第2章 編集

この熱狂がエジソン氏をして新たな発明を成さしめたと言っても過言ではあるまい。エジソン氏は、大気圏内および惑星間空間を航行できる機械に続いて、ある研究に取り組んでいた。

彼は火星人の戦闘機械に対する攻撃もしくは防御の手段を開発しようと苦闘していたのである。その事実は多くの知るところとなったが、詳しい情報はまだ漏れずにいた。

素晴らしい装置 編集

この大発明家は物理学という領域における様々な知見、そこに隠された秘密を読み解き、また卓越した集中力で非調和的な力の問題に取り組むことにより、遂に一つの装置を完成させた。それは片手に収まるほど小さな装置だったが、かつて海に浮かんだいかなる戦艦よりも強力であった。その構造を完璧に説明するには無味乾燥な専門用語の羅列が必要だし、図や式も書かなくてはいけないが、そこまですることはこの文書の趣旨から外れているだろう。ただし原理は極めて単純なので説明しよう。後に我々もその偉大な成果を目の当たりにしたが、エジソン氏の発明は調和振動の理論に基づいており、その効力は原子・分子から太陽・諸惑星にまで及ぶものであった。

ありとあらゆる物質はそれぞれ固有の振動周期を有している。鉄には鉄の、松材には松材の周期がある。金の原子は鉛の原子とは振動周期も振幅も異なる。このことは既知の物質全て、化学元素の全てに関して言える。また、もっと大きなスケールで見ても、あらゆる物体にはそれぞれ独自の振動周期がある。例えば吊り橋は衝撃を加え続けると大きな周期で振動する。軍隊が吊り橋を渡る際にわざと歩調を崩すことをご存知だろうか。もし歩調が同期しており、足という足がみな同時に踏み鳴らされたならば、橋は大きく揺れて遂にはばらばらになって倒壊してしまう。同様にどんな建物も(その振動周期さえ分かっていれば)容易に破壊することが可能である。衝撃を加え続けることにより単純に揺れを大きくしてゆき、破壊点にまで到達させてやればよろしい。

さて、エジソン氏は多くの主要な物質に関して振動運動を調べ上げた。そして問題の器具によってエーテル空間中に波動を送り出せるようになった。長くも短くも、早くも遅くもお望み次第にである。周波数域に関しても、空気中の可聴音のごとき低い振動から、4×1014Hzという赤外線の振動数までの全領域を完全にカバーした。

このような能力が得られた以上、残る問題は、分子配列を無理矢理に崩し去って原子を四散させるほどエネルギーを集中して物体に注ぐにはどうすればよいかである。発明家はこれを単純きわまる方法で効果的に解決した――放物面鏡である。これにより破壊波(不可視である)は光線のように任意の方向へと照射することが出来るし、望みの位置で焦点を結ばせることも可能となった。

「分解機」のテスト 編集

私は幸運にも、この強力な破壊装置が初試験に供されるのを見学する機会を得た。われわれがエジソン氏の研究所に入っていくと、鏡の付いた小さな器具を手にした本人が待っていた。いくつかの物体が試射の標的となった。さほど遠くない距離に木(秋の終わりだったので葉は付いていなかった)があり、枝には真っ黒なカラスが留まっていた。

「よし」エジソン氏は言った。「やってみよう」そして装置の側面のボタンに軽く触れた。竜巻のような音が鳴り始めた。

「羽毛は」とエジソン氏。「三百と八十六メガヘルツの振動数だったな」

彼は話しながらつまみを調整した。そして、照星を睨んで鳥に狙いを付けた。

「さあご覧あれ」

カラスの運命 編集

装置が先程までとは違った鈍い唸りを発し、一瞬、閃光が走った。そして、見よ!カラスの色が黒から白へと変わった。

「羽毛を消したよ」と発明家が言った。「羽はその構成要素たる原子に分解されて消散したんだ。では、カラス本体にとどめを刺そうか」

 
分解器の初試験:装置が先程までとは違った柔らかな唸りを発し、一瞬、閃光が走った。そして、見よ!カラスの色が黒から白へと変わった。

手早くつまみが別の位置に合わされ、然るべき周波数域の破壊波が発射された。カラスは消えた――虚空へと消え去ったのだ!カラスが一瞬前まで居た所には、ただ葉のない枝が残っているばかりだった。後方の空には白い雲(ただし、くっきりと黒い縁が際だっている)が漂うが、カラスの姿は見えなかった。

火星人に有効 編集

「これは火星人にも効きそうだと思わんかね?」魔術師が言った。「私はあらゆる物質の振動率を調べた。火星人が残していった戦闘機械の材質に関してもね。やつらは一瞬にして無限小にまで分解されるだろう。もし振動周期が不明だとしても、単に全音域をすばやく走査してみればいいだけのことさ。

「万歳!」と見物人の一人が叫んだ。「火星人恐るるに足らず!勝利は我らの手に!」

要するにエジソン氏は対火星用に使える最初の兵器を開発したのだった。

そしてその事実は広く知れ渡るところとなった。さらなる実験では発明家の能力が完全に示された。彼の素晴らしい装置によって、あらゆる物体が――あるいはその一部分が――破壊された。一部だけ破壊される場合というのは、その部分が周りと違う原子構成を取っており、そのため振動周期も周囲とは異なる場合の結果である。

この小さな分解機の力を示す最も印象的な公開実験は、ニューヨークの廃墟で行なわれた。ブロードウェイの南のほうに、火星人に壊された巨大ビルの壁が一部残っており、今にも通行人の頭上に崩れてきそうになっていた。消防局は手を付けかねていた。爆破して破片を飛び散らせるのも危険に思われた。なぜならその隣にはすでに新しいビルが建っていたからである。私はこの事案を突然に思い出した。

「これは絶好の機会だ」私はエジソン氏に言った。「君の装置を大出力化してみようじゃないか」

「すばらしい!」と彼は即座に答えた。「すぐ行こう」

ビルを分解する 編集

手がけることとなった仕事のためには、複数の分解器を連携して用いることが必要であった。装置一つ一つが破壊できる範囲はそう広くないからである。壁の各部は瞬間的かつ同時に消滅せねばならない。さもなくば危険は除去されずに寧ろ倍加してしまう。分解器の砲列は隣のビルの屋上に据え付けられ、その一つ一つの破壊範囲は標的上で重なり合うようにセットされた。発する振動数は標的の壁を形作っている特定のレンガの種類に合わされた。そうしてスイッチが入れられると、安全な距離にたむろっていた観衆から驚きの叫び声が上がった。

雲だけが残った 編集

壁は倒れなかった――ばらばらにもならなかった――破片は一つたりとも飛び散らなかった。爆発といったものは全くなかった――衝撃や騒音もなく、大気は全く乱されなかった。ただ柔らかな唸りが響いただけだった。それは周囲の万物に浸透するようで、神経を逆撫でするような感覚を見物人たちに与えた。――そして、効果はそれだけではなかった。壁が消え失せたのだ!そして危険な壁が先程まであった位置の上方からは、青味のかかった薄雲がすばやく四方八方へと広がって行った。言うまでもなく分解された壁の原子で出来た雲である。

 
まさしく科学の勝利:ただ柔らかな唸りが響いただけだった。それは周囲の万物に浸透するようで、神経を逆撫でするような感覚を見物人たちに与えた。――そして、効果はそれだけではなかった。壁が消え失せたのだ!

そこかしこから「次は火星だ!」との叫びが上がった。だがそのような企てには資金が必要だった――何億、何十億ドルという桁の金が。かつて地球の最も文化的で富裕だった地域には火星人の侵略から立ち直っていないところもあり、まだ金が出せる状態ではなかった。今や誰もが確信しているとおり、惑星規模の大戦争の成否は資金に関する国際会議が上手くいくかどうかに掛かっていた。何しろ今回の予算は過去2000年の戦争すべてを合わせたより遙かに大きいのである。電気空中船と振動発生器は何百、何千という生産数が必要であった。にも関わらず充分な機能を持った試作品を生産可能なのは、エジソン氏の莫大な財力および他に類を見ない工房だけであった。もちろん戦争に必要な大量生産を行うにはいかなる個人の財力をもってしても不足である――それどころか当時の地球上で最も繁栄した国家ですら単独でその費用をまかなうのは難しかっただろう。つまり、全ての国々が協力しなければいけなかった。必要額を達成するためには、事によっては、へそくりまで吐き出すことが求められた。

アメリカが主導する 編集

急遽、会議が開催されることになった。成り行き上アメリカが主導する形となったが、海外から疑問の声はしばらく出なかった。

国際大会議の場所としてはワシントンが選ばれた。ワシントンは幸運にも火星人の攻撃を免れた都市の一つであった。だが、仮にワシントン市の建物が全てホテルだとしても、なおかつホテル一つ一つが小都市ほど大きいとしても、ポトマック川の土手まであふれる無数の人間を宿泊させるには不充分である。しかしアメリカがその程度の難局に音を上げたことがあったろうか?必要なだけのホテル、下宿、レストランが驚嘆すべき速度で建築された。ワシントンは日ごと、週ごとに目で見て分かるほどの速さで成長し、膨張していった。その流れはジョージタウン・ハイツ[1]を越え、ポトマック川を渡り、東西にも南北にも広がっていった。ビルの新築されてゆく様はさながら雨後の筍の如しであり、その領域は一平方マイル、また一平方マイルと広がってゆき、ワシントンは予想される来客を全て収容できるような超巨大都市へと変貌していった。

はじめ各国からは大臣クラスが出席する予定だったが、計画が進み世界的興奮が高まるにつれて――また天文台からは火星人の怪しい動きを示す新たな報告が夜な夜な送られて来るとなれば――旧世界の王たち女王たちも城に籠もってばかりはいられなくなってきた。世論曰く、彼らの居るべき場所は国際大会議の開催地であり世界の中心である場所――すなわちワシントン市なのだ。特に互いの真似をしたわけではなく、示し合わせたわけでもないが、旧世界の君主たちは一挙にその風潮に捕らえられたようであった。ワシントンの政府に急報が入った。協議に参加するために、以下の人々が来訪すると。ヴィクトリア女王、ヴィルヘルム皇帝、ニコライ皇帝、スペインのアルフォンソ王とその母親マリア・クリスティーナ太后、オーストリアの老フランツ・ヨーゼフ帝とエリザーベト妃、スウェーデン=ノルウェーのオスカル王とソフィア王妃、イタリアのウンベルト王とマルゲリータ妃、ギリシャのゲオルギオス王とオルガ妃、トルコのアブデュル・ハミト2世、中国の光緒帝、日本からは明治天皇と可愛らしいハルコ内親王[2]、フランス大統領、スイス大統領、ピレネー山脈の谷に収まったちっぽけなアンドラ公国の主席行政官、中南米の共和国の首脳たち…である。このことは地球と火星の運命を暗示しているかのようだった。

それから少ししたある日、続報が入った。きらびやかな衣装で戦艦に乗り込み出発した君主たちが、大西洋を渡ってニューヨーク港へ、あるいは太平洋を渡ってサン・フランシスコ港へ近付きつつあると。エジソン氏は私に言った。

「これはかなりの見物だろうね。観に行かないかい?」

「行くとも」私は答えた。

大見せ物 編集

宇宙船はすぐに準備ができた。エジソン氏による発電機のコントロールが完璧であったことは、まだ話していなかったと思う。ポテンシャルや極性を変えるのは速くも遅くも自由自在、任意の物体に近付くのも離れるのも思いのままであった。実用上の難点と言えば、機体と隣接する物体の電荷が機体の電荷とは逆符号でそのことが操縦者にとって未知な場合、そのような特別な場合に限り生じる。この場合、当然ながら機体は否応なく物体に引き寄せられる(ちょうど羽毛や埃が起電器の集電部に引き寄せられる具合に)。そうなればかなりの危険性があるし、多少の事故は避けられない。しかしながら、そのような事態は極めて稀である。

隣接物の極性が未知ないし予想外であることがもたらす危険はごく一過性のものでしかない。とは言っても、私がこれから語ってゆく記録において、船が地球を離れて未知の領域を通過するくだりになれば、その危険はより大きくなり時には致命的にもなるだろう。

さて、我々の乗った宇宙船は急速に数千フィート高度を下げて大西洋上を巡航した。アイルランドまで半分ほど来たとき、かなり遠方に、西方へ気走する船影をみとめた。煙からするに複数の艦隊のようであった。近付いて行くにつれて、珍しい情景が我々の眼下に展開された。北東からは巨砲を陽光できらめかせ、馬鹿でかい煙突から雷雲のような黒い煙を吐き出し、ユニオン・ジャックをたなびかせながら、イギリスの強大な戦艦どもがやって来た。王家の紋章が艦隊の旗艦に堂々と掲げられ、大英帝国の君主が乗っていることを示していた。

ほぼ真西の航路を取り、船体や大砲の型こそ違うが排煙や艦隊の規模はイギリスに匹敵するのは、三色旗を掲げたフランスの艦隊であった。その旗艦には西ヨーロッパ屈指の共和国の首脳が乗っているのだ。

南寄りには、北風に逆らって進む第三の艦隊があった。金と赤のスペイン国旗がマストに揚げられている。やはり国王を西へ運んでいるのだ、と言うよりも、むしろ国王が艦隊を進めているのだ。

世界的な連帯感 編集

少し高度を上げると、水平線が遠のいて、イギリス艦隊とロシアの黒い船団の後ろにイギリス海峡が見えるようになった。これら軍艦から成る艦隊は、威圧的な外観に反して、仲良く並んで平和的に航行していた。艦隊が普段は仲の悪い国の港や砦の沖を通る際も、互いに何の危険も感じなかったという。敵意は無く、どっしりとした大砲の口がたまたま互いの方角を向いても、何の動揺も見られなかった。どの艦隊もある一つの物を守ろうという気概で動いていた――その物とは地球である。

それから少しして、私たちはヴィルヘルム皇帝の艦隊を視界に捉えた。ところでドイツ皇帝は、国際会議の場所としてワシントンを選ぶことに当初は賛成したものの後になって異議を唱えていたらしい。

ヴィルヘルム皇帝の嫉妬 編集

皇帝曰く「今回のことは朕が何とかするべきではないか。栄光に満ちた我が先祖たちは、成り上がりの共和国家どもが戦の指揮を執ることを善しとはすまい。祖父なら何と言っていたろう?おそらくは、神授のものである王権について一くさり述べたのではなかろうか」

だがドイツ市民の良識は皇帝にそんな馬鹿馬鹿しい真似を許さなかった。そして世界的熱狂に感化されたドイツ皇帝は最終的にはアメリカに同意し、キールから旗艦に乗り込み、今は他国の艦隊に続いて新大陸へ――重大な会議の場へと向かっているのだった。

ところで平和的な意図の航海になぜ軍艦を使うのかと問われる読者もおられるだろう。ああ、それは習慣によるものだとも言えるし、多数の王族や随員をワシントンに運ぶには通常の海上交通では間に合わないからだとも言える。

こうして珍しい光景で目の保養を済ませてから、エジソン氏はいささか唐突に叫んだ。「さて、次は日出づる国の友人たちを見に行こうか」

ミシシッピを越えて 編集

機体はただちに西へ進路を変えた。私たちは高速でアメリカ沿岸に近づき、アレゲーニー山脈、オハイオ平原、ミシシッピ川を飛び越えた。下方には旅客を満載した列車が次から次へとワシントンへ向かっていくのが見えた。われわれは素晴らしい快速で西方に突き進み、雪をかぶったロッキー山脈の頂きをかすめて飛んだ。間もなく、輝く太平洋が眼下に見えてきた。アメリカ西海岸とハワイの中間あたりで中国と日本の艦隊に出会った。二艦隊は前回の戦争の憎悪を忘れて(またはひとまず棚上げにして)仲良く帆を並べて進んでいた。

この感動的な光景がいかに心を揺さぶったか、私はよく覚えている。わが国が世界の人々を感化したのだ。そして私は振り返って、この革新の大元である天才を見つめた。エジソン氏はいつものように全くもって平然としており、いま起こっている事について我関せずという様子であった。見たところ彼の精神は、来るべき戦争をどう勝利に導くかという問題を熟考することで手いっぱいのようだった。

ワシントンに戻る 編集

「さあ、充分にご覧になりましたかな?」彼は問うた。「ならばワシントンに戻りましょうか」

大陸を大急ぎで横断する際、我々は、大西洋岸に向かう満員の急行列車を目にした。何百何千という目が上方に注がれ、我々の快速飛行を捉えた。歓声の一斉射撃が船上にまで届いた。誰もがアメリカの希望――いや万国の希望――エジソンの電気戦艦のことを知っていたのである。ポトマック上空に着くまで、同様のシーンが何度も繰り返された。ポトマックでは拡張中の首都から絶え間ない槌の音が雲の上まで鳴り響いていた。

訳注 編集

  1. 高級住宅街がある
  2. 原文にPrincess Harukoとあるが、架空の人物と思われる。