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き山本の一村をハ坂の下といふ、名もくもりなく底すみたるに、星月夜の井にかけみれは、身のおとろへに、爰も老の坂上よと越行ハ、極樂寺といふ律寺あり、

たのしみをきはむる寺のうちとてもよのうきことやかはらさるらん

といひつゝ門に入てみれハ、極樂寺といふ名にも似ぬありさま、佛ハ臂をち、みくしかたぶき、堂ハいらかやふれむなきたれ、みかくへき寺僧の力もなく、あしき繩もてまとひ立たるハ、これや七寳正眞のまき柱ならん、極樂寺のかゝる零落を見て、地獄門のさかゆく事そらにしられたり、しかあれとさる人のいへるハ、地獄極樂の境も、さまてとほしとも聞えす、方寸の胸の中一心の上より、みつからつくり出す事なれハ、時の間に地獄も消て天堂と成へし、地獄天堂皆爲淨土ときく時ハ、此寺のめくりにしけき梢をは、七元(重ィ)の寳樹とも見、囀る鳥の聲々ハ、賓迦衆鳥の和雅とも聞、或ハ現大身滿虛空中と聞時ハ、佛ハまのあたりなり、億土も遠からす、去此◦(事ィ)遠ととけり、是に迷へる衆生に、かりの姿を方便して、己心の覺体を表すれハ、實に利益無邊なり、誰も心をはふらすべからす、法ハ機によつて修すへし、

極樂寺前地獄門 人々具足業障根 野曉幾回(夏ィ)春風艸 還死受生原上魂

濱邊の道もはると行て、腰越にて舟をかり、島へわたり、つゝらおりなる坂をのほり、一坂にて、海の面てを、木の間より見をろしたるけしきいふかたなし、丹靑も筆及ひかたくそ覺る、來て見る我も餘所のなかめとやならん、見盡瀟湘景、乘船入畵圖、ともかゝる事をやいひつらん、