〈無題〉『雪の降らんとする』


無題〉『雪󠄁の降らんとする』


雪󠄁の降らんとする

降誕祭の前󠄁夜

われは裏に雜木林を

ひかえたる寂しき下宿の

二階にありて、

炬燵造󠄁りて人を待てり

今宵󠄁人々は街に出でて

酒にさざめき明󠄁き灯の下を

をかしき面してざればみ遊󠄁べど

われは一人寂しき下宿の

家具乏しき部屋ぬちにあり

街のどよめきはすれど

わが耳に入らず

わが耳に入るはただ一つ

そはかかる時、しめやかにひたひたと

忍󠄁び來るかのをみなの跫音のみ

闇深き森かげを過󠄁ぎ、

電車道󠄁をよぎり、

土橋を越え、

八百屋の角をまがり、

市場の橫を通󠄁ひ來る

かの息をひそめたる跫音のみ

早く來よをみな

われは汝を待ちて

暖󠄁き炬燵を造󠄁り、

そが上に蜜柑を盛れり

この著作物は、1943年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


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