二六)。しかしながら、一切の肉を獨斷的に呪つた基督敎の影響󠄉の下に生立つた西洋文󠄃化󠄃にあつては、尋󠄃常の交涉以外の性的關係は、早くも唯物主義と手を携へて地獄に落ちたのである。その結果として、理想主義を豫想する「意氣地」が、媚態をその全󠄃延長に亙つて靈化󠄃して、特殊の存在樣󠄂態を構󠄃成する場合は殆んど見ることが出來ない。『女の許へ行くか。笞を忘るるな(二七)』とは老婆がツアラトウストラに與へた勸吿であつた。なほ一步を讓つて、例外的に特殊の個人の體驗として西洋の文󠄃化󠄃にも「いき」が現はれてゐる場合があると假定しても、それは公󠄃共圈に民族的意味の形で「いき」が現はれてゐることとは全󠄃然意義を異にする。一定の意味として民族的價値をもつ場合には必ず言語の形で通󠄃路が開かれてゐなければならぬ。「いき」に該當する語が西洋にないといふ事實は、西洋文󠄃化󠄃にあつては「いき」といふ意識󠄂現象が一定の意味として民族的存在のうちに場所󠄃をもつてゐない證據である。

 かやうに意味體驗としての「いき」がわが國の民族的存在規定の特殊性の下に成立するに拘はらず、我々は抽象的、形相的の空󠄃虛の世界に墮して了つてゐる「いき」の幻影に出逢ふ場合が餘りにも多い。さうして、喧しい饒舌や空󠄃しい多言は、幻影を實有のごとくに語るのである。しかし、我々はかかる「出來合」の類󠄃槪念によつて取交󠄄される flatus vocis に迷󠄃はされてはならぬ。我々はかかる幻影に出逢つた場合、『嘗て我々の精󠄃神󠄃が見たもの(二八)』を具󠄄體的な如實の姿󠄄において想起󠄃しなければならぬ。さうして、この想起󠄃は、我々をして「いき」が我々のものであることを解釋的に再認󠄃識󠄂せしめる地平󠄃に外ならない。但し、想起󠄃さるべきものはいはゆるプラトン的實在論の主張するがごとき類󠄃槪念の抽象的一般性ではない。却つて唯名論の唱道󠄃する個別的特殊の一種なる民族的特殊性である。この點において、プラトンの認󠄃識󠄂論の倒逆󠄃的轉換が敢てなされなければならぬ。然らばこの意味の想起󠄃アナムネシスの可能性を何によつて繫ぐことが出來るか。我々の精󠄃神󠄃的文󠄃化󠄃を忘却のうちに葬り去らないことによるより外はない。我々の理想主義的非現實的文󠄃化󠄃に對して熱烈なるエロスをもち續けるより外はない。「いき」は武士道󠄃の理想主義と佛敎の非現實性とに對して不離の內的關係に立つてゐる。運󠄃命によつて「諦󠄂め」を得た「媚態」が「意氣地」の自由に生き(二九)るのが「いき」である。人間の運󠄃命に對して曇らざる眼をもち、魂の自由に向つて惱ましい憧憬を懷く民族ならずしては媚態をして「いき」の樣󠄂態を取らしむることは出來ない。「いき」の核心的意味は、その構󠄃造󠄄󠄄がわが民族存在の自己開示として把握されたときに、十全󠄃なる會得と理解とを得たのである。


註(一七)Maine de Biran, Essai sur les fondements de la psychologie(Oeuvres inédites, Naville, I, p. 208)。

(一八)Nietzsche, Also sprach Zarathustra, Teil IV, Vom höheren Menschen.

(一九)Verlaine, Art poétique.

(二〇)ベツカー曰く『美的のものの存在論は、美的(卽ち、藝術󠄃的に創造󠄄する、また美的に享樂する)現實存在の分析から展開されなければならぬ』(Oskar Becker, Von der Hinfälligkeit des Schönen und der Abenteuerlichkeit des Künstlers; Jahrbuch für Philosophie und phänomenologische Forschung, Ergänzungsband: Husserl-Festschrift, 1929, S. 40)

(二一)Paul Valéry, Eupalinos ou l'architecte, 15e éd., p.104.

(二二)Jahrbuch der Musikbibliothek Peters, 1926, S. 67.

(二三)Lettre à Titus Woyciechowski, le 3 octobre 1829.

(二四)高橋穰「心理學」改訂版、三二七―三二八頁參照。

(二五)Baudelaire, Le peintre de la vie moderne, IX, Le dandy. なほダンディズムに關しては左の諸󠄃書參照。
Hazlitt, The dandy school. Examiner 1828.
Sieveking, Dandysm and Brummell. The Contemporary Review 1912.
Otto Mann, Der moderne Dandy, 1925.

(二六)Nietzsche, Jenseits von Gut und Böse, IX, Was ist vornehm? 參照。

(二七)Nietzsche, Also sprach Zarathustra, Teil I, Von alten und jungen Weiblein.

(二八)ἅ ποτ᾽ εἶδεν ἡμῶν ἡ ψυχὴ (Platon, Phaidros 249c).
强調は ἡμῶν の上に置かれなければならない。但し ἀνάμνησις はこの場合二樣の意味で自己認󠄃識󠄂である。第一には ἡμῶν の尖端的强調による民族的自我の自覺である。第二には ψυχή と「意氣」との間に原本的關係が存することに基いて、自我の理想性が自己認󠄃識󠄂をすることである。

(二九)「いき」の語源の硏究は意氣の關係を存在論的に闡明することと相俟つてなされなければならない。「生」が基礎的地平󠄃であることは云ふ迄もない。さて、「生きる」といふことには二つの意味がある。第一には生理的に「生きる」ことである。異性的特殊性はそれに基礎附けられてゐる。從つて「いき」の質料因たる「媚態」はこの意味の「生きる」ことから生じてゐる。「息」は「生きる」ための生理的條件である。『春の梅󠄃、秋の尾花のもつれ酒、それを小意氣に呑みなほす』といふ場合の「いき」と「息」との關係は單なる音󠄃韻󠄃上の偶然的關係だけではないであらう。「いきざし」といふ語形はそのことを證明してゐる。『そのいきざしは、夏の池に、くれなゐのはちす、始めて開けたるにやと見ゆ』といふ場合の「意氣ざし」は、『息ざしもせず窺へば』の「息差」から來たものに相違󠄄ない。また「行」も「生きる」ことと不離の關係をもつてゐる。ambulo が sum の認󠄃識󠄂根據であり得るかをデカルトも論じた。さうして、「意氣方」および「心意氣」の語形で、「いき」は明瞭に「行」と發音󠄃される。『意氣方よし』とは「行きかた善し」に外ならない。また、『好いた殿御へ心意氣』『お七さんへの心意氣』のやうに、心意氣は「……への心意氣」の構造󠄃をもつて、相手へ「行く」ことを語つてゐる。さて、「息」は「意氣ざし」の形で、「行」は「意氣方」と「心意氣」の形で、いづれも「生きる」ことの第二の意味を豫料してゐる。それは精󠄃神󠄃的に「生きる」ことである。「いき」の形相因たる「意氣地」と「諦め」とは、この意味の「生きる」ことに根ざしてゐる。さうして、「息」および「行」は、「意氣」の地平󠄃に高められたときに、「生」の原本性に歸つたのである。換言すれば、「意氣」が原本的意味において「生きる」ことである。